15.メリンダ(ミリーのばあちゃん)
「やってしまった。これは明日にも処刑かもしれない。どうしよう、隣国にでも逃げるか。いや、そしたら家族を殺されるかもしれない」
メリンダは下宿先の小さな部屋をウロウロしながら考えている。
「短気は損気って、母さんに言われてたのに。またやってしまったーーー」
メリンダはバリバリと髪の毛をかきむしる。
「王家に歯向かうなって父さんに言われたのに。どうしよう」
あろうことか、ヴィルヘルム第一王子をボコッてしまった。ヤバい、ヤバすぎる。
いい服着てんなあー、さすが王子。税金ジャブジャブ。元々はそれぐらいの感情だった。王族だもの、着飾るのも仕事だよねって。
でも、一緒に剣術の授業を受けるうちに、イライラが募っていった。型通り、お手本のような美しい動き。基本はもちろん大事。基礎がなってないと、無茶苦茶になる。でもだからって、ずっとお手本通りでは、強くなれない。柔軟に、色んな戦い方ができないと、生き残れない。
魔獣は、はいせーのっで、規則に則り攻めてきたりしない。臨機応変、先を読み、敵を読み、動きを読み。先手を打たなければ、自分か民が死ぬ。
「この王子様、人も動物も、間近で死を経験したことないな」
メリンダは思わずポツリとこぼしてしまった。
「辺境は、俺たちが守ってるからな。王都にいりゃ安全だろ。ヒリヒリする緊張感のある環境にいないと、ボヤーッと生ぬるく育ってしまうさ」
隣にいる辺境の出の男子学生が、ポツリと返した。ふたりとも、そこで会話は終わった。不敬罪でつかまったら大変だから。
王都にいれば、安全だろう。たくさんの貴族、近衛、騎士たちが、ガッチリ王家を守っている。一方、辺境の地に生きるものは、魔物との戦いが日常茶飯事。
他国と国境を接する地はもっと大変だ。腑抜けたツラをさらしたら、舐められ、下手したら乗っ取られる。
毎日激しい訓練を繰り返し、屈強で獰猛な、鍛え抜かれた戦士が、国境沿いに立つ。威嚇し続けないと、何があるか分からない。
血気盛んな若者同士が、ぶつかることもある。下手したら戦争だ。上同士で話をつけ、穏便におさめる。王都には、軽い接触あり、ぐらいの報告だ。
メリンダの領地は、幸い国境沿いではない。国境近くの領地の子どもたちと、学園で話すことがあるので、苦労はよく知っている。
「もちろん守るけどさ。民を守り、領地を守り、国を守る。せめて王族は、守りがいのある人物であってほしい」
それが辺境の地に生きる者たちの本音だ。あれは、守りがいのある人物なのか? メリンダには、まだ分からない。お綺麗で、いつもシュッとしてて、優雅でお高い感じの王子様。
下級貴族や平民を見下している様子はない。でも、視界にも意識にも入ってないって感じはする。その辺の雑草を素通りする目だ。分かってるのか、王子様。民の大半は名もなき草なんだぞ。
メリンダはモヤモヤする。そのモヤモヤが、ついウッカリ……。
「ああああーーーー」
メリンダが叫んだとき、扉が叩かれた。
「メリンダ、ヤバいよ。身分の高そうな人が来てる。何したんだ」
慌てて扉を開けると、下宿のオヤジが青ざめている。メリンダは急いで一階の玄関に向かった。
げえっ、掃き溜めに、宝石みたいな王子ー。護衛を連れたヴィルヘルムが、所在なさげに立っている。顔には青アザ。ヴィルヘルムは、メリンダを見て、パアッと笑顔を浮かべた。
「メリンダ。もしかして、剣術のことを気にして、逃げ出しているんじゃないかと心配で。来てしまった」
王子、来てしまうんじゃねー。どこに通せばいいんだ。客室なんてねーぞー。下宿のオヤジとサッと目を合わせ、仕方なく食堂に案内する。
その日から、せっせと口説かれてる。意味が分からない。
「殿下、私は領主になる身です。殿下とは結婚できません」
ずっとそれの一点張りで断ってる。が、ヴィルヘルム、しつこい。
「あー、ダグラスが強行突破してくれてよかった」
ダグラスと結婚の約束を交わし、とっとと領地まで戻ってきて、メリンダはやっとひと安心だ。このままだと、婿が決められず、なし崩し的に側妃にされるところだった。だって、王子が口説いてる女なんて、誰も怖くて近づけない。危ないところだった。
