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24.来ちゃった


 アルフレッドが高級そうな手紙を読んで、顔をしかめる。


「兄上から至急の連絡が入った。どうもラグザル王国の王女がここに向かっているらしい」


「ええー、隣国の王女が来る!? ここに? どうして??」

「うーん、僕がミリーと婚約するのを邪魔しに来るみたい」

「え?」


 ミュリエルは意味が分からなくて首をかしげる。


「昔からしつこくてね。僕は好きじゃないって何度も言ってるんだけど、信じてくれないんだ」

「えーっと、よく分からない。私と結婚するより、その王女の方がいいのでは?」


「いやだなミリー。僕は誰とだって結婚できる立場だよ。僕が望みさえすればね」

「はあ」


 アルフレッドがミュリエルの額を指でツンと押した。


「僕はねぇ、ずっと退屈だったんだ。ミリーがヨアヒムを昏倒させたって話を聞いたとき、ゾクゾクしたんだ。何かおもしろいことが始まるぞってね」

「ええっ、意味が分からない」


 ミュリエルは頭を抱えた。


「どこの貴族令嬢が自国の王子を気絶させる? あり得ないよね。頭おかしいじゃないか」

「う、ごめんなさい」


 ミュリエルは少し涙目になる。


「褒めてるから。そういうことで、面倒なことになる前に、手続き済ませてしまおう」

「え?」


「ほら、とりあえずここに署名して。ひとまず書類上は夫婦になってしまおう。そうすればあのうっとうしい王女もすぐ諦めるよ」

「はあ」


 ミュリエルは流されて署名しようとして、慌てて思いとどまる。


「いやいやいや、なんかおかしいでしょ、この流れ」

「ミリーよく考えて。ミリーは婿が必要なんだろう?」

「うん」


 その通りだから、ミュリエルは素直に頷く。


「医学、法律、測量、土木などの知識を持つ健康な男がいいんだよねぇ? 僕以上にこの条件を満たせる男はどこにもいないよ」

「ホントに?」


「退屈しのぎに色々学んだからね。それに、僕の持参金は領地の年間予算の十倍だよ」

「お願いします!」



「よし、素直なのはいいことだ。ここ、さあ、ここに」


 ミュリエルは金に転んだ。コロコロだ。なんだかよく分からないうちに結婚してしまった。


「念の為、同じ書類を五部作っておこう。さあ、ここにも署名を」


 アルフレッドは一部を移動中の王女に送った。『もう結婚した。来ても手遅れだ』という手紙と共に。仮にも一国の王女に、この態度は許されるのだろうか。



 我に返って父に報告したところ、父は遠い目をしたが、持参金の額を聞いてすぐ立ち直った。


「でかした!」


 過去最高に褒められた。



***



「ミリーさまー、ミリーさまにお手紙でーす」


 狩りに出ていた女たちが、ヒラヒラ手紙を振っている。


「ええ、私に? なんで? 誰から?」


 そんなこと、ただの一度も起こったことはない。


「んーっと。旅人っぽい男の人でしたよ」


「もしかして、イローナからかな?」


 ミュリエルは手紙を受け取り、いそいそと開ける。読み進むにつれ、ミュリエルの眉間にシワがより、首がどんどん肩に近づいていく。


「なんだったんだい?」


 アルフレッドが心配そうに聞く。


「んー、なんだろこれは。領地とアルフレッド殿下の不利になりたくなければ、ひとりで城壁外の南にある湖まで来い。誰にも言うな、だって。あ、言っちゃった」


 あわわわわわとミュリエルはオロオロする。


「見せて」


 アルフレッドはさっとミュリエルの手から手紙を取ると、じっくり読む。


「ダン、湖に行って調べてきてくれ」

「ええっ、給仕係にそれは荷が重くない!?」

「……いや、ダンは大丈夫だから」


