237.物語の力
子どもに物語を話すといいらしい。それを聞いてミュリエルは張り切った。お母さんたちと協力し、子どもたちに話して聞かせる。
母子が絨毯の上に座って、輪になる。ひとりのお母さんが口を開いた。
「ムーアトリア王国で子どもに人気なお話は、ウサギとカメでした」
聞いたことのないミュリエルは、ルーカスを膝の上に乗せて耳を傾ける。
「あっという間に到着地点の手前に着いたウサギは、カメがはるか遠くにいることに気をよくして、道でひと眠りすることにしました」
ミュリエルは不思議そうに首をひねりながら、それでもじっと続きを待つ。
「コツコツと地道に歩いてきたカメは、道の真ん中で寝ているウサギを追い越し、どんどん進んでいきます。ハッと起き上がったウサギは慌てて走りましたが、もうカメがとっくに到着していたのです」
お母さんたちが、「カメさんがんばったねえ。えらかったねえ」と子どもたちに話しかける。
ミュリエルはまっすぐ手を上げた。
「ウサギは道の真ん中で寝たりしないよ。そんなことしたら、すぐキツネに食べられちゃうもん。藪の中とか、巣穴の中で、目を開けたまま寝るの。近くに何かが来たらすぐ起きて逃げるよ」
若いお母さんたちが顔を見合わせる。ひとりがオズオズと言った。
「あのーミリー様。これは、真面目に生きればいいことあるよっていうお話なんです」
「油断すると、失敗するわよっていう教訓でもあります」
「物語です」
「そっかー、細かいこと気にしちゃダメかー」
ミュリエルは朗らかに笑い、お母さんたちもクスクス笑う。
「他にも人気のお話があります。アリとキリギリスです」
別のお母さんが、ゆっくりと話し始めた。
「夏の間、アリは毎日がんばって働いて、巣穴にごはんを運びます。冬の間に食べるものを、今のうちに集めないといけません」
ふんふんとミュリエルは頷きながら聞いている。
「一方、キリギリスは夏の間、歌ったり踊ったり恋をしたり。ちっとも働きません。冬になって、キリギリスは食べるものがなくなってしまいました」
「おなかがすいたよう。困っちゃうねえ」
お母さんたちが子どものお腹を優しく撫でる。
「お腹がすいたキリギリスは、アリに食べ物を分けてと言いました。アリは、夏の間がんばって集めたごはんを、あげるわけにはいきません。私たちもギリギリなんです。と断りました」
お母さんたちは悲しい顔をする。
「キリギリスは、夏の間にもっと働くんだったと後悔しました。そして、お腹をすかせて死んでしまいました」
部屋がしんみりする。ミュリエルがまたしてもスッと手を上げた。
「キリギリスは越冬できないよ。成虫は冬前に死ぬの。卵だけが越冬するの。だから、キリギリスが夏の間にごはん集めても無駄なんだよね」
お母さんたちは困った様子で目をパチパチさせている。
「それに、アリは冬の間は食べないよ。熊と一緒。秋の間にいっぱい食べて、しっかり太って、冬になったらじっとしてるだけ」
「そうなんですね。知りませんでした。でも、あのー、これは真面目に働かないとひどい目にあうぞ、という教訓のお話なんです」
お母さんはためらいがちに説明する。
「あ、そっかー。そっかそっか。またやっちゃったね」
ミュリエルが照れ笑いする。
「でも、こんなに間違ったこと教えると、大きくなってから子どもたちが困らないかな? ウサギが道の真ん中で寝てるって誤解したら、狩りが下手になるよね」
「うっ」
ミュリエルの言葉にお母さんたちは詰まった。
「あの、ミリー様はどんなお話を聞いて育ったのですか?」
ひとりのお母さんの言葉に、皆がよみがえる。興味深げにミュリエルを見つめた。
「うーん、そうだなあ。父さんがよく話してくれたのは、冬の狩りだね」
「あら、冬は狩りはしないと思っていました」
「基本的にはしないよ。渡りの鳥は暖かい国に行っちゃってるからいないし。熊は冬眠してるし。寒いから危ないしね」
ミュリエルは少し声をひそめた。
「でもたまに、冬眠し損ねた熊が出るんだ。そういう熊は気が立ってるから、危ない。戦える領民全員で狩らないといけない」
「あのー、ミリー様。それは物語ではなくて、普通に狩りのお話なのでは?」
「あ、そっか。でも、この話したあと、父さんと熊退治ごっこするから楽しかったんだよね。父さんが熊のフリして部屋中暴れ回るの。それを姉弟たちと倒すんだよ」
お母さんたちはその様子を想像してみた。うん、あまりホノボノしている感じではない。さすがミリー様とそのご家族。お母さんたちは心の中で思った。
「冬にたまーに鹿の群れが出るんだ。そこで昔ドジやったおじさんがいたらしくて。気がはやって、まだ十分近づいてないのに石投げちゃって。それで鹿の群れに逃げられたんだって。急いては事を仕損じる、バカやろうって父さんが怒ってたよ」
「実感がこもった、いい教訓ですね」
お母さんが強引にいい話にまとめた。
「渡りが遅くなった鳥の群れが飛ぶときもあるんだけど。それで、肉だ肉だって焦ってさ。距離を読み違えて石投げて、一羽も落とせなかったおバカさんもいたんだって。そういうことすると、代々ずーっとあの家のバカって伝えられるんだ」
気をつけなきゃね、小さくミュリエルがこぼした。
「ずっと燻製肉食べててさ。新鮮な肉が食べられるってウキウキしてさ。バカなやつのせいでみんなが肉食べられないなんて。悲しすぎるよね」
部屋が重苦しい雰囲気になる。
「あ、でも、ヴェルニュスは大丈夫。だってシロと犬が冬でも獲物とってきてくれたじゃない。よかったよねえ」
お母さんたちはホッと息を吐いた。全くホノボノしていない物語の会であったが、ある意味有意義ではあった。
お母さんたちは速やかに、領民に情報を回した。冬に狩りを失敗すると、末代までバカだと罵られるらしいと。
男も女も、老いも若きも、皆が狩りに精を出した。冬までに腕を上げないと、大変なことになるぞ。
ミュリエルは不思議に思いながらも、領民のやる気にとても喜んだ。




