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249.魔女の願い


「よしよし、いい子じゃ。忘れろ忘れろ」


 そんな言葉が聞こえた気がした。


「忘れられるものか」


 そう答えた気がした。



***



 森の奥の小さな村で、魔女はひっそりと暮らしていた。薬草を育て、薬にし、たまに街に行って金に変える。その金で小麦や布などを買う。


 慎ましく、ささやかに、森とともに暮らしていた。魔力は豊富だったが、それで悪さをしようなど、考えたこともなかった。


 街の人たちとの関係は良好だった。このまま、魔女や魔人と森で穏やかに生きていく。それで十分だったのに。


「最近、大きな街では魔女狩りが始まっているらしい」


 あるとき、街から戻ってきた父が不安そうに言った。


「どうして? なぜ?」

「私たちを食べるの?」


 母とふたりで父に問いかける。


 魔女だって狩りをする。ウサギやリス、鹿。もちろん食べるためだ。毛皮は着たり、売ったりもできる。狩りをするのは生きるためだ。


「違う。情報を引き出して」


 父は黙ってしまう。そうか、ただ、意味もなく殺されるのか。


「ばあさまと話をしてくる」


 父は厳しい表情でばあさまのところに向かった。しばらくして戻ってきた父は、すぐに荷造りを始めるように言う。


「明日、全員で村を出る。森を抜け、山を越え、人がいない場所へ行く。さあ、自分で運べる分だけを選びなさい」


 荷馬車は村に二台しかない。全員の荷物を乗せるのは無理だ。小さな子どもを荷馬車に乗せ、大きな子どもと大人は歩かなければならない。


 食糧、畑仕事や狩りの道具、薬草、魔法書、日用品などがどんどん荷馬車に積み込まれていく。


 夜、落ち着かない気分でベッドに入っていると、ゾワリとイヤな感じがした。パッと飛び起きると、両親も起き上がっている。


 無言で着替えると、急いで荷物を持つ。外に出ると、他の家からも続々と出てくる。小さな子を荷馬車に乗せ、無言で歩き出す。


 だが、遅かったのだ。犬が追ってきた。駆けて、駆けて、駆けて。森の奥の洞窟まで辿り着いた。ばあさまは荷馬車から飛び降り、荷馬車を馬ごと洞窟の中に入れる。


 大人は犬と戦い、ばあさまは洞窟に隠蔽魔法をかける。


「お前も中へ入れ」


 そう言われても、黙って首を振る。ばあさまだけの力では足りない。魔力を練り、ばあさまの隠蔽魔法に幾重にも重ね合わせる。持てる全ての魔力を注いだあと、意識を失った。



***



 バシャッ 冷たい水をかけられ、目を覚ました。いつの間にか、大きな木の台の上に乗せられている。


「立て」


 男に腹を蹴られ、ヨロヨロと立ち上がった。口の中がカラカラだ。


 周りを見回すと、ばあさまや両親、他の大人たちが首に縄をつけられ、立っている。


 少し先には街の人々。興奮したり、眉をひそめたり。表情は様々だ。


「魔女の処刑だ」


 男が叫び、足元の台がなくなった。ガクッと落ちたあと、首が一気に締まる。そのとき、ばあさまの魔力と記憶が注ぎ込まれた。少し首が楽になる。


 ばあさまの魔力を、男にぶつけようとするが、うまくいかない。次々と大人たちの魔力が流れ込み、クラクラする。集中できない。


「火をつけろ」


 服に火をつけられた。熱い、痛い、イヤだ、やめて。


 そのとき、頭の中に、小さな赤ん坊の姿が浮かぶ。赤ん坊を抱く女。優しそうな男。


『生きて。私たちの分も生きて』


 父と母の幸せな記憶と、慣れ親しんだ魔力が流れ込む。皆の魔力と、突如降り注いだ豪雨に守られ、生き延びた。半焼けの魔女は、こっそり駆けつけた四人の魔女に、墓穴の中から救い出された。



***



「忘れられるものか」


 もう一度、そう言った気がした。忘れてはいけない。皆からもらった魔力と記憶。


『もういいんだ。私たちの分も幸せに生きて。もう一度』


 父と母の言葉が聞こえた気がする。幸せ、幸せとはなんだろう。ぼんやり考える。


 魔女の森を作り上げ、完璧に隠蔽したとき、ホッとした。


 人の王国を潰したとき、胸がスッとした。


 生き残りの魔人と魔女から、新たな世代が産まれたとき、涙が出た。


 赤子を抱いた母の姿を思い出す。その母を見る父の目を。


 これほど愛しい存在はない、その気持ち。この子に幸せになってほしい、切なる願い。


 これほど愛されていたのだ。


「子どもがほしい。心から愛する相手の子がほしい」


 強くて、生きる力に満ち溢れた、そんな─。



***



 ヴェルニュスの城壁の外。少し歩くと小麦畑が広がっている。ミュリエルと領民は、モモキンが掘り当てた、畑の隣の水脈の場所に立つ。皆で話し合い、畑の周りに水路を作ることにしたのだ。


 モモキンが、拳ツバを外し、ズンズンと土を掘っては進み、掘っては進み。あり得ない速さで水路ができる。


「モモキンあにぃ、すごいっす」

「ずっとヴェルニュスに住んでほしいっす」

「お前、そんなこと言ったら、ロバート様にぶっ飛ばされるぞ」


 ロバートの鉄拳の怖さをよく知っている、ゴンザーラ領出身の男たち。即座に口をつぐむ。


「いやー、でもほんとすごいね。ゴンザーラ領とヴェルニュス、半々で住んでよ」

「そうしたいですけど。ロバート様がなんと言うか」

「父さんと話し合ってみるね」


 ミュリエルは朗らかに笑った。


 ゴボゴボブシャーッ モモキンの足元から水が噴き出す。


「ああああーー」


 モモキンが叫んだとき、噴き上がる水がグニャリと曲がる。水はまっすぐミュリエルの胸を直撃し。


「ルーカス」


 水はミュリエルの腕からルーカスを奪い取り、スルンと穴に消えた。


「ルーカス」


 ミュリエルは瞬時に穴に飛び込んだ。



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― 新着の感想 ―
[良い点] えーーーー てっきりモモキンとくっつくのかーと思ったら ルーカスを逆光源氏とか(゜o゜; ふぇーー
[一言] 急展開! 重い恨みだな〜
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