26.お金の使い道
最近、毎日王家からの早馬が来る。
「兄上から至急の連絡が来た。すぐ王都に戻れって」
「え、そうなの? なんかあった?」
「んー、ラグザル王国との交渉の件だね。勝手に決めるなって釘刺されちゃったから」
そういえば、迎えの人に王女たちを渡したんだった。最後までやかましい王女だった。
「ミリーはラグザル王国から欲しいものって何かある?」
「欲しいもの……。お金?」
「まあ、お金はもちろん、たんまり絞り取るから期待しておいて。お義父さんがしばらく税収に悩まなくて済むぐらい取るから」
「わーい」
これで弟たちに新しい服を買ってあげられる。育ち盛りだから、すぐ袖とか裾が短くなるのだ。
「他に欲しいものないか考えておいてね。宝石とか毛皮とか武器とか。土地とか鉱山でもいいからね」
「鉱山……もらってもどうしたらいいか分からないけど」
「それは優秀な人材雇って、管理させるから大丈夫。そしたら、ラグザル王国のよさそうなものをまとめさせるから、それ見て一緒に考えよう」
「うん」
なんて至れり尽くせりなんだろう。王弟をそこまで働かせていいのか、ミュリエルは少し気が引ける。
「ラグザル王国の件だけじゃなくて、ミリーとの結婚式の手配なんかもあるからね。王都に戻ってその辺りを調整するよ。文官が泣いてるんだって。兄に怒られてしまった」
「そっか……」
アルフレッドはいそいそと、ジャックに荷造りするよう告げに行く。
仕事が異様に早いアルフレッドの側近たちは、その日のうちに荷造りを終えた。翌日出発することになった。
「という訳で、王都に戻ります。結婚式の調整ができ次第連絡します」
「分かった。任せる」
アルフレッドはにこやかにロバートに連絡事項を伝えていく。
ミュリエルはどこか落ち着かない気持ちで、アルフレッドに別れの言葉をかけた。
「元気でね……」
「ん? ミリーも一緒に行くよね?」
アルフレッドは怪訝そうな顔でミュリエルを見つめる。
「え、そうなの?」
「僕がミリーと離れる訳ないじゃない。ミリーの荷物も馬車に乗せてあるよ」
「え、そうなの!」
「そういえば、一緒に行くのが当たり前だと思って、わざわざ聞いてなかった……。もしかしてイヤ?」
アルフレッドの表情がくもる。
「え、イヤじゃないよ。行こう行こう」
「ふふ」
盛大に領民に見送られながら、一行は王都に向かった。
***
屋敷の一番広い部屋に、領民が続々と集まる。一家にひとり参加する、大事な会議だ。
部屋の前には大きな黒板があり、長男のジェイムズが白墨を持って立っている。
黒板から少し離れて、全体を見渡せるところで、ロバートが椅子に座っている。領民は前から順番に床に座る。皆慣れたもので、クッションなどを持ち込み思い思いに座った。
ロバートはよく通る声で話し始める。
「よし、大体集まったな。ミリーのおかげで金がたんまりある。冬になる前に、今のうちにやっておくべきこと。そして来年の金の使い道を大至急決めよう」
ロバートは黒板に書かれた文字を指し示す。
「既に案は出してあるから、皆の意見を聞かせてくれ」
ロバートは黒板の文字を読み上げた。
・城壁の修理
・城門の強化
・投石機の追加
・弓と槍の追加
・農耕馬の購入
・農場の開墾
・農耕道具の追加
・各家の修復補助
・各人の靴の購入補助
・新しい屋敷の建築
早速、領民が意見を出し、ジェイムズが黒板に加えていく。
「屋内の共同洗濯場を大きくして、お湯が沸かせるようにしてほしいです。お湯で洗えると、冬場は助かるんで」
女たちが大きく頷いた。
「城壁外の井戸の数を増やしてほしい」
「湖までの道を整備してください。狩りに行きやすくなる」
よく狩りに行く者たちが顔を見合わせて賛成する。
「羊の数を増やして、共同の糸車を増やしてほしい」
「だったら機織り機ももっとほしいです」
