255.追いすがる女
着々と、占い師として評判を高めているサマンサ。サマンサに慢心の二文字はない。常に全力である。
「ラウル殿下の側近になるまでに、できるだけお金を貯めないと」
王都までの引越し代。結構すると思うのだ。じいさんと、ヤギとニワトリを連れて行かなければならないんだし。サマンサひとりなら、商人の荷馬車に忍び込み、ごはんをくすねながら行けばいい。
「さすがに、じいさんとヤギとニワトリを連れて、荷馬車に潜り込んだら、すぐバレると思うのよ」
コケーって言うやつと、メーって言うやつと、動きが遅いじいさんだ。無理だ。そういうわけで、旅費を貯めるために、占いに精を出すサマンサであった。
カランコロン カフェにひとりの女性が入ってきた。女性は店内にさっと視線を巡らせ、サマンサの方に近寄ってくる。
失恋、踊り子、都会出身。彼女がためらいがちにサマンサに声をかけるまで、これだけが読み取れた。
「あの、占いをお願いしても?」
「ええ、どうぞ。お座りください」
女性は思い詰めたような顔で、ストンと椅子に腰をおろす。
「とても美しい男性と婚約してたんです」
「美しい男性は心変わりを?」
「そうなの。どうして分かるの?」
そりゃあ、そんなにマブタが腫れてりゃねえ。サマンサはおもむろに水晶玉を取り出し、しげしげと中を覗き込む。
「あなたはいい踊り手のようですが。えー、バレエかな?」
「そうなの、すごいわ」
そりゃあ、首が長くて、めちゃくちゃ細くて、歩き方がガニ股だからねえ。バレエでしょうともよ。サマンサは水晶玉の上に手をかかげ、半目になった。ん? 水晶玉の中にカトレアが見えた。なぜ? あの子は確か今─
「ヴェルニュス」
「ひっ、すごすぎるわ。そうなんです、彼、ヴェルニュスに旅行するって」
「なんでまた」
サマンサは素で聞いてしまった。すっかりサマンサに心酔した女性は、熱心に話し始める。
「彼、自分の美貌を世界に知らしめたいって。ヴェルニュスには天才絵描きがいるのでしょう?」
「なんてまあ。自意識過剰な男。そんな男のどこがいいわけ?」
サマンサの本音がうっかり漏れてしまった。
「顔。私、美しい人を見るのが大好きなの」
「へー。あなたも相当な美人さんなんだから。鏡見ればいいんじゃないのかしらねえ」
「あら、だって。私は美しい男性が好きなんだもの」
ふーん。まあ、人の好みは色々あるからね。サマンサは水晶玉と彼女を見比べつつ、カトレアの集めていた情報を思い出す。
「ヴェルニュスにはすごく強い女領主がいるそうですよ。それと、美貌の王族がふたり。あと、私の友だちも」
そういえば、ラウル殿下もヴェルニュスに滞在してたなあ。あのハリソンは領主の弟だったか。なんか、おもしろいことはヴェルニュスから起こってる感じよねえ。地脈がいいんだわ、きっと。
「ねえ。あなたもヴェルニュスに行ってみたら? 追いかけていって、彼をもう一度振り向かせればいいわ。ダメなら、ヴェルニュスにいる別の美形を追えばいいじゃない」
「行ってもいいかしら。行こうかどうか迷いながら、王都からここまで来たの」
女性は身を乗り出して水晶玉を見つめる。もちろん、力のない普通の女性には、水晶玉は何も教えてくれない。
「行ったらいいと思うわ。なんなら、ヴェルニュスで踊ればいいじゃないの」
「そうね。それもいいわね。選抜組が既に行ってるから、理由を話せば雇ってもらえるかもしれないわ」
女性は晴れやかな顔になり、フォークを手に取る。
「もう何年も、ケーキは我慢していたのだけれど。今日は食べるわ」
やつれて痩せこけた顔に少し赤みが戻るのを、サマンサは優しく見ていた。
***
船で運河を渡ったり、あるときは貸し馬車に乗ったり。苦労しながら踊り子シルヴィーはローテンハウプト王国までやってきた。
最終的には、親切な商人の荷馬車に乗せてもらえた。サマンサに、「困ったら、ラグザル王国のバレリーナだって言えばなんとかなるから」と教えられ、その通りにしたら乗せてもらえた。
ヴェルニュスではバレリーナが人気なのだろうか。シルヴィーは聞いてみる。
「バレエは人気ですか?」
「ええ、人気ですよ。私も何回か舞台を見ました。よく爪先で立てるなあ、信じられない」
男性は熱心に、領民がいかにバレエに憧れているか話してくれる。
「わざわざラグザル王国まで行かなくても、地元で本格的なバレエが見れるなんてねえ。おかげで宿泊客には困りません」
男性が打ち解けてきたようなので、シルヴィーは思い切って探りを入れる。
「ヴェルニュスには美しい人がいるってウワサを聞きました」
「ああ、ミランダさんですね。私の上司の奥さんです。ヤバイですよ」
商人は少し顔を赤らめて、興奮気味に語る。
「私、この仕事ついてかれこれ十年以上たつんですけど。ミランダさん、年々若返ってる」
「そんなまさか」
「でもそうとしか思えないんですよねー。ヤバイ。まじであの人はヤバイ。あ、あんまり言ったら会長に怒られる」
商人は首をすくめた。
「ええっと、男性にも美しい人がいらっしゃるのでは?」
「ああ、デイヴィッドさんですね。でもデイヴィッドさんは、今はアッテルマン帝国で新婚旅行中ですけどね」
「いえ、デイヴィッドさんではなくて」
商人はやや警戒を強めたような目でシルヴィーを見る。
「え、ひょっとして、アルフレッド王弟殿下ですか? アル様は、ミリー様にベタ惚れなので、他の女性が声をかけても無理ですよ」
「いえ、そんなまさか」
「まさか、ヨアヒム第一王子殿下? 勘弁してくださいよ。ルイーゼ様に怒られます」
「いやいやいや。そうではなく。あのーダミアンって言う男性なんですけど」
「ダミアン、ダミアンねえ。すみません、知りません」
「そうですか」
シルヴィーはダミアンの知名度のなさに、ホッとするようなガッカリするような。
「そんなにたくさん美しい人がいらっしゃるんですね」
「そうなんですよ。おかげで領民も無駄に目が肥えちゃって。みんな悟ったみたいですよ。普通の人間は、見た目より甲斐性だよねって。自分も相手もね」
商人はカラカラと笑った。
「見た目より甲斐性。そう、そうかもしれないわね」
シルヴィーは商人のその言葉を、何度も口の中で転がし、噛み締めた。自分も、そう思う日が来るのだろうか。




