5.ハリーの学園生活
「あの、ハリソン様。これ、私の手作りクッキーです」
「えー、ありがとう。おいしいね」
パクッと食べたハリソンは、笑顔でお礼を言う。少女はポッと頬を染めた。
「ハリソン様。これ、うちの料理人が焼いたマフィンです。私は作れなくて」
「えー、ありがとう。おいしいね」
ハリソンはモグモグ食べる。少女は、はにかみながら微笑んだ。
「モテモテですなあ」
「うらやましい。俺もあんな青春がしたかった」
イヴァンとガイは後ろでつぶやいている。
ラウルが王太子に決まって、ヴェルニュスの一行はさっさと帰った。ハリソンは少し迷ったが、ラウルに押し切られて残った。
「一緒に学園に通いたい。友だちと席を並べて学ぶ。余の夢だ」
そこまで言われたら、ハリソンもイヤとは言えない。
「じゃあ、ぼ、私もちょっとだけ通おうかな。母さまがいいって」
セファも少しだけ、ラグザル王国の学園で学ぶことになる。
「我らも行きます!」
脳筋五人組も通う気まんまん。
そして、年齢は違うのに、なぜか全員同じ組になった。ハリソンはラウルよりひとつ年上。セファはラウルよりひとつ下。脳筋兄妹はバラバラ。
「僕、あんまり勉強できないよ」
「私はどこでも平気」
「我らは、ラウル殿下の護衛ですから、殿下と同じ組がいいです。どうせどこの学年に行ったところで、落ちこぼれですし」
みんな好き勝手言っている。学園側は頭を悩ませ、ラウル殿下に全てを委ねることにした。殿下ならきっと、この自由な子どもたちをまとめてくださる。大人たちは王子に丸投げだ。
学生たちと、その親は色めき立った。
「ラウル殿下が学園に! ぜひお近づきになってきなさい」
「残念ながら、殿下には既に婚約者がいらっしゃる。せめて、側近と仲良くなりなさい」
「セファ王女殿下に失礼のないようにな」
「ハリソン様とは何者ですか? ローテンハウプト王国の男爵家の次男?」
「いや、今の身分はどうでもいい。殿下の親友ということは」
「すぐに叙爵されるだろう」
そういうわけで、ハリソンはモテモテだ。ところがハリソン、全く名前を覚えられない。
「えーっと、あなたは確か、この前クッキーをくれた」
「カサンドラでございます。どうぞ、今日はケーキをお持ちしました」
「ハリソン様、私は今日はチュロスをお持ちしました」
「ああ、ありがとう。マフィンの人」
「パウラでございます」
王家の影には絶対なれないハリソンである。甘いものを笑顔で頬張るハリソンを見て、ラウルが苦い顔をする。
「そなたら、ハリソンに甘いものばかり持ってくるのではない。余がミリーお姉さまに怒られる。もう少し、体にいい食べ物を持ってまいれ」
「はい」
女学生たちは話し合った。
「ハリソン様は、お肉は召し上がらないそうですわ」
「野菜と魚とパンがお好きだとか」
「では、明日は私が野菜、カサンドラ様が魚、ノエリア様がパン系ということで」
「分かりましたわ」
女学生は毎日、お互いの持っていくものをすり合わせ、ハリソンの胃袋を満たすことにした。そして、「名前を覚えていただかなくては」と一致団結し、お揃いの首飾りを作った。
それぞれの名前を形どった首飾り。目立つように胸元で光らせる。
「なるほど、それはいい考えだ」
女学生たちを観察していた者が、感心してうむうむと頷く。
翌日、お昼ごはんの時間に、早速女学生がハリソンを取り囲んだ。
「ハリソン様、旬の野菜のサラダでございます」
「魚介の煮込みでございます」
「クルミパンございます」
「海ブドウでございます」
皆、名前が目立つように首飾りをハリソンの前で揺らした。
「パウラさん、カサンドラさん、ノエリアさん、亀姫さん」
ハリソンは皆の名前を読み上げる。
「ん? 亀姫さん? あれ、亀姫、何してんの?」
「ハリーに悪い虫がつかないように、見張りに来ました」
亀姫はかわいい少女の姿で、ウフフと笑う。
「もー、しょうがないなあ。亀姫も一緒に授業受ける?」
「受ける。青春する」
亀姫とハリソンはニコニコ笑い合っている。
一般の女学生たちは、すぐさま悟った。自分たちに、勝ち目はないと。亀姫相手に競ったところでねえ。相手は人外だ。尊き存在だ。たかが小娘が敵う相手ではない。
ラウルはため息を吐き、セファは不思議そうにハリソンと亀姫をじっと眺める。
「デートをしましょう。ふた組で」
亀姫はウッキウキだ。都会的雰囲気あふれる王都で、大好きなハリソンとデート。ふたりきりはきっと断られる。でも今は、ラウルに婚約者がいる。最高だ。
「デート。初デートが亀姫と」
「不満ですか」
亀姫は途端に顔をくもらせた。今にも雨が降ってきそうなくもりっぷり。
「うーん、イヤじゃないかも。ラウルとセファも一緒なら」
やっぱり。亀姫はニンマリする。亀姫はすかさずハリソンの手を握りしめた。大好き。その気持ちを強く強くこめる。ハリソンはなんということもなく、手つなぎを受け入れた。
ラウルはまた、ため息を吐く。
「ハリー。いや、何も言うまい。では、セファ。初めてのデートに行こうか」
ラウルは王子のキラキラをふりまいて、セファをエスコートする。実に初々しいふた組の男女。
後ろでガイは手で目を押さえている。まぶしすぎて直視できないのだ。「いいなあー」ガイはしみじみとつぶやいた。
その日、王都を練り歩く少年少女たちは、目撃する人々を悶えさせた。
「青春。くあー、俺も青春してー、もう一回」
「一度も青春してねーだろうが」
「クッ殺せ」
亀姫の粘り勝ちかもしれない。ハリソンの心は決まったのか。どうだろう。
Tふじわらさまから「ミリーの弟くん達の恋愛(嫁探し?)」のリクエストをいただきました。ありがとうございます。
新しい短編を書きました。読んでいただけると嬉しいです。
『「君を愛することはない」「よし、では乗っ取りだ」新妻エヴァは夫の領地を乗っ取ることにした』
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