236.ツンとメロン姫
川に流れていたメロンを切ったら出て来たというメロン姫。メロン姫には友だちがいる。気まぐれにやってくるネコだ。
ネコはおじいさんとおばあさんがいるときには、決して出てこない。メロン姫がひとりで、トンカラリンと機織りをしていると、カリカリカリと音がする。入れてくださいな、と扉をカリカリするのだ。
メロン姫はネコが大好きだ。いつもツンツンツーンとしているけど、好物の魚の干物を見せると、途端にデレる。
ニャーンと甘えた声を出して、メロン姫の足にスリスリクルーンとまとわりつく。
「友だちがいなくて、寂しくないかいって、おじいさんとおばあさんは心配するの。でも、ツンがいるから大丈夫」
メロン姫は、いつもツンツンしているネコのことを、ツンと呼んでいる。
ツンは優美な黒ネコ。金色の瞳が誇り高くて、物語に出てくる王女様みたい。
「おじいさんとおばあさん、私が織った布を売りに行ったの。高く売れるといいけど。小麦がないと、パンも作れないわ」
メロン姫は、粗末な台所の空っぽの棚を心配そうに見つめる。
「私が狩りとか、小麦作りとか、そういう役に立つことができるといいんだけど。外に出ちゃダメって言われてるから。機織りしかできないわ」
メロン姫を溺愛しているふたりは、メロン姫がひとりで外に出るのをイヤがるのだ。
「私だって、もう十分大きいんだから、ひとりでも大丈夫だと思うんだけどね。ツンと一緒に、外を走ってみたいなあ」
メロン姫はツンと並んで、窓から外を眺める。風に揺れる森の木々は、おいでおいでとメロン姫を手招きしているように見える。
「森には怖い魔女がいるんだって。だからひとりで外に出ちゃダメなんだって。怖い魔女ってどんなだろうね? 私のこと食べちゃったりするのかな」
ツンはツーンとして、窓枠からヒラリと飛び降りた。
メロン姫が魔女のことを口にすると、ツンは機嫌が悪くなるのだ。
「ごめんごめん。機嫌直して。ほら、遊びましょう」
メロン姫はぼろぼろのハタキを出してくる。これをヒラヒラさせると、ツンは本気になる。お尻をフリフリさせながらじっとハタキを見つめ、カッと飛びかかる。そうはさせじと、メロン姫はハタキを高く上げる。
ドタバタドタバタ 部屋にホコリが舞って、クシュンとメロン姫がくしゃみをする。
目を開けると、ツンはいなくなっていた。外から人の話し声が聞こえる。おじいさんとおばあさんが帰ってきたのだ。
「ただいまー」
「お帰りなさい。布は売れた?」
「ああ、売れたよ。小麦粉と肉を買ってきたよ。今日はご馳走だ」
おじいさんとおばあさんは上機嫌。
久しぶりにお腹いっぱい食べたあと、おじいさんとおばあさんの様子がおかしくなる。ソワソワしながら、ふたりで目配せしているのだ。
「どうしたの? 何かあった?」
おじいさんが、ためらいがちに話を始めた。
「実はな。ご領主様がメロン姫のかわいらしさを耳にされたらしく。メロン姫をめとってくださるそうなのだ。これで、毎日おいしいものをお腹いっぱい食べられる。上等な絹のドレスも着れる」
「よかったね、メロン姫。こんな貧乏暮らしは辛かったろう。これからは、何不自由なく暮らせるよ」
おじいさんとおばあさんの嬉しそうな顔を見て、メロン姫はただ頷くしかできなかった。
翌日、おじいさんとおばあさんが畑仕事に行ったあと、メロン姫はさめざめと泣いた。
「ニャーン」
いつの間にきたのか、ツンが泣いているメロン姫の足にスリスリしてくる。
「ご領主様と結婚することになったの。私、結婚なんてしたくないのに。でも、私がご領主様と結婚すれば、おじいさんとおばあさんの暮らしは楽になるわよね」
メロン姫はツンを抱き上げ、ギュッと抱きしめる。いつもはイヤがるツンが、今日はメロン姫のしたいようにさせてくれる。
「初めての遠出が、嫁入りの移動かあ。ツンともう会えなくなっちゃう」
メロン姫の目から、大粒の涙がひっきりなしにこぼれた。
「私がなんとかする」
突然、誰かの声が聞こえて、メロン姫は目を瞬いた。その拍子に涙がツンに降りかかる。
シュワシュワシュワ 黒ネコがキレイな女の子になった。
腰まであるまっすぐな黒髪。金の瞳。
「ツンなの?」
「そう。私は魔女。でもメロン姫を食べたりなんかしない。メロン姫を守ってあげる」
「どうやって?」
ツンとメロン姫は顔を寄せ合って話し合った。
