261.呼び出し
ラグザル王国の王都はものものしい雰囲気に覆われている。ラウル第一王子殿下がついに帰還するのだ。王子はまだ早いと言った。まだ、道半ばだと。だが、ダビド王は譲らなかった。
「戻って来い。王太子になりたければな。そう陛下が仰せでございます」
王の伝言を、遣いの男が恭しく告げる。
「そう言われては、帰るしかあるまい」
慌ただしく出発の準備が整えられ、ラウルたちは王都に向かって発つ。
「えらいこっちゃ」
見送った吸血鬼とその家族たちは震え上がる。
「ラウル様がやられる」
共に過ごす中で、血で血を洗う殺伐とした王家のことはよく分かった。
「のこのこ帰ってる場合か。恐怖の大魔姉たちに八つ裂きにされまっせ」
吸血鬼は、飛び上がるとこっそりラウルを追う。そして、ラウルたちの上空を飛んでいた鳥を一羽つかまえた。
「ご主人様の一大事だぞ。助けを呼んでこい。私もこっそりついて行くから」
吸血鬼は鳥の足についている筒をこじ開けた。手紙を入れ、鳥にささやく。
「どこでもいい。ラウル様を助けてくれそうな、強いお仲間に伝えてくれ」
鳥はしばし首をあちこちに傾けていたが、ツイーッと飛び立つ。鳥は、最近出会った強そうなお仲間の元に向かう。
***
コケーコケコケコー メエェェー
「なんなのあんたたち。朝から騒がしいわねえ。何、なんなの? あら、鳥じゃないの。ラウル様の鳥便の子ね。まあ、私に? んまあ、いつの間に文通する仲になったの、私たち」
サマンサはいそいそと筒から手紙を取り出す。
『ラの人、王都に戻る。王太子になるらしい。強い人、急募。みんな、王都に集まれ。吸血鬼』
「なんじゃこれ。なんなの、このふざけた手紙」
サマンサは、念のため火にかざしてみた。
「炙り出しではないようね。てことは、本気なのね。どうしようかしら。じいさん連れて行くと間に合わない」
「ワシのことはいいから。行ってこい。ニワトリとヤギの面倒は見ておく」
じいさんがしわがれ声で強がりを言う。
「何言ってんの。ニワトリとヤギの面倒見る前に、自分のことちゃんとやりなさいよ。仕方ない、ご近所さんたちに頼んでおくから。毎日、ヤギのお乳飲むのよ。落ち着いたら戻ってくるか、迎えを寄越すからね」
サマンサは大急ぎでご近所さんたちのところへ駆けずり回る。
「なんかさ、例のラの人の一大事らしくって。行ってくるから、じいさんとニワトリとヤギのお世話をお願いします」
「いいよー、ゆっくり行っといでー」
頼れるおばさま方は、快く引き受けてくれる。
サマンサは疲れている鳥をカバンに入れ、隣町に行く荷馬車に飛び乗った。
「確か、隣町にはサイフリッド商会の支店があったはず。そこなら鳥便がたくさんいるでしょう」
吸血鬼よりよほど知恵の働くサマンサ。いたいけな、たった一羽の鳥に、全てをたくしたりはしない。とるべきは人海戦術、いや鳥海戦術だ。
サイフリッド商会の従業員は、サマンサの言葉をきちんと理解してくれた。
「それは大変ですね。ええ、ラウル殿下のお噂はかねがね。やはり、ミリー様にお伝えするべきだと思います。ヴェルニュスに鳥便をたくさん飛ばしましょう。会長のお耳にも入れなければなりません」
元気がありあまってる鳥たちが飛び立った。吸血鬼のところから来た鳥はお休みだ。
「あなたはここで休んでいなさい。私は王都に向かうわ」
サマンサは鳥をねぎらうと、サイフリッド商会の荷馬車を借りて、王都に向かって旅立った。
***
春はイノシシ。やわやわと緑になりゆく山ぎわ。色づき始めた木の実を食すイノシシ。さっぱりとした甘い肉となる。
夏は牡鹿。月のころはさらなり、闇もなほ、子作りに備えてせっせと脂を蓄えし。濃厚な味わい、いとをかし。
はっ、いとをかしとか言ってる場合じゃない。やばい、またご主人様に置いていかれるー。やめてー、ミリー様ー。置いていかないでー。
吾輩は犬である。名前はアカ。ミリー様が誘拐されるとき、オメオメと倒れていた犬とは私のこと。もう決して、おそばは離れませーん、そう誓ったのに。
「ラウルが王都行くって。王太子になるんだって。でも、なんかヤバイんだって」
なんですとー。ラウル様の危機とあっては、このアカ、このアカこそが行かねばなりますまい。ねっ、ねっ、ミリー様ー。
「シロに乗ってひとっ飛び。ピューンって行って、ラウルが王太子になるの見届けたら、すぐ帰ってくる」
「僕も行く。絶対に、もう離ればなれにはならない」
「えールーカスを見ててよー」
「ルーカスはお義母さんとお義父さんがいるから、大丈夫。だと思う」
「でもアルも行くとなると、護衛がたくさんいるからなー」
「アハルテケを借りよう。あとは犬が乗せてくれれば」
いいね! 超いいね! さすがアル様、いいこと言うね!
「んもー、シロの方が速いのにー」
ミリー様ー、アカは、このアカは。あなたのためにー。
メリメリメリッ
「ギャー、アカに羽が生えたーーー」
ドヤアッ シロには負けません。いとをかし、あなめでたやー。
メリメリメリメリッ
「ギャー、他の犬にも羽が生えたー」
ヴェルニュスの犬たち。気合いで天犬になった。これで護衛も乗れる。やったね。
フリザンテーマ様から「犬視点」のリクエストをいただきました。ありがとうございます。
思ってたのと違うかもしれませんが……。




