246.嫌われ者
「まあ、図々しいこと。涼しい顔をして学園に来るなんて」
「処刑か修道院が当然の立場と分かっているのかしら」
「王家と王国を揺るがした魔女め」
「ルイーゼ様の視界に入るのではなくってよ」
当時はそうやってヒソヒソとなじられたものだ。少し怯えた顔で、そしてやや悔しそうな表情を見せるのが務め。
そう、だって悪女アナレナなんだもの。惨めな姿をさらし、貴族の皆々様の溜飲を下げるための存在。みんなの嫌われ者、アナレナは唇を噛み締めた。
「修道院に行きたかったな」
処刑はイヤだけど、修道院なら大歓迎だ。こんな針のむしろのような王都にいるよりは。
出奔しようか。何度そう思ったか分からない。でも、それはできない。これはアナレナの罰だから。受けなくてはならない。もし、アナレナが逃げ出したら、だまくらかして入り込んだ男爵家に、また迷惑がかかる。
暗く八方塞がりの毎日。ところが、あるときを境にほんのちょっと、風向きが変わった。
「憎らしいのに変わりはないですが」
「まあ、ほんの少し、すこーしだけ、同情の余地がないわけでもないですわ」
「許しはできませんけれど。学園にいるぐらいは、お目こぼししてもいいかもしれないって。そんな風に思ったりなんかしちゃったり」
回りくどいことを言われる。
「哀れな魔女。仕事とはいえ、断ればよかったのに」
「あら、断ったらきっと殺されたのよ。魔女の親玉に」
「でも、ルイーゼ様の視界に入るのではなくってよ」
侮蔑の視線に、わずかばかりの同情が混じるようになった。
魔女の森の存在がバレたらしい。皆は生きているのだろうか。魔女の森はどうなったのだろう。知りたい。知りたい。皆に会いたい。
「ルイーゼ様から伝言です。一週間、ロンザル鉱山に行きなさい。送迎の馬車が来ます。必ず行って、そして戻ってくること。いいですね」
学園で、見知らぬ女性から通りすがりにささやかれた。アナレナは、コクリとうなずく。
***
ロンザル鉱山に向かう馬車の中、アナレナはこれからのことを考える。
「ロンザル鉱山。確か、婚約破棄騒動の慰謝料として、王家からエンダーレ公爵家に渡された鉱山ね。そこで一週間、石でも掘ればいいのかしら」
やれと言われればやるけれど。だったらなぜ、たった一週間なのだろう。一週間では見せしめにもなりはしないだろう。
「落盤事故で死ねということかしら。死んだふりして逃げてもいいのかしら」
よく分からない。アナレナは外の景色を見ながら、ボンヤリする。
生きて、みっともなかろうが、どんな手を使ってでも、生きのびろ。そう魔女の森では教えられた。生きていれば、なんとかなるって。
半焼け半ナマで生き残った原初の魔女。その魔女の言葉らしい。アナレナは原初の魔女には会ったことはない。彼女は、四天王に守られ、ひっそりと奥にいる。
それにしても。そこまでして、生きていいことあるのかしら。あったのかしら、彼女には。アナレナには分からない。
なるようになれ。アナレナは目を閉じた。
「着きました」
声をかけられ、目を覚ます。扉を開け、御者に助けられながら馬車を降りる。
「一週間後に迎えに来ます」御者はそう言って、さっさと出発する。
アナレナは戸惑いながら周りを見る。置いて行かれて、いったいどうすれば。目の前にそびえ立つ、立派な門に近づいてみる。
「ルイーゼ修道院。え、鉱山で働くんじゃないの」
アナレナは門を押してみた。開かない。呼び鈴もない。
「仕方ない」
アナレナは旅行カバンを高く投げ上げると、門の向こう側に落とす。門から離れ、助走をつけ、飛びあがろうとしたとき、門が開いた。アナレナは慌てて止まる。
「アナレナ」
「タチアナ」
アホのタチアナがニヤニヤして立っている。
「どうして?」
「灯台下暗しよ」
「は?」
「婚約破棄やらかし魔女と魔人。ここに集められてるんだって。鉱山で働きながら、罪滅ぼししてるって」
タチアナがアナレナに抱きつく。
「公には言えないけれど、結果的に国がまとまったから。同情の余地はあるって」
アナレナは混乱して、言葉が出ない。
「母さんに会えた。ふたりとも、生きてた」
タチアナの声が震えている。
「魔女の森の生き残りも、ここに集まってる。四天王は、あの地で原初の魔女を弔うって」
タチアナがアナレナの耳元でささやく。
「アナレナのお母さんもいるよ。ふたりとも」
アナレナの体から力が抜ける。涙でボヤけた視界の向こうに、中年の女性がふたり。手を取り合ってこちらに歩いてくる。
「アナレナ」
「お母さん」
生きていてよかった。アナレナは心から思った。
***
ローテンハウプト王国の学園の庭園。花とみまごう美少女がふたり、向かい合ってお茶を飲んでいる。微笑みながらドス黒い会話を交わす令嬢たち。
「これで王家とエンダーレ家の栄華は磐石に。おめでとうございます、ルイーゼ様」
「ホホホ、魔女の心と体をつかみましたわ。離しません。これで、我が家に敵対しようとする者は、二の足を踏むでしょう」
「足がすくんで、棒立ちになるのではないかしら」
「であれば、その足をさらに折るまで」
こ、こえー。ルティアンナの侍女は、たおやかな淑女の会話に背筋が涼しくなった。
迷いましたが、アナレナ視点にしました。
ざまあ対象の心情なんて興味ねーよ、という感じかもしれませんが……。
書きたくなりまして。




