11.王と王弟と王子
「アルがまた吐いた?」
エルンストはジャックからの報告を聞き、頭を抱える。
「なぜだ、香水は禁じたであろう?」
「はい。ですが、あの手この手で香りをまとってくるのです。香油、香りの強い石鹸、ポプリ、生花の髪飾り、香を焚き染めた衣装。ご令嬢の皆さん、なんとか殿下の気を引こうと必死で」
「バカな。逆効果だとなぜ分からん」
「庭園ならまだマシだったのですが。あいにくの天気でしたので、室内になりまして。窓は開けましたが、色んな香りが混じりあって、私でもキツかったです」
「いっそお茶会をやめるか。しかし、社交をしないとなると、貴族たちがやかましいからなあ」
「もういっそ、どなたか害のないご令嬢と、形ばかりの婚約でもできればいいのですが。そういうわけにもいきませんよね」
そのジャックの言葉は、悪い形になってやってきた。害しかなさそうな、毒々しい王女レイチェル。十二歳で十七歳のアルフレッドと既成事実を作ろうとした。
なんとか間に合ってことなきを得たからよかったが。あれからアルフレッドの女嫌いに拍車がかかった。
この弟は、もう結婚しないのだろう。そう諦めかけたとき、嵐が王宮に吹き荒れた。
ヨアヒムを昏倒させ、アルフレッドの心を撃ち抜き、両親もうるさがたの高位貴族も骨抜きにする、ミリー旋風。あの日から、アルフレッドはグズグズでグダグダ。
調整能力が高く、根回しが上手。文官に無理をさせないことで知られていたアルフレッド。ミュリエルに出会ってから無茶ぶりが増えた。文官は、驚きながらも、なんとか期待に応えようと必死だ。
しばらく、王宮は不夜城と化した。
さらに、文官だけではなく、王宮にいる全てが影響を被った。
「ミリーが編んでくれたマフラ〜」
まだ秋だというのに、緑色のマフラーをこれ見よがしに巻いている。その上、見せびらかしたいのか、笑顔で王宮を練り歩くものだから、女性たちがバタバタ倒れる。
「ジャック、アルに自重しろとさりげなく伝えておくように。無闇に笑顔をふりまかれると困る。女官や侍女が仕事に手がつかないらしい」
「自重」
ジャックは無表情になって絶句した。エルンストは無茶な指示だったと理解した。
「いや、いい。そうだな、長年、吐きながら耐えていた弟だ。やっとみつけた最愛を前に、自重ができるわけがない。いい、好きにさせよう」
エルンストは、ため息を吐く。父に似て、割と男らしい顔のエルンスト。母に似て、女とみまごう美貌で生まれてきたアルフレッド。
次期王はエルンストと早々に決まっていたので、貴族女性たちはアルフレッドに群がった。美貌の王弟の妻という立場。権力はあるが、責務はそれほど重くない。その座を狙う女性が多いのも無理はない。
人生とはおもしろいもので、権力も王弟の妻という座にも、まったく興味のないミュリエルがアルフレッドを落とした。ヴェルニュスでのびのびと幸せに暮らしていると聞く。
「ヴェルニュスに行ってみたいものだが」
エルンストも、それは難しいことは知っている。王都から離れたヴェルニュス。一国の王が、フラフラと遊びにいくわけにはいかない。
王都なら守りが堅固。ヴェルニュスも安全と聞いている。しかし、移動中はどうしても不安がつきまとう。
「ヨアヒムに後を継がせてからだろうな」
まだまだ先だ。ルーカスにも会いたい。両親も会いたいとうるさく言っている。
「里帰りしろと言ってみるか」
天犬と鳥がいるなら、移動中も大丈夫だろう。
「しかしヨアヒム、いつまでヴェルニュスにいるつもりだ」
エルンストはアルフレッドとヨアヒムに手紙を書くことにした。
***
そして、ヴェルニュス。
「父上から手紙がきました」
「ああ、こちらにもきた。ルーカスとミリーを連れて王都に来るようにと。まだルーカスに旅は早いと思うが」
ヨアヒムとアルフレッドは共に思案顔だ。
「ですよね。私には、いつ戻ってくるのかと」
「側近の妻がのきなみ妊娠中か。難しいのではないか? 今、夫婦を引き離すのはよくないだろう。身重の女性に旅をさせるのは危ないし」
「ですよね」
「ということは、二年後か」
「うっ」
ヨアヒムは目をつぶる。
「まあ、外国に留学するなら、それぐらい不在になることもあるんだし。もしくは、側近には、後から戻って来いと言うかだ」
「うっ」
側近のいない王子。ありなのか? 人望のない王子と、民に失望されないか? アルフレッドは同情のこもった目でヨアヒムを見つめる。
「側近と、ルイーゼ嬢と話し合って決めなさい」
「はい、そうします」
早速、側近たちと話し合ったヨアヒム。皆、無策だ。解決策は思わぬところからもたらされた。
「デイヴィッドに頼めばいいんじゃないかな。ジーンのランプに入って運んでもらえば、安全だし、あっという間だって。フェリハとセファも運んでもらってたよ」
ミュリエルがあっさりと案を出した。
「その手があったか」
デイヴィッドに鳥便を出したところ、『大丈夫です』という返事が届いた。
「では、時期を見て、皆で王都に行くか」
アルフレッドの言葉に、ヨアヒムはホッとした顔をする。ヨアヒムだってルイーゼに会いたい。
子どもが産まれる前か、後か。要検討だが、ひとまず王都に戻る道はできた。
それを報告したところ、『であれば、先に私がヴェルニュスに行くのもありなのでは?』エルンストがちょっとした希望を送ってきた。
「うっ、ヴェルニュスに王族がいっぱいー」
ミュリエルが頭を抱える。どうする、ミュリエル。
どうする、出番のない護衛たちよ。ついに、いいところを見せる絶好の機会かもしれないぞ。
一十八祐茂さま「アルを溺愛する兄の王宮での悲喜交々(奇行)」「兄王のヴェルニュス来訪の話」
リクエストありがとうございます。
奇行って感じではないですが。多分明日、兄王がヴェルニュスに来ることを書けるのではないかと思います。(予定)
新しい短編を書きました。読んでいただけると嬉しいです。
「フラグクラッシャー王女」
https://ncode.syosetu.com/n8430if/
このノリのギャグが、どれぐらい受け入れられるのか、ドキドキ…




