8.後処理に追われるジャスティン・サイフリッド
どうも、後処理担当のジャスティンです。いや、いいんですよ。後処理、好きですから。
残念ながら、私は新商品を思いつく才能は持っていないんですよ。それは父とイローナの得意分野。父とイローナが思いつき、私が商品化に向けた細々とした調整をし、ドミニクとデイヴィッドが売る。母が身につければ、さらに売れる。
家族で補い合い、商売をやっています。
イローナにミリー様という親友ができた。イローナ、私たち兄のせいで、悲しい思いをたくさんしてきたから。兄目当てではない、イローナ自身を見てくれる友だちができて、本当によかった。家族でこっそり祝杯をあげたものです。
ミリー様というのは、不思議なお嬢さんで。どうも創作意欲をかきたてる何かをお持ちのようだ。
「誰か、長ーい網つき竿作ってくれない。魚すくうやつよ。大至急」
学園の昼休みに、イローナが大慌てで帰ってきた。イローナを溺愛している職人のオヤジどもが、食事の手をとめてすぐ作る。
「みんな、ありがとうね!」
イローナは笑顔を振りまいて、大急ぎで戻っていく。「なんだったんだ」ポカーンとしている私をよそに、職人たちは上機嫌だ。
「イローナ様の笑顔、いいですなー」
「いやー、今日はいいものを見れた」
そして、すぐ、商品開発の話題に移る。
「魚をすくう網だとか。さっきのは急ごしらえだったけども。もっと改善できるだろう」
「持ち運びしやすいように、持ち手が伸縮できるようにしたいな」
「軽く、でも丈夫で。しなりがいる」
「手が滑らないように、持ち手のところに何か巻こう」
漁業関係者に見せたら、注文が大量に入った。
「もちろん網はたくさんあるんですけどね。竿の部分が伸縮するってのはいい。新しい」
「海用に、もっと頑丈なの作ってくれないかい」
ミリー様はなぜ、学園で魚をすくっているんだろう。不思議だ。でも、おかげで新商品ができた。ありがたい。
その後も、次々とミリー様関連で新商品ができる。
「ジャスティン、イローナが靴を思いついた。手配を頼むぞ」
父が簡単に丸投げしてくる。学園から戻ってきたイローナをつかまえ、頭の中にあるものを全て吐き出させる。
「とにかく安くて丈夫なのがいいんだー。やっすい革で作ってほしいな」
「廃棄革や革ハギレを使えば安くできるけど。色味がバラバラになるな」
「いいじゃない。世界にひとつしかない組み合わせ。そう売ればいいわ」
「いいな、さすがイローナ」
靴と革の職人を集める。各地の革工房に連絡し、ハギレや廃棄革を安く譲ってもらえるように交渉。靴専門の設計士に、色んな靴の絵を描いてもらい、イローナと議論を繰り返す。
なんとか試供品ができたころに、ミリー様が王都に戻ってこられた。
父が急に靴の試供品を持って飛び出し、しばらくして興奮して戻ってきた。
「石の腕輪。すごい、売れる。ミリー様」
「父さん、文章でしゃべってくれない? それではなんのことやらさっぱり」
父を落ち着かせて、話を聞き出す。なるほど、殿下を射止めるきっかけとなった、石の腕輪か。それは、間違いなく売れるな。全貴族女性が欲しがるだろう。少し気が遠くなりかけたが、自分を奮い立たせる。
「ドミニクをゴンザーラ領に行かせましょう。私は王都で諸々調整しないといけない」
「任せた」
「ま、任せられました」
父が任せるというなら、承りましょう。後継ぎですからね。慣れています。昔は父が手取り足取り、段取りの考え方から、関係各位との交渉の仕方まで教えてくれた。今は、ポーンと投げられることがほとんど。
私も一人前になったということでしょう。誇らしいですが、調子に乗ってはいけない。ひとつ一つ確実に進めないと足元をすくわれる。
ドミニクとイローナと話し合い、ドミニクはすぐに出発することに。彼はタラシなので、なんの心配もない。老若男女、男女問わず全員がドミニクのことを好きになる。才能だ。
真珠加工業者をいくつか周り、契約を交わす。石を壊さず、適切に穴を開けなければならない。
「王国中の貴族、他国の貴族にも売れる新商品です。最高の技術者が必要です」
景気のいい話に、業者の代表者たちは目をギラつかせる。
「一緒に儲けましょう」
うちだけ儲かっても意味がない。サイフリッド商会と仕事をすると儲かる。その実感を関係者に味合わせること。それが、代々サイフリッド商会が繁栄を重ねた理由だ。ひとつの成功が次の成功を生み、信頼が積み重なって商圏が拡大する。
できる人は、できる人の元に集まる。共に大きな仕事を成し遂げる喜び。適切に仕事を与えれば、良い成果物が返される返報性の原理。サイフリッド商会は他社と協力して経済を回す。
各地に協力者がいて、大きなうねりを作る。ひとつの商品が、たくさんの仕事を生み、人々が食いぶちを得るのだ。
夜会から戻ってきたイローナが、目をキラキラさせて相談を持ちかける。
「兄さん、レストランで食べきれなかった料理。持ち帰りたいの。オシャレな箱、作ろうよ」
「わ、分かった。相変わらず唐突だな」
「ミリーがねー」
「ああ、そうだな。ミリー様のそばに商売のネタが転がっているんだもんな」
ふうー、次から次へと。ネクタイの結び目に指を入れて、少し緩める。ふと視線を感じた。
「ユーラ、どうした?」
「ああ、いえちょっと。頼まれごとです」
ああ、社内報か。従業員たちが、私の家族を推していることは知っている。皆はバレてないと思っているみたいだが。印刷物の経費は毎月確認しているし、印刷所から見本が届くしな。父は気づいていると思うが。他の家族は知らないだろう。
従業員が、それでやる気になるなら、いくらでもネタにしてくれればいいんだ。気づいていないフリを続けるから。
『〜お疲れ気味のジャスティンさま〜
サイフリッド商会の従業員の皆さま、本店便りです。
イローナ様に親友ができました! ミリー様という元気いっぱいのお嬢様だそうです。イローナ様が毎日、華やかな笑顔で学園に通われています。イローナ様推しの皆様、共に神に感謝の祈りを捧げましょう。
イローナ様とレオ会長が、次々と新商品を生み出されています。どうも、ミリー様が創作意欲を刺激される方のようです。素晴らしいですわ。
後処理に追われるジャスティン様が、毎日疲れた様子でネクタイをゆるめていらっしゃいます。尊い。できる殿方が、ため息を吐きながらネクタイをゆるめる。皆様、大好物ですわよね。分かります。私、毎日鼻血をおさえるのに必死です。
本店勤務の者だけで、この眼福を味わうのは気が引けます。ユーラが絵を描いてくれました!
これから忙しくなりそうです。絵を見て英気を養ってくださいませ。
本店一同より』
一十八祐茂さま「出番の少ないサイフリッド家長男の悲嘆」
フリザンテーマさま「他の家族だとどんな感じに書かれているでしょうか?(サイフリッド商会の推し活動)」
リクエストありがとうございます!