貧乏領地での生活。ダグラスはすぐ溶け込んだ。ロバートとギルバートも生まれ、なんて完璧な人生、そう思っていた。
な、なんと、さらに幸せになれるなんて。ロバートが連れて帰ったシャルロッテが、むっちゃくちゃかわいいんですけどーーーーー。
実はメリンダ、かわいいものが大好き。王都で見たお人形、買いたかったなーってずっとウジウジしていた。もちろん、お金がないから諦めたわけだが。
ところがところが、お人形そっくりの、美しいお嫁さんがー、貧乏領地にー、ひえー。
フワフワの柔らかそうな金色の長い髪。真っ白な肌。青空みたいな目。ほっそり優美でたおやかな姿。上品で優雅な所作。ひゃー。
「お姫さま、来ちゃった」
メリンダのつぶやきに、同じくかわいいものが大好きな女たちが、ゴクリとつばを呑む。皆で手をつないだ。支え合わないと、興奮で叫んでしまうかもしれない。
「初めまして、お義母さま、お義父さま。シャルロッテと申します。突然来てしまって、申し訳ありません。今日からお世話になってもよろしいでしょうか」
「よっ、喜んでー」
メリンダ、うわずって甲高い声で叫んでしまった。ロバートがゴホッと咳払いする。
「だから言っただろう。うちの親は大丈夫だって」
「よかった。厚かましい嫁だって思われないか、ずっと心配しておりましたの」
緊張から解かれたのか、笑顔を見せるシャルロッテ。
「かっ」
かわいい。メリンダはじめ、全ての領民が同じ思いを、腹の中に飲み込んだ。変なヤツらと思われては困る。
「ロバート、よくやった。でも、あんなお姫さまが、うちみたいなところで暮らしていけるかね」
メリンダは隙を見て、こっそりロバートに尋ねる。
「分からん。いざとなったら、実家に戻ってしまうかもしれない」
「そうだね。そうなっても泣かないように、今から覚悟しておく」
嫁バカなふたり、まだこの幸運がいまいち信じられない。手放しで喜んで、あとで泣くのは辛い。もしかして、いつの日か、心の隅に覚悟を隠して過ごすことにする。
シャルロッテは、意外と強かった。翌日から、靴を脱いで、決意に満ちた表情で宣言する。
「わたくしだけ、靴を履いているのもおかしいではありませんか」
「うっ、でも。足が痛くなってしまう」
「すぐ慣れます」
裸足のシャルロッテ。石の上で、健気に微笑む姫。
メリンダ、マジ泣きである。さっと部屋にかけ込んで、衣装棚に隠れて泣いた。
「私が不甲斐ないせいで。お姫さまの足の裏が傷だらけに」
追いかけてきたロバートが衣装棚をガラッと開けて、コンコンと説得する。
「母さん、泣くなよ。シャルロッテはここに溶け込もうと必死なんだから。笑って受け止めてあげて」
しばらくして、シャルロッテがみごもった。メリンダと領民は神に祈りを捧げた。
「父なる太陽、母なる大地。我ら大地の子。シャルロッテが母子ともに無事に、元気な赤子を産みますように。シャルロッテがずっと、ゴンザーラ領にいてくれますように」
姫が、姫そっくりの赤ちゃんを産んだ。
「かわいいーーー」
領民が雄叫びをあげる。もう、隠さなくても大丈夫。シャルロッテは、姫は、ここに骨を埋めるつもりらしい。やっと捨てられる恐怖から解き放たれたメリンダと領民たち。
思う存分、愛を注ぐ。
そして、第二子のミュリエルである。皆からの愛を受け、自己肯定感の強い、たくましい少女に育った。王都に行って、王弟をつかまえ、サイフリッド商会とつながり、ゴンザーラ領に富と靴をもたらした。
領民は、いつでも靴を履けるようになった。木登りするとき、靴が邪魔になるので、履いていない者も多いが。とにかく、履けないのと、履かないのでは大違い。
メリンダは嬉しそうに、靴を履いたシャルロッテに言う。
「シャルロッテ、長い間、苦労させて悪かったね」
「あら、そんなこと。毎日楽しくて」
うちの嫁がかわいすぎる問題。メリンダはもだえながら、ロバートに報告する。
嫁バカふたり。ゴンザーラ領は平和である。
黒豆きなこさま「前王とミリーの祖母との絡みをもっと知りたい。どんな風に相手にされなかったのか」
リクエストありがとうございます。




