13.二回目の勉強会
第二回、新米父親勉強会。国王エルンストがぜひ参加したいと言うので、前倒しで行われることになった。
事前にエルンストに謁見したパッパ。
「何も忖度することなく、忌憚のない、生の意見を聞きたい。そなたになら任せて大丈夫と、アルが言っていた」
エルンストの言葉に、パッパは固まる。ありがたいけれど、国の頂点の人から言われると……困るー。エルンストは気にせず、重い話を続ける。
「帝王教育で必ず学ぶことがある。国の滅ぼし方だ。他国を滅ぼすのに、兵器より有効な策がある。その国の民同士を憎しみ合わせればいい。貴族と平民。男と女。若者と老人」
うっ、それは、自分が知っていい情報なのでしょうかー。パッパはたじろいだ。
「分断と対立を生み出し、ボロボロになったところを侵略すればいい。もちろん、しないがな。そういう戦術があると知っていれば、他国から侵略されずにすむ。男と女の対立を、防ぎたいのだ」
「頼む」そう言われて、パッパは悩みに悩んだ。陛下の前で、不平不満を述べる勇気のある女性はいないだろう。パッパは商会の女性従業員の伝手を総動員して、母親たちの意見をまとめ上げた。
パッパは咳払いして、聴衆を見回す。今日は、父親だけではなく、妊娠中の母親たちも参加している。王族は、皆を緊張させないよう、後方の席だ。
「今日の目的は、父親と母親が敵対せず、協力して育児に向き合えるようにすることです。両親が仲良いのが一番ですからね」
隣同士で座っている若夫婦たちは、お互いを見て頷き合う。
「まず、大前提ですが。男と女はまったく別の生き物です。そうですね、犬と鳥ぐらい違うとお考えください。優劣ではないですよ。ただ異なる、ということです。同じ人間だと思ってはいけません」
突拍子もない言葉に、皆驚いた表情をしている。
「犬と鳥、ひとつ屋根の下で暮らし、生涯を共にし、子どもを育てる。難題です。お互いのことを尊重し、違いを楽しみ、歩み寄る。それが大事です」
分かったような、分かってないような。ボンヤリとした雰囲気。
「貴族、平民のお母さまたちから、意見を募りました。言葉づかいが荒いですが、お許しください」
パッパが紙を読み上げる。
『貴族の方はね、いいですよ。乳母や侍女がやってくれるんでしょう。平民はね、そうもいきませんから。妻側の家族が近くにいれば、安心です。そうでなければ、ご近所さんに助けてもらわないと、どうにもなりません。夫は役に立たないですもん。
夫が言いがちなことー。
仕事があるから、育児は任せた。
てめえ、私はもう三ヶ月、まともに寝てやしねえんだ。
子どもが泣いてるよー。
ああ、あんたの子でもあるがなあ。お前がなんとかしろ。私を寝させろ。
やることあったら言ってねー。
言われるまで待つな、無能か。職場で上司にそう言ってんのか。自分で気づけ。そこに洗ってねえオムツがあんだろう。お前の目はふし穴か』
会場がシーンと静まり返った。忌憚がなさすぎやしませんか。ブラッドはハラハラしている。
パッパはハンカチで汗を拭いた。
「ここまでこじらせる前に、なんとかしないといけません。大丈夫、方法はあります」
若夫婦たちは、ホッと息を吐いた。のっけから、飛ばしすぎじゃない、パッパ。ドキドキしながら耳を傾ける。
「皆さん、質問です。ご夫婦で、主導権を握っているのはどちらですか? 物事を決めるのはどちらでしょう?」
ほとんどの女性が夫を見る。
「そうですね。男性が主導する家庭が多いでしょう。特に貴族は。ですが、子どもができたら、変える方がいいです。子育て、特に第一子出産後、家庭は戦時下と同じ状態です。平時ではありません」
戸惑っている夫婦たちに、パッパは丁寧に説明する。
「戦時下においては、能力が高い方が決めるべき。育児における判断力は、圧倒的に女性が優れている。女性は察する能力が抜群に高い。そういう生き物ですからね」
そうなんだ、女性は少しこそばゆそうな笑顔を浮かべる。
「極端なことを言いますが。妻が騎士団長、夫が新兵、そう思ってください。新兵は、騎士団長の指示にハイハイと従う。子育てという戦は、そうしないと勝てません」