「ご心配なく、ミリー様。王家の給仕係は仕事柄、気配を消して動くのが得意なのです」


 ダンは大真面目に答える。


「そっかー、そうだよね。晩餐会でお客さんの邪魔になっちゃダメだもんね。気をつけてね」


 ミュリエルは朗らかにダンを見送った。



「なんだろうね、変なの」

「そうだな……」


 ミュリエルはいたってのんびり、アルフレッドはややピリピリして待っていると、気配のないダンが戻ってきた。


 すごい、給仕係ってここまで気配消せるの! 今度コツを教えてもらおう。ミュリエルは感心しきりだ。



「殿下……」

「よい、ここで報告してくれ。どうせ黙っていたところで、ミリーにはすぐバレる」


「馬車が二台。男が十人。女がふたり。女の顔に見覚えがあります。……例の王女かと」


「そうか。動きが早いな……。おおかた、ミリーを排除すれば、僕と結婚できるとでも思っているのだろう」


 ミュリエルは仰天した。


「え、王女さま来ちゃった? わー、アルの手紙間に合わなかったんだね。えーどうしよう。いい肉狩ってこなくちゃ。魔牛はまだ少しあるけど、王女さまは噛みきれないよねぇ」


「お義父さんに相談しよう」

「そうだね」


 ふたりは手をつないで屋敷に入り、ロバートの執務室に行く。


「父さーん、王女さまが来ちゃった」

「ふあっ?」


 ロバートは書類から顔をあげ、ペンを取り落とす。


「ラグザル王国の王女さまだって。私からアルを取り返しに来たみたいだよ。どうしようね」


「……アル、説明してくれ」


 アルフレッドの説明を聞いて、ロバートは頭をガリガリとかきむしる。



「つまりあれか? アルに執着してるラグザル王国の王女が、ミリーとの婚約話をぶち壊すために、わざわざここに来たってことか?」


「おそらく、ミリーの命を狙っているのでしょう」


 アルフレッドが神妙な顔つきで言う。


「ミリーの命を? へー、それは難しいと思うが……」


「あちらはミリーを普通の男爵令嬢だと思っているのではないかと」


「ああ、なるほど……。ほっとくか」


 ロバートはしばらく考え、面倒くさくなった。王弟殿下の次は、隣国の王女。もうロバートの手には負えない。もう何も考えたくない。



「……それも手ではあるか……な。うん。ほっときますか」


 アルフレッドも、それはひょっとすると妙案ではないかと思う。


「え、え? どういうこと?」


「正式に訪問してきたわけではない、得体の知れない旅人を、わざわざ構ってあげる必要はないってことだよ」


「そうなの?」


 ミュリエルは驚きロバートは喜ぶ。

 ロバートは満面の笑みを浮かべた。難しいことを代わりに解決してくれる義息子、最高だ。



「ただ、領民が人質にでもされたら面倒だから、しばらくは城外に出るのは禁止する方がいいのでは」


 アルフレッドは思いついた懸念を述べる。


「うーん、冬支度の真っ只中だからなあ。十人だろう? 二十人以上で狩りにいけばいいんじゃないか。湖には近づかないようにすればいいだろう」


 魔牛に比べたら十人の男ぐらい、どうってことはないだろうとロバートは考えた。


「王女さまもそんなとこで待ってないで、ここに来ればいいのにね。ごはんとか足りるのかなあ。魔獣出たら危ないよねぇ」


 ミュリエルはひとり別世界に住んでいる。のんきか。



「そんなことまでミリーが気にする必要はないよ」


 アルフレッドは王女を全く警戒していないミュリエルに拍子抜けした。



***



 ロゼッタは焦っている。のこのこ罠に飛び込んでくるはずの男爵令嬢が、いっこうにやって来ないのだ。おかげでレイチェルをごまかすのが大変だ。


「ロゼッタ、いつになったら領地に着くのよ。こんなところで野営なんて絶対イヤよ。宿はどこよ」


 (うるせー小娘。黙れ)