女たちが口々に言い合い、ジェイムズが記入していく。
若い男が目をキラキラさせて手を上げた。
「農耕馬だけでなく、早馬も欲しいな」
「なんに使うんだよ、そんなもん。走るだけの無駄な馬を養う余裕なんてないよ」
「む……。ミリーさまへの手紙をすぐ届けられるといいじゃねえか」
「バカか、王都まで手紙届けるってか。だったら隣領地への仕入れ頻度を増やせばいいだろう。荷馬車なら増やしてもいいんじゃないかね」
「そうだな」
ジェイムズは荷馬車の追加と書く。
「牛がもっといる」
「小屋も増やさないと」
「アル様が人をたくさん連れてくるなら、家畜は増やさないと」
ジェイムズは家畜と小屋と書いた。
「剣も欲しいな」
「何夢みたいなこと言ってんだ。剣なんてどこで使うんだよ」
「狩りで……」
「却下だ、バカ野郎。お前は木の棒で遊んでろ」
男はいじけて下を向く。
「料理人を雇ってほしい」
中年の女がポツリと言った。
「確かに……」
「やっぱさあ、肉にはソースってもんがいるんじゃねえの」
「こんなとこに来てくれる料理人がいると思うか?」
「…………」
「ミリーさまに王都から連れて来てもらおう」
「それだ」
ジェイムズは料理人はミリーが捕獲と書く。
「新しい屋敷もいるけどさあ、ロバート様たちの屋敷もなんとかしないと」
「確かに」
「雨漏りと隙間風にアル様をさらすのはいたたまれんかった」
屋敷の修理を手伝った男たちが青ざめる。
「壁紙も古いし、カーテンもボロボロだし」
「もうちょっと質のいい銀食器も買ったらどうだい」
「アルさまに似合うヤツをさあ」
「そうだな」
領民たちが白熱する。芸術品のようなアルフレッドが、ボロ屋敷で過ごしているのが気になったようだ。
「家具も買いなよ」
「客室用のベッドも買わなきゃ」
「ソファーとかさあ、座るとこデコボコしてるだろ」
「アル様が座ってるとこ、見てられんかった」
ジェイムズは屋敷の諸々と書いた。少し顔が赤らんでいる。
「そんなこと言ったら、領主一族の服もなんとかしないと」
「せめてアル様の護衛に見劣りしないぐらいのさあ」
皆がロバートとジェイムズの全身をじろじろ確認する。
「ワシらと同じような服着てるもんな」
「いや、もちっとマシだろうけど」
「ロバート様の上着の肘のとこ、つぎはぎがあるし」
ロバートは腕を後ろに隠した。
「あれ、侍従の人がめっちゃ見てたし。ちょっと恥ずかしかったわ俺」
「じゃあ、領主一族にはもうちっと贅沢してもらうということで」
「賛成」
ロバートは怒ろうか迷って、結局笑った。
「お前ら……。ありがとう」
若い女がハッとした様子で大声を出す。
「ねえ、大事なこと忘れてない? ミリー様の結婚式よ。王都でもするけど、こっちでもするよね」
「あ」
「忘れてた」
ロバートがポツリとこぼした。
「おい」
領民たちは呆れたように大きな声を出す。
「もうさあ、そのもらったお金の半分をさあ、領主一族で使いなよ。パーっとさ」
「そうだよ、シャルロッテ様に新しいドレス買ったげなさいよ。結婚式で着るドレスとは別にさ」
「一族全員ね。もちろんロバート様とジェイ様のも」
領民一同、大賛成のようだ。
「たまには自分たちで使いなさいよ」
「他の貴族はそうしてるって、アル様の護衛の人が言ってたよ」
「アタシたちは幸せなんだってさ。今まで知らなかったけど、ありがとうロバート様」
領民がニコニコしている。ロバートは下をむいて怒鳴った。
「泣かせても何も出ないぞ」
領民はゲラゲラと大笑いする。
「すんごい泣いてるー」
「おい、言うなよそういうこと」
いつもは少ない税収をどう使うかで議論がいつまでも終わらないのだが、今回は和やかにあっさりと終わった。
金があるって素晴らしい。ロバートは袖で涙をゴシゴシ拭きながら、アルフレッドとミュリエルに感謝した。