247.桃の子の到来
モモキン、モモメ、モモハ、三人の桃の子がヴェルニュスにやってきた。三人はモモアと再会を喜び合ったあと、ミュリエルたちに挨拶をする。
「初めまして。しばらくお世話になります。モモアを助けてくださって、ありがとうございます」
「モモアを、引き続きこちらでよろしくお願いします」
「私たちはゴンザーラ領にお世話になることになりましたので、ヴェルニュスには住みません」
桃の子三人が丁寧に告げて頭を下げた。
「あ、ええ。はい。そうですか」
初対面の挨拶にしては、ちょっとどうなのと思ったミュリエル。桃の子たちが申し訳なさそうな表情をする。
「失礼なこと言ってすみません。ミリー様に会って最初に、ヴェルニュスには住まないと言うよう、ロバート様から指示されました」
「横取りされると敵わんから、とのことです」
「父さん」
ミュリエルは頭を抱えた。娘をなんと思っているのか。まあ、正しいけど。
ミュリエルとロバート、似た者親娘である。
「こちら、ガラス玉です。ロバート様から預かりました。なんかうまいことやって、桃の子たちの力を抑える道具を作ってやってくれ、とのことです」
「父さん」
娘をこき使うことにかけては定評のあるロバート。そんなところもそっくりな親娘。
「えー、ということは、何か力を持ってて困っている? モモアみたいに?」
三人はコクリと頷いた。モモキンから力を打ち明ける。
「俺は怪力です。ウッカリすると物を壊してしまいます。物ならまだいいけど、人を壊してしまったら。そう思うと、怖くて」
「それは辛いな。それでは好きな人を抱きしめることもできない」
アルフレッドが心底かわいそうにといった顔でモモキンを見た。
「ははあ、なるほど」
ミュリエルは分かったよう分からないような。腕の中のルーカスを見てピンときた。
「ハッ、ということは、子どもを抱っこすることもできないんだ。それは悲しいね」
ミリー様、そこは結婚相手って言ってあげてくださーい。アル様がちょっぴり傷ついてまーす。その場にいた領民が心の中で叫んだ。もちろんミュリエルには聞こえないが。
次はモモメ。
「俺は、遠くも見えるけど、実は物の中を見ることもできます。それが結構辛くて」
「物の中ってどういう意味?」
「例えば、あの家の中にどんな家具があるか、外から見えます」
「へえー、便利だね。かくれんぼで負け知らずだね」
モモメの言葉に、ミュリエルはすっかり感心している。その力、欲しいな。ミュリエルはうらやましくなった。
「ネズミの巣がどこにあるかも分かるってことだ。すごいね」
ミュリエルが感激しているのをよそに、男たちはソワソワし始めた。ひとりの男が思い切って聞いた。
「えーっとそれはあれか? 例えば女性の服の中が見えるってことか?」
キャッ 若い女性たちは胸を隠した。それなりの年の女性たちはお腹を隠す。男たちは内股になった。
「服の中も見えます。でもはらわたまで見えるので、全く嬉しくありません」
「ああー、それはかわいそう」
そこにいた全員が目をつぶった。見たくない。それは本当に見たくない。
最後はモモハだ。
「俺は足が速いんですけど。速く走ると靴がすぐボロボロになって。足の裏はカチカチなんで痛くないんですけど」
モモハが少し照れながら足の裏を見せてくれる。カッチカチで分厚い足の裏。
「ははあ、すごいね。馬の蹄みたいだね」
ミュリエルの足の裏も硬いが、モモハほどではない。ミュリエルは今日は驚いてばかりだ。世の中、すごい人がいるものだ。
「靴は高いもんねえ。あ、でもイリーなら安いから、履き替えればいいんじゃ」
イローナがミュリエルのために開発した安い靴、イリー。徐々に普及し始めている。
「イリーだと耐久性が低いから、もたないと思う。うーん、それよりはそうだなあ」
イローナがううむと考える。
「冒険者用の靴とかをあげるよ。開発中のもので、耐久検査する靴。普通の人が走るのに比べて、モモハがどれぐらい速いか調べさせて。そしたら、普通の人の耐久試験の何回分か分かるでしょう。靴がボロボロになったら、走った距離を教えて」
難しいことをたくさん言われて、モモハはポカーンとした。ミュリエルがポンっとモモハの肩を叩く。
「大丈夫。私もよく分からなかったけど。イローナに任せればいいから」
ということで、モモハの悩みはあっさりと解決しそうだ。あとはモモキンとモモメだ。
職人たちが試行錯誤し、モモメはなんとかなった。ロバートから渡されたガラス玉でメガネを作った。それが効いた。
「はらわたが見えない」
モモメは大喜びして飛び跳ねた。モモメはモモアとふたりでヴェルニュスの色んな場所に行く。
余計な物が見えない、聞こえない。今まで気の休まることのなかったふたり。ヴェルニュスで美しい景色と、静けさを存分に味わう。
モモメは初めて動物をかわいがる気持ちが分かった。
「猫も犬も鳥もニワトリも。なんてかわいいんだ」
モモメは人も動物も、かわいいと思ったことはない。赤くてグネグネしているものだったから。遠くにいれば、はらわたは見えない。遠くにいたら美しい人も、なめらかな毛並みを持つ動物も、近づくと赤い物体になる。
「フワフワだ」
モモメは子どものように笑って猫を撫でる。
「ヴェルニュスに来てよかった」
モモメは心から言った。