 ロゼッタはなんとかレイチェルをなだめると、離れたところで男に確認する。


「ちゃんと手紙は渡したんでしょうね?」


「はい、確かに渡しました」


「仕方がない。次は王子を脅すわ」



***



「アルさま〜、アルさまにお手紙でーす」


 若い女が真っ赤になりながら手紙を持ってくる。


「ありがとう。誰に渡された?」

「なんか暗い感じの男の人。城壁から少し離れた場所でウロウロしてました」


 女は何度もアルフレッドを振り返りながら駆けて行った。


 アルフレッドが手紙を開くと、ミュリエルはすかさずのぞきこむ。


「ひとりで湖に来い。さもなくば王女を殺す。ラグザル王国と戦争になりたくなければ、手紙を受け取り次第来るように。誰にも言うな。……ええええ、マズいよ。どうする、アル?」


 ミュリエルがあわあわする。


「どうもしない」

「え? どうもしないの?」


 アルフレッドは興味なさげに手紙をポケットに押し込む。


「殺したければ勝手に殺せばいい。こちらは知らぬ存ぜぬを押し通せばいいだけだ。旅人が仲間割れしただけだよ」


「ひえっ、冷たい」

「僕はミュリエル以外の女がどうなろうと、どうでもいいからね」

「ふぁー」



***



「クッ、なぜ誰も来ない……。完全に舐められてる……。王女を殺す訳がないと思ってるのね。見てらっしゃい、そっちがその気なら……」


「ロゼッタ、いつまでここにいるのよ。早く宿に向かいなさいよね」


「ちっ」



***



「アルさま〜、女がふたり城門の前で騒いでまーす。アルフレッドおーてーでんかを出せって言ってまーす」


 子どもが必死で走ってきた。


 アルフレッドとミュリエルは急いで城門に向かう。血走った目をした女が、さるぐつわをされた若い女の首に短剣を当てている。



「舐めやがって。お前らはいつもそうだ。静観していたら物事が収まるとでも思ってんのか。ここでこの女を殺してやる」


 若い女は必死で逃げようとするが、年上の女はびくともしない。


 アルフレッドはミュリエルの手をギュッと握ってすぐ離した。



「ローテンハウプト王国のアルフレッド王弟殿下が手をこまねいた結果、ラグザル王国のレイチェル第三王女は見殺しにされる。戦争を起こしてやる。両国とも滅びるまで戦え」


 女が短剣を振りかざして胸に突き立てようとした瞬間、ガラス玉が女の手を打った。短剣がカランと落ちる。続けて放たれたガラス玉が女の眉間を打った。ふたりの女はゆっくりと地面に崩れ落ちる。


「お見事」


 アルフレッドがニコリと笑う。


「よくガラス玉持ってたね」

「僕がミュリエルを愛するきっかけになった品だからね。ずっと大事に持ってたんだよ」

「そっか」


 アルフレッドはミュリエルの腰に手を回して抱き寄せる。


「これでミリーは辺境伯だ」

「なんのこと?」

「王女を救ってお手柄だねってことだ」

「ふーん」



***



 王宮の文官は泣いている。アルフレッド王弟殿下から次々と書類が届くのだ。


 ミュリエル・ゴンザーラに男爵位を与えた。子爵位を与えた。伯爵位を与えた。結婚した、伯爵に婿入りだ。辺境伯位を与えた。結婚の書類を訂正だ、辺境伯に婿入りだ。ラグザル王国と外交交渉するから希望条件を出せ。


 ギャー


 文官は発狂した。


 エルンスト国王は弟の初めての乱心を淡々と受け止めた。




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― 新着の感想 ―
なんと言うかこの凄まじい出オチ感! この物語、ピンチ感を特別快速で跳ね飛ばして行くので大好きです!
[一言] うわあ、王弟殿下好き放題やってんなーw と、楽しく読んでいたのですが…………最後の文官の気持ちになって、こう、ヒュンッと……
[一言] 確かに文官さんはお気の毒…
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