257.最強の生物
我はネコ様である。名前はまだない。人間たちは、ネコちゃん、おネコ様、ぬこ様、などと我らを呼ぶ。ぬこってなんぞ。人は我らを見ると、身もだえておかしなことを口走る。
それも仕方あるまい。我ら、生まれつきたいそう愛らしい。一挙手一投足が神がかっている、かわいさの権化と言われる存在だから。
「かわいいって罪よねー。みんなすーぐアタシに夢中になるんだから」
そう言って許される唯一の生き物、ネコ様だ。人のオナゴがそんなことを口にしようものなら、笑止千万。アタオカなヤツがおるでと、末代までヒソヒソされるであろう。
「人の子、哀れなり」
我が失笑していると、下僕たちがひざまずく。
「ぬこ様、ご機嫌でいらっしゃいますね。今日もかわいいですねー」
下僕たちが毛づくろいを邪魔するが、しばらく触らせてやる。人はなぜか、我らが人を小馬鹿にすると喜ぶ性質がある。
「ああ、踏んでくださいませえ。フミフミしてくださいませえ」
寝ている人を踏むと、挙動が怪しくなる。アホなのかな。頭に乗ってやったり、首の上に寝そべってやると、さらに喜ぶ。
「俺、寝苦しくて目が覚めたら、ネコが首の上で寝ててさあ。窒息するかと思った」
「いいなあ、マジうらやま」
なぜ窒息しかけることが、うらやましいのであろうか。死にたいのかな。人とは不可解な生き物だ。
生まれながらに、人の上に位置する我らであるが、逆らえない人ももちろんいる。筆頭はご主人だ。ご主人、この地の生き物の頂点に君臨されておる。
まず、犬は奴隷だ。これはなんの不思議もない。腹を見せて服従の仕草を見せる、誇りなき犬ども。ご主人と狩りにでかけ、せっせと獲物を献上しておる。
「今日は木を投げてくれるかな。石より木がいいな。木を投げてくれたら、さっと行って華麗に受け止めて、ご主人の足元に運ぶんだけどな。ご主人に俺たちのすごいとこ、見せてあげたい」
犬どもの会話は大体そんなんだ。所詮、芸を見せねば愛されぬ、二流の生き物。ぷークスー。
鳥は滅私奉公。あやつら、鳥便などと役割を与えられて、いい気になっておる。ふ、ふんだ。飛べるからってさあー。
「鳥は食べちゃダメだよ」
ご主人に言われたから、食べはしない。ニワトリをちょーっと追いかけ回すぐらいだ。卵を踏み潰さなければ、ご主人も怒ったりはしない。
ニワトリ、コケコケ言ってるだけで飛べない。鳥便もできない。でも、あいつら卵を産むからな。あなどれん。鳥もニワトリも、ネコ族の地位を脅かす潜在能力を持っておる。
我らネコ族、夜の集会の議題は、鳥との最終戦争についてだ。
「フクロウがいる限り、我らに勝ち目はないぞ」
「しかもあいつら、増えやがった」
「ご主人を乗せて、調子に乗っておる」
「やはり、ネコ便を始めるべきではないか」
「いやだ、ここから出たくない」
「ゴロゴロだらだらするのがネコ族のつとめ」
「異議なし、賛成」
「我らのありようを曲げてまで、鳥と戦う必要はない」
いつも、「ネコはネコですから。寝てればいいんですよ。かわいいは正義」って結論になる。むむむ。
「今まで通り、できることをできる範囲でね」
「小人を乗せて運んだり」
「小さいご主人をネズミから守ったり」
「怪しいヤツらをつけたり」
「のびをしたり、毛づくろいをしたり」
「丸まって寝たり、声を出さずにニャアの口をしたり」
「自然にそのまま、ありのままー」
いつも通りにかわいくね、という方針だ。変わり映えはしないが、他に策はない。
ネズミはちょいちょい狩る。そしてご主人に見せに行く。小さいご主人を襲おうとしたネズミは、いくらでもヤッテよしだ。
新しくやってきた旅行者には、念入りにすりついておく。匂いをつけておけば、いざというとき犬どもが追いやすくなる。
あいつちょっと怪しいなー。そんなよそ者がいたら、魔女に見せればいい。魔女は、小さい魔女のお世話をしながら、ネコの言葉も聞いてくれる。
「え、どの人ー? ああ、あれか。分かった。監視するから大丈夫。ありがと」
これでひと安心。心置きなくゴロゴロできる。
そんな穏やかでまったりとした、いつも通りの日々。我のしっぽがソワソワ動く。
「なんだろう。ぞわぞわ、ゾクゾク。落ち着かない」
ネコ族は固まって、耳をピンとたてる。
「犬は普通だな。鳥は、怯えてるな。フクロウは落ち着いている。なんなんだ」
我らはピッタリと身を寄せあったまま、ゆっくりと動き出した。
「ご主人、ご主人」
怖いときは、ご主人のそばにいるに限る。
「ご主人、いたー」
「ギャッ、なんなのあんたたち。どうしたのよ。そんなにすり寄られると、歩けない」
「ご主人、ご主人。なんか来る」
「怖いのがくる」
「どうしたんだろう。ニャーニャー言ってるけど。お腹すいたの?」
ご主人の足にスリスリすると、怖いのが少しマシになった。
「変だねえ。犬たちは大丈夫なのに。シロも気にしてないね。あ、分かった」
ご主人が身をかがめて、ネコ族のアゴ下をカリカリしてくれる。
「あんたたち、怖いんだね。大丈夫、私の父さんが来るんだと思うよ。父さん、強いから」
「なあんだ」
「あービックリした」
我らネコ族は、ドキドキしながら、ご主人の父さんを待った。
「よう、ミリー、アル。元気そうだな。おっ、ルーカス。じいちゃんだぞー」
「父さん、ルーカスを投げないでよ」
「投げないから、抱っこさせろ。おっ、なんだこのネコたち。なんで腹見せてんだ」
「父さんが怖いんだと思うよ。ここ最近、ずっとソワソワしてたもん」
「ほーん」
ピャッ 見つめられて、背筋がヒヤッとする。腹を、腹をお見せしますー。
「まあ、かわいいネコちゃんたち」
ご主人の母さんがお腹をワシワシしてくれる。そうすると、ご主人の父さんの怖い気配が少しやわらいだ。
ご主人の母さんにひっつくことにしよう。我らネコ族の生存戦略が決まった。




