254.飛び道具
ロンザル鉱山の近くにある、ルイーゼ修道院にパッパがやってきた。ルイーゼからぜひにと頼まれたのだ。未来の王妃からのお願いとあって、パッパはできる部下を引き連れ、大至急でやってきた。
「やあ、魔女のみなさん、初めまして。サイフリッド商会のレオナルドです。パッパとお呼びください。ルイーゼ様からご依頼を受けまして、やって参りました。あ、こちらはカトレアさんからのお手紙です」
タチアナがすくっと立ち上がり、パッパから手紙を受け取りむさぼり読んだ。
『ウェーイ、みんな元気ー? カトレアだよー。ヴェルニュスでミリー様の四天王になるべく鋭意邁進中。なんと、赤子に戻った原初の魔女、キャリーの母親役までやってるよ。キャリーはミリー様の息子、ルーカス様狙いなんだって。落ち込むこともあるけれど、私、ヴェルニュスが好きです』
「情報量が多い」
タチアナは何度か読み直し、手紙をカトレアの母に渡した。皆、手紙を回し読み、カトレアとキャリーの無事にホッとした表情を見せる。
「そんなこんなでですね。ローテンハウプト王国で、魔女が堂々と生きていける環境を作りたい。ルイーゼ様たっての希望なのですよ。いきなり全土でというのは難しいでしょうから、まずこのロンザルと、ヴェルニュスで」
「もう十分、のびのびやってますけど」
タチアナが首を傾げながら言った。なんといっても、街の人たちが、魔女である自分たちを受け入れてくれている。魔女とバレたら火あぶりと聞いて育ったのに。
「あら、新しく来た魔女さん? 助かるわ。鉱山だとやっぱりね、怪我が多いから。治癒魔法が使えたり、薬草が作れる魔女さんが増えるとすごくありがたいのよ」
そんな感じで歓迎された。びっくりだ。それもこれも、優しくて美人な次期王妃が念入りに根回しをしてくれたかららしいが。
パッパは、戸惑っている魔女たちを見て、ニッコリ笑った。
「皆さん、気にせず、街を飛んでいいんですよ。ルイーゼ様からの伝言です。こちらの修道院、街から離れていますから。街まで歩くのも大変でしょう」
ほら、パッパはそう言って、庭に置いてある荷馬車を指差した。
「色んなホウキをお持ちしました」
「お、おお。それは」
「あ、ありがたいです」
魔女たちはゾロゾロと庭に出ていく。後ろで、パッパが不思議そうに首をひねっている。
荷馬車の中には、エニシダ、シュロ、シダ、様々な植物の枝で作られたホウキ。鳥の羽や馬の毛でできたホウキまである。
「では、せっかくなので、飛んでみますか」
年配の魔女たちが、思い思いのホウキを手に取り、またがって集中し始めた。ホワホワと、魔女によってはビュンビュンと、庭の上を飛び回る。
「いやはや。爽快な眺めですなあ。うらやましいですなあ」
パッパは空を見上げて感嘆の声を出す。魔女たちはしばらく飛んでから、静かに降りてきた。
「あ、イテッ。久しぶりに飛んだら、うっ」
魔女たちがヨロヨロとしゃがみ込む。
「皆さん、いかがなさいましたか?」
パッパはオロオロしながら駆け寄った。
「いやあー、久しぶりだとね。すっかり体がヤワになってて」
「みんな、ハッキリ言った方がいいよ。股が痛いって」
タチアナが大きな声で言い、魔女たちは耳をふさいだ。パッパは少し赤くなる。
「なるほどなるほど。確かにねえ。こんな細い棒にまたがったら、痛いですよねえ。よし、痛くないホウキを開発しましょうか」
「ホントに!?」
タチアナは飛び上がって喜んだ。飛ぶのは好きだけど、股の痛さを考えると、歩く方がよかった。でも、痛くないなら、飛びたい。魔女たちはパッパの周りを取り囲む。この人は救世主、魔女たちは分かった。
「私、飛ぶと寒くて震えちゃうから。寒くないホウキがいい」
「寒くないホウキ」
パッパは固まって考え込む。パッパの部下はせっせと手帳に書き留める。
