242.賓客
サマンサの占いは大繁盛している。サマンサはウハウハだし、店主はウキウキだ。毎日、ふたりで売上を数えて山分けするのだが、笑いが止まらない。
「君、やるなあ」
「ここのケーキがおいしいからこその結果ですよ」
占いはカフェの一番奥の席で行う。ついたてを置いて、他の客から見えないようになっている。占いをする客には、必ずお茶とケーキなどを注文してもらう。そしてサマンサの占い料は、銀貨二枚。
若い女性はひとりではカフェに来ない。たいてい友だちとふたりだ。ふたり一緒に占い席に来て、ひとりが占ってる間、もうひとりは手持ちぶさたにケーキを食べる。
占いが終わると待っていた方も占いをしたがる。占い中と待ってる間で、お茶とケーキを二回注文することが多い。ケーキは絶妙な小ささだ。ふたつ食べても、ちょっと食べすぎたぐらいでいける。
「客単価が二倍になった」
ひっひっひ 店主とサマンサはホクホクと笑う。
もちろん、サマンサは占いもちゃんとやっている。いつも全力で傾聴する。相手の言葉をしっかり聞き、相手をよく見れば、おのずと答えは現れる。そう教えられた。使うものは色々だ。水晶、カード、手相、棒の束、夢、カップに残ったお茶の葉。
人の悩みは大きく四種類という。金、健康、将来、人間関係。カフェで占いをする若い女性の悩みの大半は人間関係だ。つまりは男だ。
「あの人は私のことをどう思ってるのかしら」
「今の恋人と結婚できるかしら」
「彼が浮気してるかも」
「ひとりに決められない」
そんな感じだ。大変平和だ。魔女の森にいた頃とは大違い。
「あの国の王子がアホらしいぞ」
「あそこの王女が浮気中だ」
「あの公爵家がお家騒動で揺れてるらしい。乗っ取るか」
「増税増税で民の不満がくすぶってる。革命を起こすか」
魔女の森での会話といえば、どこの国に誰がどうやって混乱をもたらすか。会話の大半が、陰謀、策略、権謀術数。実に不穏だった。
かわいい女の子がキャッキャウフフしてる姿はいい。サマンサはおっさんのような気持ちで優しく彼女たちを見つめる。
占いの道具と、ちょっとした会話術、そしてわずかな未来視でサマンサは的確に助言をする。女の子たちには感謝され、店主はいい人。売れ残りのパンやケーキまでもらって帰れる。
「最高か」
サマンサの毎日はとても充実している。晩御飯にスープとパン、デザートに売れ残りのケーキ、飲み物はヤギの乳だ。贅沢な食事を楽しんでいると、じいさんがとんでもないことを言い出した。
「ラウル第一王子殿下がまもなく我が家にいらっしゃる。しばらくこちらで滞在されるらしい」
「おじいさま、しゃべれたんかい。いや、違う。なんだってーーーー」
サマンサはガバッと立ち上がり、叫んだ。これが叫ばずにいられるかい。
「なんで? なんでうち? めっちゃ汚い。ごはんも質素。召使いもいない。庭は全部畑にしたばかり。なぜーーー」
「本来なら領主の屋敷に滞在していただくべきだが。ラウル殿下はなるべく市井の様子を見たいと。野心のない、身分の低い貴族がいいだろうとのことで、ここに」
「キイェェェェェーーー」
サマンサは奇声を発した。
「掃除が間に合わない。はっ、料理はどうすんの。てかお金ねーし」
「支度金を領主からいただいた。うまく使いなさい。そして、過度なもてなしは不要だそうだ。おつきの者が獣を狩ってきて、庭で焼くそうだ」
混乱に陥っていたサマンサは、金貨の入った袋を見て落ち着きを取り戻した。
「はっ、ラウル殿下って、婚約者まだいらっしゃらないわよね?」
「まだだと聞いている。なんだ、狙っておるのか?」
「詰んだ」
サマンサは椅子に崩れ落ちた。サマンサは婚約者のいる男を落とす鍛錬を積んできた。婚約者のいない男と、一から愛を築く訓練は受けていない。
高位貴族のご令嬢。お淑やかで品があり育ちが良い。そんな生粋のご令嬢と比較されることで、サマンサが輝く仕組みだ。人間味があって、よく笑い、上品ではないけど生き生きとした男爵令嬢。
比較対象のないただのサマンサで、ラウルをトリコにできるか。いや、無理だろう。サマンサは冷静に分析する。
「召使いに徹します」
サマンサは今回は仕掛けないことに決めた。よく働く子がいたなあ、ぐらい。薄ーく軽ーく、ラウルの記憶の片隅に残ることを目指す。いずれ、王都の学園で出会うそのときのため、もしや君はあのときのー、を仕込むのだ。
「そうと決まれば、急がないと。掃除はひとりでは間に合わないわ。近所のおばさま達に助けてもらいます。料理も、近隣の料理人を、総動員して準備しましょう。ああ、忙しい忙しい」
サマンサはグビーっとヤギの乳を飲み干し、じいさんにも飲ませる。
「さっ、私は掃除と料理の計画を立てますから。おじいさまはさっさと寝てください」
サマンサはじいさんを寝室に追い立てた。家事のできないじいさんは、邪魔でしかない。
「過度なおもてなしは不要ってね。普通のおもてなしも危ういわよ。なんとかしないと」
掃除と洗濯は必須だ。シーツとカーテンの丸洗い。窓ガラスを磨いて、向こう側が見えるようにしないと。銀食器はあるのだろうか。あったとしても、間違いなく長年放置でくすんでいるだろう。
浮き彫りや透かし彫りが施された家具や階段。あそこのホコリは見なかったことにしてきた。げんなりすること請け合いの作業が待っている。
「ご近所の皆さん、助けてくれるといいけど」
翌日、ご近所巡りをしたところ、皆ノリノリだった。
「ええー殿下がそちらに。はわー」
「もちろんお手伝いしますとも」
「掃除も料理も、なんとかするわ」
「銀食器も貸してあげる」
「皆でおもてなししましょうね」
「あのー、その代わりと言ってはあれだけど」
「はい、殿下がお庭で焼き肉をされる際は、ご招待します」
「やったー」
「殿下ー」
「王族ー」
「剣聖〜」
おばさま方は大興奮。お金持ちの人は召使いと共に、そうでない人は掃除道具を持って、ボロ屋敷に集合した。
見て見ぬふりをしていたあらゆる場所が清められ、整えられた。ボロ屋敷は、それなりの屋敷になった。
「楽しみだわ〜」
おばさま方が手ぐすね引いて待っている。ラウルは今いずこ。




