244.タチアナ
「アナレナもカトレアもサマンサも。のらりくらりになってしまった。四天王最強は私ね。ホホホホ」
魔女の森の薄暗い城のひと部屋。タチアナの高笑いが響き、すぐ途切れた。
「みんな、幸せになったってことなのかしら」
タチアナはロウソクに火を灯す。
「この城もすっかり静かになったわ」
ほんの数年前は、もう少し騒がしかったように思う。ひとり去り、ふたり去り。いつの間にか、年頃の女性はタチアナだけ。
「恒例の魔女と魔人のお見合いも今年はないみたいだし。みんな、どこに行ってしまったの」
婚約破棄をしかけにいくのは十代の魔女たちだ。二十代になって、お役御免になった魔女は、魔人とお見合いをする。魔女の森は、女性だけだ。魔人は外界で暮らしている。
次代を作るため、魔人が魔女の森に招かれる。そうして、魔女と魔人で、次世代を支える子どもを作る。
子どもが産まれると、数組の魔女と魔人は家族として各国に散る。小さな赤子を連れた家族。まさか魔女の間諜とは疑われない。
「故郷が魔物に襲われて。逃げてきたのです」
そう言えば、どこでも気の毒がって親切にされる。哀れな子連れの家族。だけど、実は本当の親子ではない。
同時期に仕込まれ、同じころに生まれる赤子。男女の赤子は取り替えられる。男の子を産んだ母は魔女の森に残る。女の子を産んだ母は、女児を魔女の森に残し、男児を連れて外界に出る。
簡単で効果的で残酷。実の子どもを人質に取られ、母ふたりは魔女の森を裏切れない。
「本当のお母さんと育ててくれたお母さん。ふたりはまだ私を大事に思っているかしら」
タチアナの育ての親は、数年前にいなくなった。タチアナのことは心からかわいがってくれた。でも彼女はいつも、実の息子の肌着を大事にしまっていた。
任務でいなくなったのか。息子を探しに行ったのか。タチアナには分からない。タチアナにとっては、育ての母が全てだ。今さら産みの母にあっても、微妙な気持ちがすると思う。
「会ってみたいとは思うけど」
ロウソクの火が揺れる。
「お母さんたち、探しに行こうかな」
タチアナは本物の四天王に会いに行くことにした。任務につきたいときは、四天王にお伺いを立てる。熱く、勢いよく、意気込みを語ることが任務を勝ち取る秘訣らしい。サマンサが言っていた。
バーン タチアナは四天王の部屋の扉を開ける。
「四天王に俺はなる」
「誰のマネや」
円卓に座った魔女ばあさんが呆れたようにつぶやく。
「四天王になるってばよ」
「やめい、怒られるわ」
別の魔女ばあさんが焦った声で止める。やりすぎたらしい。でも、こういうのは三回やるもんでしょう。口を開こうとしたタチアナは、ドス黒い空気を感じて、やめた。
「アッテルマン帝国に行き、セファ王女を籠絡します。まずは、お友達から作戦です」
「続けろ」
タチアナは淡々と計画を述べる。
「奇岩石の民の根城近くで、行き倒れます。民に助けてもらい、恩返しに精一杯働きます。ひょんなことから、地下水脈を見つけた少女。水を引き、植物を育てる乙女は、さながら森の娘と見まごうよう」
タチアナの声は徐々に熱を帯びてきた。
「少女の名声は帝都まで届き、似通った生い立ちをもつセファ王女は興味を覚える。あるとき、奇岩石の地を訪れたセファ王女はタチアナを見つけ……。みたいな感じです」
「いや、そっからが肝心やがな」
「あとは、出たとこ勝負です」
タチアナはキリッと答えた。
「まあええ。いまいちヤル気の見えんかったタチアナが」
「ついに任務を望んだか」
「行ってこい」
「行って、力を見せてこい」
「はいっ」
タチアナは凛とした表情で、口をギュッと引き締める。
***
「いやー、やってきました。アッテルマン帝国に」
目隠して荷馬車で運ばれ、そのまま船に乗せられ、よく分からないうちに着いた。意気揚々と歩き出したタチアナ。砂漠に足を取られ、灼熱の太陽にやられ、いくらも進まぬうちに倒れた。
「まずい、こんな何にもない砂漠で倒れたら、誰にも見つけられずに死ぬ」
タチアナは最後の力を振り絞って、「水ー」と叫んだ。
タチアナは、水脈を探すのが得意だ。呼べば水が答えてくれる。タチアナは耳を澄ました。何も聞こえない。タチアナは絶望しながら、意識を手放し─。
パシャパシャパシャ ぬるい水がタチアナの頭にかかる。
「水っ」
タチアナは頭を起こした。目の前には人間離れした美貌の男と、たくましい女。
「げえっ、デイヴィッドとイシパ。すぐ別れるって賭けた人たちを吠えさせる、無敵の夫婦」
「お前、ちょっと失礼だな」
イシパがタチアナの頭をはたいた。タチアナは頭がくらくらして、また砂に埋もれる。
「お前、魔女だろう。まさか、デイヴィッドに手を出そうとか思ってんじゃ」
「思ってません! 空の娘と張り合うほど身の程知らずではありません」
タチアナは砂から顔を上げて叫ぶ。
「それならいい。何を狙ってるか話せば、水をあげよう」
タチアナはさっさとゲロった。セファを籠絡し、帝国の権力と財力で母ふたりを探してもらおうという目論見を。
「健気なんだか、図々しいんだか分からんな」
イシパはため息を吐きながら、水の入った革袋をタチアナに渡す。
「ついてる。サイフリッド商会の次男坊と空の娘。金も腕力もあわせ持つ最強夫婦。助けてください、お願いします」
タチアナはズサアッと砂の上で這いつくばる。
「母さんに会いたいっ」
「うーーーん」
イシパとデイヴィッドは顔を見合わせる。
「そのウカツな口で、魔女の森の場所を吐けば、助けてやってもいい」
「それは分からないんですよねえ」
タチアナはしょんぼりした。
「原初の魔女の結界がありますから。例え空の娘でも難しいんじゃないかと」
「うーーーん」
イシパはうなる。
「どうしたもんかな、この子」
イシパが持て余す女、タチアナ。天然か、はたまた計算か。




