259.悩み相談
ラウルは悩み相談を受けている。結構、深刻な相談だ。一夜の宿をお願いしようと、森の中の古い館を訪れたのだが。
「間に合ってます」
バタンと扉を閉められた。
「こういうのは初めてだな」
見るからに高貴な雰囲気を漂わせているラウルと、明らかにおつきっぽい一行である。空気を読んで、今までは皆泊めてくれた。押し売りのような扱いを受けたのは初めてだ。
「仕方ありませんね。せめて井戸を使わせてもらえないか、聞いてきます」
イヴァンが凄みのある笑顔で扉に向かった。しばらく押し問答していたようだが、最終的にはイヴァンの思いが通じたようだ。脅したのかもしれないが。
「庭で過ごす分には問題ないそうです」
ハリソンが焚き火を作り、ラウルが干し魚を炙り、ガイが馬の世話をする。その間に、イヴァンが井戸の水で洗濯をする。いつもの流れだ。イヴァンは洗濯物をかたく絞ると、木にヒモを張り、手際よく干していく。焚き火の煙が当たらないよう、少し離れた場所でパンパンとシワを伸ばし、ヒモにかける。
イヴァンは割と洗濯が好きだ。汚れた衣類がそれなりにキレイになって、パリッと乾くと気持ちがいい。ガイとハリソンは自分で洗うと固辞するが、ついでなのでイヴァンが洗うことも多い。その分、ガイとハリソンは別の仕事をしてくれるから、かまわないのだ。
イヴァンはチラリと館に視線をやる。あの青白い顔をした陰気な主人が、窓からこちらを伺っている。
他に人の気配はなかったが。いざとなれば切ればよい。イヴァンは失礼な男を許すつもりはない。お忍びとは言え、見るからに身分の高い者の訪れを、ああもあっさり断られるとは。
「殿下に気づかれないよう、お仕置きだな」
イヴァンはタライと洗濯板を持つと、焚き火の方に向かった。
だが、やはりと言うべきか、お仕置きしたのは、犬だった。
「ひいぃ、犬を、犬をどかしてくれ」
館の主人が、犬に胸を踏まれ悲鳴を上げる。犬の爪が男の胸にジワジワと突き刺さっていく。
イヴァンは男の首に剣をあてた。問答無用で切ろうとしたとき、ラウルに止められる。
「よもやとは思うが。余に夜這いをかけようとしたのか? 余は男子だぞ?」
ラウルは淡々と問いかける。
「何するつもりなのかなーって見てたけど。おじさん、ラウルの服を開けようとしたよね。ラウル、まだ十三歳だよ。そういうのは、合意の上じゃないとダメって父さんが言ってたよ」
ハリソンが腕を組んでにらみつけながら、たたみかける。
「う、違う。もしかしたら、キレイな顔の男子なら、血を吸いたい気持ちになるかと思って」
「もしやお前、吸血鬼か」
ガイが剣を男の胸に当てる。いつでも貫けるよう、剣にやや体重をのせた。
「吸血鬼です。そうです、しがない吸血鬼の末裔です。女性がちっとも寄りつかないので、もう何十年も血は吸っていません」
男は犬に踏まれたまま、シクシクと泣き出した。
「ええい、陰気なオッサンが泣くな。見苦しい」
ガイが剣に力をこめる。
「余の血をあげることはできぬが。話ぐらいなら聞いてやれるぞ。話してみよ」
夜中に、男だらけの悩み相談会が始まった。
「吸血鬼って、シュッとしてるはずじゃないですか」
「知らぬが、そうなのか?」
「そうらしいんですよ。代々、見た目がよくて、それで女性を引っかけていたらしいんですけどね。私、産まれたときから、オッサンぽい雰囲気を漂わせていたらしく。まったくモテません」
吸血鬼は、木の枝で地面をひっかいている。
「実はさっき見栄を張ってしまいました。私、吸血鬼なのに、血を吸ったことがないんです。吸血鬼なのに」
「よいことではないか。穏やかに、誰も傷つけず、平和に生きればよい」
「では、私の代で血筋が途絶えます」
焚き火に照らされた吸血鬼の顔は、青白く覇気がない。
「他の吸血鬼はジャンジャン女性を口説いて、子どもを作って、安泰なのに。私の家は、私が不甲斐ないばかりに」
ヨヨヨと吸血鬼はむせび泣く。
「では、見合いをしようではないか。自分で見つけられないなら、募集するしかあるまい。ただし、吸血鬼ということは事前に伝えた上でだ」
「誰か来てくれるでしょうか」
吸血鬼の暗い目にかすかな光がさす。
「贅沢を言わなければ、大丈夫ではなかろうか」
ラウルにも確証はない。見合いの斡旋は、普通は王子の仕事ではない。
募集要項を持って街にいくのは、ガイの役目となった。
「贅沢を言わなければって、どこがじゃ」
ガイは何度か止めたが、吸血鬼は「最初ぐらいは、私の希望を言いたいです」と聞かなかったのだ。
ガイは街に行き、人の良さそうな八百屋のおばさんに声をかけた。
「やあ、どうも。実はね、森の奥に住んでる吸血鬼が、嫁さんを探してましてね。いやなに、吸血鬼と言っても、血を吸う度胸もない、気のいいヤツなんですけどね。陰気だけど、根はいい男です。大きな屋敷も持っている」
「大きな屋敷に住めるなら、希望する女の子もいるかもしれないねえ。聞いておいてあげるよ」
「ありがとう。これ、一応そいつの希望なんだけどね。ほら、世間知らずだからそいつ」
おばさんはガイが渡した紙を読み、鼻でせせら笑った。
「二十代の乙女希望。色白で血がサラサラ、働き者で優しい女性? バカか。そんな子が、吸血鬼のところに嫁に行くもんかね」
おばさんは紙を丸めて、ゴミ箱に叩き入れた。
「そいつに伝えておくれ。身の程を知れってね」
「だよなあ。俺もそう思う」
「まあ、探しておいてやるよ。期待せずに待ってておくれ」
ガイは街でパンや食料品を買うと、森に戻った。屋敷では、吸血鬼が大掃除をしている。
「若い女性が好むような部屋にしようと思って。女性は棺桶で寝るのはイヤでしょうから」
吸血鬼はベッドに花柄のシーツを敷いている。
「お、おお。そうだな。掃除するのはいいことだ」
吸血鬼は、イヴァンの指示に従い、せっせと部屋を片付ける。
「物が多いと掃除が大変だから、嫁さんに嫌がられる。飾りは花だけ。不要な物は、全部地下室に入れてしまいなさい」
繊細なロウソク立てや、飾り箱、陰気な肖像画などは全て地下室に運ばれた。その代わり、花瓶が置かれて、ハリソンがとってきた花が生けられる。陰気な屋敷は、こざっぱりとした、花の香り漂う空間となった。
さあ、誰か来てくれるであろうか。
そろそろ書くことがなくなり、完結にむけてたたんでいこうかと思っております。
これが読みたいなど、リクエストがあればぜひ感想欄にご記入くださいませ。
書けるかどうか分かりませんが、斜め上に行くかもしれませんが……。
よろしくお願いします。




