245.原初の魔女
ラクダに乗って、イシパたちと一番近い街にやってきたタチアナ。宿の部屋で、イシパの取り調べを受けることになった。
「魔女の森について知ってることを、洗いざらい話してくれ」
「魔女の森は、原初の魔女と四天王が作ったの。数百年前って聞いてるわ」
タチアナは流れるようにスラスラと説明する。
「原初の魔女は魔女狩りで捕まって、生きたまま焼かれたんだって。でも、突然豪雨が降って、なんとか生きながらえたの。それから、余生を人への復讐に捧げてるの。全力で後ろ向きよ」
あっけらかんと話すタチアナに、デイヴィッドはややタジタジとしている。
「では、原初の魔女と四天王は、その頃から生きている?」
「そう、長生きなの。しぶといのよ」
タチアナは肩をすくめた。タチアナが小さなときから、四天王は枯れ木のようだった。
「他の魔女たちは、人への復讐を進んでやっているのか? それとも仕方なく?」
「最初は進んでやるのよ。だって、産まれたときから、人がいかに残虐か。魔女とバレるとどんな拷問を受けるか、繰り返し言われるのよ。そりゃあ憎くもなるわ」
まあ、ねえ。分からんでもないと、イシパとデイヴィッドはつぶやく。
「でもねえ、外界に行って戻ってきた魔女に教わったり。人の世界で生きてる魔人に話を聞くとね。人との生活の方が楽しそうに思えてくるのよ」
タチアナもその口だ。
「魔女の森は陰気だから。明るい自由な空気に憧れるのよ。だから、若い子は任務に積極的。出ちゃえば、なんとかなるからね。任務遂行中ってうやむやに報告しておけば、連れ戻されないし」
「そう、それ。報告ってどうやるんだ」
イシパが大きな声を出した。部屋の中にイシパの声がワーンと響く。
「大きな街にはたいてい魔人が住んでるの。みんな、マジーンって名乗ってるの。だから、大きな街に行って、マジーンを探してるって言えば、見つかる」
「そいつをつかまえれば、魔女の森の場所が分かる?」
イシパが身を乗り出す。
「それはない。その街のマジーンは、特定の街のマジーンにしか情報を伝えられない。どのマジーンも魔女の森の場所は知らない。どこかには、魔女の森につながるマジーンがいると思うけど、誰かは分からない」
「マジーンからマジーンへ繋がっていくのを、ずっと追いかければ、いずれは辿り着くな」
「でも、つけられてるってバレたら、すぐに逃亡するよ」
「大丈夫、尾行が得意なのがいるから」
鳥だ。幸い、サイフリッド商会の鳥便がたくさんいる。
早速、マジーン探しが始まった。
「マジーンを探してるんですけど」
タチアナは街の情報屋に尋ねた。
「マジーン、確か冒険者にそういう名前のヤツがいたっけなあ。冒険者ギルドに行って聞いてみな」
タチアナはお礼を言い、銀貨を渡して冒険者ギルドに向かう。
受付のお姉さんに、タチアナは同じ問いかけをする。
「マジーン、少々お待ちください。ああ、はい。登録がありますね。ええっと、薬草採取の依頼ですから、そろそろ戻ると思いますよ。ああ、ちょうど今戻りましたね」
パッとしない、どこにでも溶け込めそうな平凡な容姿の男。タチアナと男は視線を交わした。
「タチアナ、任務遂行中」
「了解」
ふたりは小声で交わすと、タチアナはさっさと出て行く。
イシパにきっちり説明され、鳥はきちんと仕事をした。マジーンからマジーンへ。次々と追いかける。ついに、魔女の森まで行き着いた。鳥は魔女の森をよく覚えると、イシパの気配を探す。帰りは一直線だ。
***
イヤがるタチアナを引き連れ、イシパとデイヴィッドたちは魔女の森にやってきた。
「すごいな。ここまで近づいても、魔女の気配を感じない。隠蔽魔法か」
「ああ、せっかく出たのに、また戻って来ちゃった」
タチアナが恨めしそうにイシパを見る。
「お前の母親探すなら、四天王に聞く方が早いだろう」
「答えてくれるかな」
「答えさせるんだ」
イシパは力強く言い切る。
「じゃあ、行こうか」
イシパは森に足を踏み入れる。
バチッ イシパは跳ね飛ばされた。
「結界か。執念を感じるな」
ぐぬぬ。イシパはうなった。
***
空の娘の到来に、魔女の森は混乱に陥った。
四天王は原初の魔女の周りを取り囲む。
「もはやこれまでかと」
「人を国を、たくさん滅ぼしました」
「殺された魔女と同じくらいの血が流れました」
「もう終わりにしましょう。魔女たちを解放しましょう」
ローブに包まれた原初の魔女は、ピクリとも動かない。四天王が原初の魔女の肩に手を置いた。
ボロボロボロ 原初の魔女の服や体が崩れて、黒いチリが舞う。
魔女の森の結界が壊れ、森に温かい光が差し込む。黒いチリは空高く舞い上がった。グルグル渦を巻くと、一直線にローテンハウプ王国の王都に向かう。
「マダタリヌ」
四天王はシワシワの手を伸ばした。
「いかん。我らでは止められない」
四天王の絶望の声が響く。
ドシャー 滝のような雨があたり一面降り注ぎ、黒いチリを洗い流す。
「哀れな魔女。もう土に還って、大地の神に癒されよ」
空の巨人が雲の上から声をかけた。
「父さーん」
あっさり解決されて肩透かしのイシパが、空に向かって叫んだ。
あのとき、半焼けの魔女を助けた空の巨人。今度こそ、怨讐を浄化させた。
魔女の森に一陣の風が吹いた。淀んだ空気が消え去った。




