6.マリーナの奮闘
ミリーが産まれてから、私はしばらく不安定だったらしい。母にそっくりな私は、父に溺愛され、領民からは蝶よ花よと育てられた。
ミリーが産まれたとき、領地はお祭り騒ぎになったんだって。待望の森の娘だったから。皆の関心がミリーに集中し、母は赤子のミリーにつきっきり。私はいじけ、随分と泣いたそう。もちろん、覚えてはいないけれど。
でも、しばらくして落ち着いたそうだ。父と母がなるべく私といてくれるようにしてくれ、徐々に私がミリーをお人形のようにして遊び始めたと聞く。
五歳頃からうっすら記憶があるけれど。そのときは、私はミリーも弟たちも大好きだった。もちろんケンカはたくさんしたけど。たいがいは、食べ物が原因だったような。
繁殖期の雄鹿のように頭を突き合わせ、朝のオンドリのようにけたたましくわめき、子犬のように絡まり合って転がっていく弟妹たち。
仲裁役はいつも私。最初は優しく諭しても、聞きやしないので、最後は叫ぶことになる。
「もう、いい加減にしなさーい」
そうすると、ピタリと止まる。私、怒ると涙目になるんだけど。あの子たちは、私の涙に弱いみたい。
「ねーたん、なかないで」
カタコトの下の弟に、ヒシっとしがみつかれたわ。
「ハリーのせいで、マリーねえさんないちゃった。ハリーのバカバカ」
「ちがう、ミリーねえさんのせい」
くだらない言い合いがまた始まる。
「もう、やめてよー」
それでやっと終わる。みなが必死で私の機嫌を取ってくる。
「ねーたん、おはなとってきてあげる」
「えほんよんだげる」
「木イチゴの甘いの見つけたよ」
「宝物のセミの抜け殻あげる」
「じゃあ、僕はヘビの抜け殻」
「いや、いいから。さあ、ジャガイモ茹でてあげる。みんなで食べましょう」
そう言うと、安心して私にまとわりついてくる。単純な子たちだ。
かわいいけれど、とてもやかましい弟妹たち。あの子たちと離れ、王都の学園に行くことになったときは、正直嬉しかった。ひと足早く大人になったみたい。都会で、靴を履いて、オシャレな女の子とお友だちになって。素敵な男子と知り合って。
夢いっぱい、ちょっぴり不安に震えながら王都に行った。
王都は、田舎から来た貧乏な小娘には、厳しい場所だった。学園で必死に話しかけても、冷たくあしらわれる。上から下までさっと見られて、友だちになる価値なし、そんな視線を向けられる。
泣きたい気持ちを我慢して、じっとみんなを観察した。
「何が違うのかしら」
顔だけなら、負けてるとは思えない。自分で言うのもなんだけど、母にそっくりな私は、組の中でもかわいい部類だ。
「靴だわ」
やっと分かった。みんな、ピカピカで最先端の靴を履いている。私の靴は、使い込まれた編み上げ靴。こんなの、誰も履いてない。
「靴、買いに行こう」
母から、好きなものを買いなさいって、お小遣いをもらってる。大切に取っておくつもりだったけど。友だちが欲しい。
授業のあとに、街で色んな靴屋をじっくり見る。陳列窓に飾られている靴の値段から、入れそうな店を探す。
以前うっかり、フラフラ素敵なお店に入ったら、店員にチラッと見られて「いらっしゃいませ、ありがとうございましたー」と言われたのだ。お前はお呼びじゃない、そう言われた気がして、すぐ出てきてしまった。
王都の店員、魔獣より恐ろしい。
陳列窓をのぞいていると、後ろから声をかけられた。
「靴を探してるの? 安くていい靴屋知ってるけど」
振り返ると、気の良さそうな男子が立っていた。
「あ、ごめん。急に話しかけて驚かせたかな。トニー。トニー・ホランド。君、ゴンザーラ領のマリーナさんでしょう? 隣の領地だから、気になってたんだ」
トニーは、よくギルバート叔父さんが仕入れにいく隣の領地の出身だった。
「田舎から来るとさ、王都って怖いだろう。冷たい人ばっかりに感じるし。でも、いい人もいるから。入りやすい靴屋だってある」
トニーに連れられて、感じのいい靴屋に行った。見下されることなく、予算内でかわいい靴も買えた。
「靴を買いに行く靴がない。服を買いに行く服がない。そんな感じじゃない? 気後れするよね。大丈夫、田舎出身の学生同士で、情報交換すればいいんだ」
一学年上のトニーは、少しずつ知り合いを紹介してくれた。色んなお店も紹介してくれた。
「刺繍がうまいんだったら、内職すればいい」
そう言って、お小遣い稼ぎの方法も教えてくれた。ハンカチやシャツに刺繍し、服屋に買ってもらう。おかげで、母からもらった小遣いに手をつけなくて済むようになった。
「どうしてこんなによくしてくれるの?」
気になって聞いてみたら、トニーは急に真っ赤になった。
「そりゃあ、下心があるからだよ。マリーナ、かわいいもん」
私は顔が熱くなり、うつむいてしまう。
「あのさ、税金を主に勉強してるんだよね。ゴンザーラ領、税金に詳しい人を探してるでしょう? つまりー、えー、婿入りするから、結婚してください」
トニーが手を握って、まっすぐ見つめてくる。
「はい、お願いします」
私は嬉しくて、すぐ受け入れた。
「でかした!」
「マリー姉さん、はやわざすぎー」
「すっごい、狩人。さすがマリー姉さん」
「マリー姉さんの良さを見抜くなんて、トニー兄さんはやり手だね」
トニーを領地に連れて帰ったら、家族から褒め称えられた。気のいいトニーは、すぐ領地に溶けこんだ。王都は素敵だけど、領地は気楽で落ち着く。私はトニーと幸せに暮らしている。
ミリーが王都に行く年になったとき、私は貯めていたお金をミリーに渡した。
「誰か優しいオシャレなお友だちを作るのよ。で、一緒に靴を買いに行ってもらって。ひとりで高そうな店に入ったらダメよ。オシャレな店員は、魔獣より怖いんだからね」
私はミリーに、「いらっしゃいませ、ありがとうございました」の話をした。
「えーやだー。石投げちゃいそう」
「人に石は投げちゃダメだからね」
「分かってるってー」
心配していたけれど、イローナさんという、とても頼もしい友だちを得たミリー。その上、王弟殿下までつかまえた。
さすが、私の自慢の妹。常に予想を超えてくるわ。
フリザンテーマさまから「マリーナの人柄」、黒にゃ〜んさまから「兄弟喧嘩」のリクエストをいただきました。
ありがとうございます。