「わたしゃ、フカフカの椅子のついたホウキがいいねえ」
「私、寝たまま飛べるホウキ」
「荷物をたくさん乗せるカゴがついてるといいなあ」
「降りたあと、持ち運びが大変だよ」
「ホントだわ」
うーん。皆が頭を抱えた。そのとき急に空が暗くなり、ピカリと光った。そして─
「ギャー、空から家が落ちてくるー」
「やっべー、竜巻ー」
「ひえー逃げろー」
「落ち着けーい」
年寄りの魔女が一喝する。
「皆、集中せいっ。あれは異界より紛れ込みし家。送り返してやらねばならん。集中じゃっ」
魔女たちは、パッパを守るように取り囲むと、一斉に空に向かって手を上げる。
バッチバチバチー 竜巻と共に落ちてきた家を、魔女たちが跳ね返した。
「元の世界にお戻りー」
「みなさん、ありがとうー」
空に戻って行く家の窓から、小さな犬を抱えた女の子が手を振る。魔女たちは、家が見えなくなるまで、魔力を送り続けた。
「私、あれがいい。家で飛びたい」
「えっ、着地するとき誰か下敷きにならないかな」
たった今、踏みつぶされそうになった魔女たちである。
「あ、そっかー。でも家で飛べるんなら、楽ちんだよなーと思って」
飛ぶのはホウキで。なぜかそういう固定観念があった魔女たち。家でも飛べると分かり、色めきたつ。
「じゃ、じゃあ荷馬車で飛ぶってのは?」
「重すぎて魔力がめっちゃいるよね」
「私、ベッドがいい」
「眠ってしまったら墜落するんじゃないかな」
「じゃあ、絨毯にくるまりながら」
「あ、それいいかもー」
目を丸くして聞いていたパッパはニコニコする。
「色々やってみましょう。飛べる家もできるかもしれませんし」
パッパと部下たちは生き生きと開発に情熱を注ぐ。魔女たちは、あーだこーだ、好きなことを言う。
空飛ぶ家はできた。魔力の伝わりやすいエニシダで作った小さな家。這って入って、座ったまま飛ぶ仕様だ。家というより、犬小屋の方が近い。
「おお、いける。いけるよ。寒くないよ。意外と前も見えるよ」
タチアナが真っ先に試した。
「私、これにするわー」
ドーン バリーン 着地と共に家が大破した。
「ギャー」
「離陸と着地が一番魔力使うからなー。気をつけんとこうなるか」
ヒーン、タチアナは泣いた。尻も痛いが、苦労して作ってくれたパッパに顔向けできない。
「気にしないでください。新製品を作るときは、何百もの試作品を作るんですから。タチアナさんのお尻の方が心配です。大丈夫ですか?」
「う、パッパ。ありがとう。大丈夫、誰かに治癒魔法かけてもらうから」
「おう、ワシがかけてやろう。その代わり、飛ぶ実験はお前に任せるわい」
魔女たちは、ニヤッと笑う。
タチアナの捨て身の特攻と、パッパたちの努力で、色んな楽しい飛び道具が開発された。
「飛ぶ毛布、モモンガー」
わあー、パチパチパチ。モモンガ風着ぐるみに、若い魔女たちが熱狂した。
「かわいいー」
「着地したあと、着たまま歩けるってのが最高」
「てことは、中は下着のままでいいってことじゃん」
「自堕落ー」
「破廉恥ー」
やんややんやの大騒ぎ。
「飛ぶ台車。ちょっとしたお買い物に最適〜」
これは年配の魔女に大人気。
「いいわあー。荷物乗せて、ひょーいって帰れるじゃない」
「街歩くときは押せばいいわけでしょう」
「寒いけどね」
「それはもう、厚着するしかないわよ」
「飛ぶ台車に覆いを被せれば、寒さがましになります」
パッパが幌をかぶせた。
「バサバサするので、少し飛びにくいそうですが」
「練習するわ」
魔女たちはノリノリだ。
他にも、病人、怪我人を運ぶのに便利な、飛ぶベッド。気軽に使える、座面をつけたホウキなど。様々なものが開発された。
こうして、魔女たちの飛行事情は、大幅に改善されたのであった。不思議なものが空を飛ぶロンザル。ローテンハウプト王国の新たな観光名所となる日も近いのではないか。