***
デイヴィッドとイシパは、とある領主の屋敷に招かれている。
「新しい妻をめとることになってな。婚礼衣装を買いたい。サイフリッド商会で最高の花嫁衣装を用意してくれ」
「承知いたしました。それでは、奥様に合わせていただけますか?」
領主は鷹揚に頷くと、扉のそばにいる使用人に向かってアゴを上げた。使用人は静かに部屋から出て、しばらくするとほっそりした少女を連れて戻ってくる。
腰まである柔らかそうなオレンジ色の髪。緑色の瞳。デイヴィッドと並んでも遜色のなさそうな麗しさだ。
「メロンから産まれたメロン姫だ」
イシパは目を丸くしてメロン姫を見つめる。メロン姫はまっすぐイシパを見返した。
イシパは口を開き、何も言わずにまた閉じた。
サイフリッド商会が用意した、純白の花嫁衣装をまとったメロン姫。見た人の寿命が倍に伸びそうな神々しさ。領主は得意満面だ。
「ギャー、男ー」
初夜の寝室に、領主の悲鳴が響き渡った。控えの間にいた従者が中に入ると、青ざめた領主とブルブル震える乙女。薄い夜着からほんのり見える膨らみは、女性の柔らかさそのものだ。
従者は赤らみながら目をそらす。領主が動揺して話ができないため、侍女がメロン姫を別室に連れて行った。メロン姫はハラハラと泣き、侍女は気の毒そうな表情でメロン姫を着替えさせた。
「ギャー、ネコー」
翌晩も、領主は叫んだ。慌てて従者が入ると、汗をダラダラかいた領主と、子ネコのように愛らしいメロン姫。侍女は呆れながら、メロン姫を別室に案内する。
「ギャー、ヘビー」
「ギャー、クモー」
「ギャー、トカゲー」
毎晩、領主はわけの分からない悲鳴を上げる。領主の意味不明な行動と、やつれ切ったメロン姫。人々は、メロン姫に同情の目を向けた。
デイヴィッドが帝都に連絡し、帝都から遣いがやってきた。
領主が若い妻を次々と娶り、妻たちが不幸せそうなこと。昨今の乱心ぶり。それらを踏まえ、領主は療養が必要とみなされ、代替わりが命じられた。
若い妻たちはそれなりのお金と共に、実家に戻された。もちろん、メロン姫も。
デイヴィッドとイシパは、メロン姫を荷馬車で送っていく。
「空の娘、イシパ殿。見過ごしてくださり、ありがとうございます」
メロン姫に化けたツンが、お礼を言う。イシパは気まずそうに目をそらした。
「ああー、なんか理由がありそうだったからな。それに、あいつ、偉そうでイヤな感じだったし。私は老人が若い妻をたくさん侍らせるのは好きじゃない」
ツンは黒髪少女の姿に戻った。一行は、森の奥のツンの家に隠れていたメロン姫を連れて、おじいさんとおばあさんのもとに向かった。
「メロン姫、一体どうしたんだい? そちらの方たちは?」
おじいさんとおばあさんは、メロン姫を囲む人々に目をやる。
「友だちのツン。ツンは魔女だけど、いい魔女だよ。デイヴィッドさんとイシパさんと、デイヴィッドさんの部下の人たち。皆さんが、私を助けてくれたの」
メロン姫は、一生懸命、何があったかを話した。
「私を今まで大切に育ててくれて、ありがとう。でも、私はまだ結婚したくなかった。いくら領主でお金持ちでも。あんなに年上で、他にたくさん奥さんがいる人なんてイヤ」
おじいさんとおばあさんはオロオロして、口をパクパクさせる。
「私、外に出て働きたい。ツンと一緒に遊びたい。私、しばらくツンとふたりで森で住む。何日かおきに会いにくるから。このお金で、おいしいもの食べて」
メロン姫はお金をふたりに渡すと、ツンと手をつないだ。
「おじいさんとおばあさんのことは大好き。でも、外の世界を見てみたいの。だから、お願い。分かってください」
おじいさんとおばあさんはガックリとうなだれた。
「私らは、過保護すぎたのか。メロン姫に幸せになってほしかっただけなんだけど」
「親なんて、そんなもんだろう。お互いの思いが、行き違うことだってよくあることだ。メロン姫が、親離れしたいって言ってるんだ。手放してあげればいいんじゃないか」
イシパが力強く言う。ふたりは、まだ納得はしていないようだが、コクリと首を振る。
「会いに来ておくれよ。その、ツンさんと一緒に。私らも、森を訪ねてもいいかい?」
「もちろん、大歓迎です」
ツンは初めて笑みを浮かべた。メロン姫はツンと目を合わせて、笑い合う。
「めでたしめでたしだ」
イシパが大きな声で、強引にまとめた。こういうのは、大きい声で言ったもの勝ちと、イシパは知っている。




