243.王子様と魔女
ラウル殿下ご一行は、全く手のかからない賓客だった。偉ぶらない上に、気さくに接してくれる。
「料理を手分けして作ってくれたそうだな。ありがとう」
ラウルはそう言って、料理を持ち寄ったおばさま方をニコニコ見る。
「我らだけでは食べきれない。一緒に食べようではないか」
異例すぎると思うが、急遽、立食形式の晩餐会となった。ラウルに挨拶に来ていた領主は目を白黒させて、戸惑っている。
おばさま方は、壁側にピッタリと張り付き、信じられない幸運を無駄にしないよう、ラウルの一挙手一投足に熱い視線を送る。
「わ、わたしが作った肉入りパイを召し上がったー」
「ええっ、毒味ほとんどしてないじゃないの」
「うちの煮込みシチュー、おいしいって」
「イワシの酢漬けを殿下のご友人がパクパク食べてる」
「殿下があんな庶民のケーキをほうばってらっしゃる」
「尊い」
おばさま方はこっそり祈りを捧げている。
サマンサは料理を運び、汚れた皿を回収しながら、ラウルの様子をとっくりと観察する。
姿絵で見た感じだともっと線の細い、愛を知らない寂しそうな王子だったのに。サマンサは首を傾げる。おいしそうにケーキを食べているラウルは、随分と頑丈そうだし、陰がない。
うむむ。サマンサはうなる。婚約者がいない上に、満たされた感じの王子。
「あれは落とせんなあ」
やっぱり闇がないとね。落とせないのよ。王族としての重責、帝王教育の果てしなさ、家族愛とは無縁の王宮、おべっかばかり使う周囲。そんな孤高の王子の前にふと現れた、天真爛漫なサマンサというのが常道なのだけど。
「無いわ、無理無理」
天真爛漫なサマンサを装ったところで、ラウルの方がよっぽど天然っぽいもん。天然と天然の掛け合わせ、喜劇だ。いや、笑えないから悲劇かもしれない。
サマンサは中途半端に残った料理をひとつの皿にまとめ、空いた皿を片付ける。こぼれた料理や誰かの食べ残しは、ニワトリに与える。
サマンサのニワトリは、ラウルのコラーと仲良く食べ残しをつついている。
「コカトリスってニワトリとヘビ、両方の頭で食べるのね。知らなかった」
まさかラウルが、コカトリスを従魔にしているとは思わなかった。つけいる隙がなさすぎて、いっそ笑えてくるサマンサであった。下手こくと、石にされる。
領主やおばさま方が出て行き、静かになった屋敷。サマンサは洗ったお皿をゴシゴシ拭いている。明日の朝、おばさま方に返さなくては。
ふと、サマンサは耳をそばだてた。かまどの煙突から声が聞こえる。サマンサはそろりと煙突に近づいた。
「……かった。盛大なもてなしを感謝する」
「もったいないお言葉でございます」
「そなたの孫娘、よく働くな。感心した」
サマンサは息を止めて全身を耳にする勢いで聞く。ラウルの心に爪痕を残せたー。
「あれは厳密には、実の孫娘ではありません」
ひうっ サマンサは息が止まる。
「幼いときに誘拐された孫娘ということにして、我が家に入り込んだ魔女です。魔女に優しくという通達が来ましたので、受け入れました。そしたら恐ろしくよく働く、いい子なのですよ。今では自慢の孫娘と思っております」
ゲハッ サマンサはあやうく夕飯を全部戻すところであった。
「ああ、そうか、色んなところに入りこんで、婚約破棄をしかけ、国を揺るがすという。あれがその魔女か」
サマンサはかまどに頭をつっこむ。正念場だ。逃げるか、死ぬか、相打ちか。一言一句、聞き漏らすまい。
「もしかすると、殿下を狙っておるやもしれません」
「そうか。余にはまだ婚約者はおらん。破棄のしようがないな」
「左様でございますな。気の利くよい娘です。いずれ殿下の部下にいかがでしょう」
「うむ。明日一緒に狩りに行って、人となりを見てみよう」
サマンサはかまどから頭を抜いた。
ポタッ 床に黒いしずくが落ちた。サマンサは慌てて布巾で目を拭った。布巾は真っ黒になった。
「クッ、煙突掃除、忘れてたわ」
ラウルが旅立ったら、煙突掃除ね。サマンサは真っ黒な顔で不敵に笑った。
「フハハハハ、役に立つところを見せつけてやるわー」
サマンサは、ラウルの部下になって高給取りになることに決めた。
「そのときは、じいさんも一緒に王都に連れて行くわー。長生きさせなきゃ」
サマンサに、大事な人ができた。
***
翌朝、サマンサはおばさま方にお皿を返し、お弁当を受け取った。
「ありがとうございます。獲物を狩ってきます。今日は庭で焼き肉にしましょう」
サマンサはお皿を返しては、色んなものをもらいながら、おばさま方を夕飯に誘う。
耕したまま、まだ何も植えていない場所でやればいいや。サマンサは割り切った。また牛を借りて耕せばいいのだし。
サマンサはカゴに昼食を入れると、緑と茶色の服を着る。顔や首には土をつけ、匂いを消す。
「さあ、狩りに行きましょう」
とても乙女とは思えない格好のサマンサ。ラウルは大らかに受け止める。
「すごいな。魔女はそうやって狩るのか」
「はい。私は魅了で獲物を仕留めます。獲物と目が合うギリギリまで近づかなければなりません」
「すげー。本気だこの人」
ハリソンは感心する。ゴンザーラ領にも、ここまで森に溶け込もうとする猟師はいない。
「はっ。ハリソン殿は、遠くから石で仕留めるのでしょう。気配を消せば十分だと思います。私は石は投げられませんので」
「教えてあげるよ」
「ありがたき幸せ」
サマンサは既に、ハリソンがラウルの寵愛を受けていることを知っている。ハリソンと張り合うだけ無駄だ。サマンサの狙いはコカトリスだ。ニワトリとヘビには負けられない。
サマンサはメラメラと燃える。かわいげでは負けても、狩りの腕では負けないわよー。
「くそー、コラー。私の獲物をよくもー」
「コケーッ」
サマンサはコラーの後塵を拝しまくっている。サマンサが匍匐前進で獲物ににじりより、目を合わせようとすると、コラーがサッとやってくる。
「器用に足だけ石にしやがってー。ずるいー」
「コケーッ」
「コラー、サマンサで遊ぶのではない」
「コケーッ」
サマンサはいいところはちっとも見せられなかった。
「そなた、おもしろいな。いずれ、余の部下となるがよい」
「やったー」
サマンサは、おもしれー女枠で受かった。
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