25.直接対決
「このブス」
「はあ」
レイチェルが顔を歪めて吐き捨てる。かわいい顔が台無しじゃないか、ミュリエルは心配になった。
「よくもアルフレッド殿下を騙したわね」
「そうね」
そう言われても仕方ないよねー、ミュリエルは頷いた。
「さっさと身を引きなさいよ。ただの田舎の男爵令嬢が、アルフレッド殿下と婚約できると思っているの?」
「まあね」
私が一番そう思ってるよー、ミュリエルは遠い目をする。
「アルフレッド殿下はわたくしの運命の相手なのよ。八年間ずっと再会できるのを待っていたのよ。邪魔するな外道の分際で」
「わー」
「わたくしとアルフレッド殿下はもう既に契りを結んでおります。お前の入る隙間などない」
「ええー」
「八年前にまぐわっております。めくるめく愛のひとときでしたわ」
「まぐわうってなんだっけ……」
「……ミリーは知らなくていいし、やってないから。一方的に襲われかけただけだから」
「ふーん」
アルフレッドがミュリエルを抱き寄せる。
「アルフレッド殿下、わたくしです。レイチェルです。やっとお目にかかれました」
「黙れ」
アルフレッドは虫ケラを見るような目をチラリとむけ、すぐにミュリエルの髪に顔を埋める。目が汚れてしまった。
「アル、さあ、その女は魔女です。わたくしが成敗いたしましょう」
「お前にアル呼びを許した覚えはない」
アルフレッドは顔も上げずに冷たく切って捨てる。ミリーは相変わらず太陽の匂いだ。胸いっぱいに吸い込む。毒虫の禍々しさが、少し薄れた気がする。
「結婚式には赤いドレスを着る予定ですわ。わたくしの瞳の色です」
「興味ない」
「アルは黒がいいと思うのです。わたくしの髪の色ですわ」
「次にアルと呼んだら舌を切る」
「いや、待って。ダメだから」
ミュリエルはアルフレッドの背中を叩く。
「ラグザル王家に伝わる指輪を持ってきました。さあ、指輪を交わしましょう」
「バカめ」
「どうして、どうしてですの? ちっとも話が通じませんわ」
「いや、お前がな」
「やはりその魔女のせいなのですね。それのせいでアルフレッド殿下は変わってしまわれた」
「まあ、それはその通りだ」
「わたくしの愛したアルフレッド殿下はどこに」
「姿絵でも買って見ておれ」
「わたくしに愛をささやいてくださったアルフレッド殿下はいずこへ」
「棺桶の中なら会えるんじゃないか」
「アル、言い過ぎだよー」
「何を言ったところで都合よく解釈するんだからどうでもいい」
アルフレッドはミュリエルの瞳を覗き込む。醜いものは見たくない。
「お前がアルと呼ぶな、汚らわしい。卑しい底辺の貴族崩れが」
レイチェルが獣のように吠える。ミュリエルは目を丸くする。
「よくそんなに悪口が次々と出てくるね。喉が乾かない? ウサギのスープ持ってきたから食べなよ。これなら王女さまでも噛みきれるよ、柔らかいからね」
ミュリエルはアルフレッドから離れると、スープを差し出す。
「よこしなさい」
ムグムグ
「ふんっ、田舎の料理にしては悪くないわね。もっと食べてやってもいいわ」
「はい、どうぞ」
モグモグモグ
「まもなくラグザル王国から迎えがくる。それまで仲間と仲良くしておれ。ダン、そっちの女のさるぐつわを取って食事を与えてやれ」
「御意」
「ロゼッタ、お前という者は……。この無能、恩知らず」
「死ねや腐れ女が」
アルフレッドとミュリエルは、罵詈雑言が飛び交う地下牢の扉をそっと閉じた。
「よくしゃべる王女さまだね。ビックリしちゃった」
「ミリーの耳が汚れてしまう。ミリーが行くことなかったのに」
アルフレッドは両手でミュリエルの耳を覆った。
「いやー、だって。なんかおもしろそうだし。王女さまに会えるなんてこの先二度とないだろうし。思ってたのとは違ってたけど」
「ミリーの耳を清めるために、僕がこれから一日中愛をささやいてあげる」
アルフレッドは両手を離して、ミュリエルの耳元でささやく。
「ああ、いいからいいから。気にしないで。それより、王女さまを地下牢に入れてていいの?」
ミュリエルは耳がかゆくて、顔をそらした。
「正式な許可証も持ってない、ただの密入国者だ。地下牢で十分だよ。十名の男たちも無事投獄したし、にぎやかでいいだろう」
「そっか。まあ、あれだけうるさいと、屋敷にはあげられないよね。じゃあいっか」
「うん」
さて、何を搾り取ってやろうか。国境沿いの領地をもらって、そこをミリーにあげてもいいな。あの女はクズだが、腐っても王女だから使えるだけ使い倒してやる。ミリーを侮辱した分を、倍にして返してやる。見ておれ。
アルフレッドは穏やかな表情の下で、どう隣国をいたぶろうか思考を巡らせる。