パッパは女性たちに順々に目をやる。
「妻は上司として、新兵である夫を、適切に指導、育成しなければなりません。常にイライラ、指示が明確でない上司、イヤでしょう?」
「指示ってどうすれば」
ひとりの女性が手をあげた。
「上から目線ではなく、あくまでも柔らかく。お願いする感じがいいですね」
「はい」
「柔らかく言いつつ、細く指示してください。よしなによろしく、は通じません。丸投げしていい相手は、あなたのお母さまやお姉さまだけです。夫に丸投げすると、あなたの思った成果は出ません」
そ、そんなこと、ないと思うけど。男たちは目をキョロキョロさせる。
「では、実験してみましょう。そこのあなた、奥さまに『私、少し寝てくるから。子ども見ててね』と言われたら、さてどうしますか?」
パッパは平民の男に問いかけた。
「え、子どもを見てたらいいんですよね。見てますよ」
「子どもがワーンと泣いたらどうしますか?」
「妻のところに連れて行きます」
「ああー」
「はあー」
女性たちが一斉にため息を吐く。
「騎士団長、新兵は気が利きません。大きな子どもだと思って、優しく細かく指示しましょう。『お乳はもうあげたから。泣いたらオムツを替えて。汚れたオムツはタライに水を入れて、その中につけて。それでも泣きやまなければ、抱っこして外を散歩してきて』」
「め、めんどくさい」
女性は頭を抱える。
「めんどくさいですよ。でも、こうやって育てないと、新兵は育ちません。新兵が育たないと、騎士団長がずっとひとりで子育てするハメになります。困るのは騎士団長です」
「うっ、子育てでヘトヘトなのに。新兵も育てなきゃいけないなんて」
女性は涙目だ。
「だったら、お隣の奥さんに頼んだ方がよっぽど楽。そう思いますよね」
「思います」
「それでもいいんですけどね。でも、長い目で見ると、新兵を軍曹に育てる方が後々いいですよ。ふたり目のとき、圧倒的に楽です。新兵の教育を、お隣の奥さんに頼むというのもアリです」
「そっかー」
「それいいかもー」
女性たちは、パアッと顔を明るくする。男たちはうなだれた。パッパは追い討ちをかける。
「新兵は、上司の指示を即実行する。『あとでやるから』『手伝ってあげる』これは絶対に言ってはいけません。上司にそんなこと言ったら、クビでしょう」
「はい」
「大丈夫、できるようになりますよ。私も第一子のときはひどいものでした。秘訣はね、妻を大事にする、それにつきます。妻のことを助けたい、そう思えばできるようになります。敵に矢を撃たれて半死の騎士団長ですよ、あなたの奥さんは」
「そうか、そうですよね。負傷した騎士団長に、間抜けなところは見せられないですね。がんばります」
男たちは途端に理解した。上下関係のきっちり決まった縦社会で生きている男たち。瀕死の上司を酷使するのは恥だ。
なんとか、いい感じでまとまった。空気がやや弛緩する。
「そんな感じで、少しずつがんばりましょう。頼れるものはなんでも頼る。領主や国にも助けてもらいましょう」
パッパは少し緊張した様子で、もう一枚の紙を読む。
『無事に生まれて、病気にかからず元気に育てば、なんとかなります。女医さんや助産師さんをもっと増やしてください。お願いします』
パッパはまっすぐ、エルンストを見つめた。
「陛下、こういう声が多く届きました。ぜひ、ナディヤさんのような女医さんを、各地に派遣していただけないでしょうか」
「そうだな、その通りだ。そうしよう。ありがとう」
エルンストは力強く頷いた。国策としてやらなければならない。子どもは、民は、国の宝なのだから。
ヴェルニュスに来てよかった。重大なことに気づけた。エルンストとパッパは、しっかりと目を合わせた。上からと下から。国をよくできるに違いない。
フリザンテーマさま「面白いので、今回(妊婦と夫)の続きが読みたいです」
チャイーRさま「パッパの活躍も読みたいですね」
fmnさま「選ばれたママのラインナップと、どのくらいの脅しをかけたのか」
リクエストありがとうございます。
参考文献:『察しない男 説明しない女 男に通じる話し方 女に伝わる話し方』(著者:五百田達成)




