234.レタス
ラウルたちに、たくさんの鳥便がやってきた。
「色んな婚約破棄の物語だ。本を送ると重いので、紙のまま少しずつ送ったらしい」
ハリソンは恋愛物語にまったく興味がないので、届いた手紙を読んでいる。
「魔女に優しくね、だって。僕たち、魔女に優しくしてるよね。お菓子の家のおばあさんとか、きっと魔女だったし」
「白雪姫の継母は石にしてしまったな。コラー、石にした魔女を、元に戻せるか」
コラーが首を傾げて困った顔をしている。
「すまぬ、困らせてしまったな。無理だな。では、これから会う魔女には、できる限り優しくしよう」
「そうだねー」
そんなことを話しながら街を出る。しばらく行くと、森の奥にポツンと塔が立っている。
「扉がどこにもないね」
塔の周りをグルリと歩き、ハリソンは塔をしげしげと眺める。
「上の方に窓があるよ。ごめんくださーい。誰かいませんかー?」
窓に向かってハリソンが大声で叫んだ。
窓から、少女がオズオズと顔を出した。遠目でも分かる可憐な少女。
「知らない人と話しちゃダメって言われてるの。男はみんなオオカミだって」
「犬はいるけど、オオカミはいないよ」
ハリソンが無邪気に答え、ガイは細目になる。
「余は第一王子のラウル・ラグザルだ。女性に無体なことはしない。ハリソンもイヴァンもガイも紳士だ。だが、そなたの不安は分かるので、塔には入らない。近くで野営するので、気が向いたら来なさい」
ラウルが、王子の高貴さを存分に発揮して、優しく言った。
「私、塔から出られないの」
「そなたの両親と共にくればよいではないか」
「両親はいないの」
「まさか、ひとり暮らしなのか? 食事はどうしているのだ?」
「魔女のおばあさんが食糧を届けてくれるのよ」
「魔女か。早速か」
ラウルは困った顔で他の三人に目をやる。
「まずは様子を見ましょう」
イヴァンがキッパリと言う。犬とコラーと護衛がふたりいるにしても、魔女の力は未知数だ。離れたところから観察し、危険度を見極めるべきだ。
そういうわけで、森の中からこっそり見張ることになった。
しばらくすると、マントを深々と被った人が塔に向かってやって来る。その人は、塔の下までくると、「レタス」と叫んだ。
「はーい」
先ほどの少女が窓から顔を出し、「よいしょっ」と長い髪を窓の外に放り投げた。髪は地面にまで届いた。
「髪、なっが」
思わずハリソンがつぶやき、マントの人が森の奥をギロリと睨む。杖を構え、「出てこい」と声を荒げる。
「ごめーん」
ハリソンはイヴァンに謝りながら、犬と共に真っ先に出ていく。
「出たな、王子か! レタスは渡さん」
「僕、王子じゃないよ。ただの男爵家の次男。レタスは食べたいけど」
「なんだってえ」
「まて、ハリー。レタスはおそらくあの少女の名前だ」
イヴァンがハリソンの肩に手を置く。
「あ、そうなの。おもしろい名前だね」
「あの子の父親が、ワシの庭からレタスを盗んでな。あの子の母親が、ツワリでレタスしか食べられなかったらしい。だから、レタスと名付けた」
「へえー。なんで、あんなところに閉じ込めてるの? 親はどうしたの?」
「母親が魔力のたっぷりつまったレタスを食べたせいで、あの子は大量の魔力を持って産まれてきたのだ。あの子も周りも危ないから、塔に閉じ込めているのじゃよ」
「ふーん、なんだ。魔女さん、いい人だね」
「そ、そうか? せっかくだから、一緒に晩飯でもどうだ? 塔には入れてやれんが、外で食べればいい」
魔女はチョロかった。そして料理も上手だった。塔の中で焼いたパンとスープを、窓から降ろして渡してくれる。
「その髪、便利だね」
レタスが長い髪で器用にパンとスープの入ったカゴを降ろしてくれる。
「頭痛くならない?」
ハリソンは心配だ。父ロバートから、髪を引っ張ったり、野菜だけの生活をすると、将来悲しむことになるぞと何度も言われた。
「レタスの髪には魔力が詰まっておる。だから大丈夫じゃ」
魔女はレタスの髪を伝ってスルスルと降りてくると、自慢げに言った。
「レタスも降りて来ればいいのに。皆で食べるとおいしいぞ」
ラウルの誘いに、レタスはパアッと顔を輝かせる。魔女はグズグズ言っているが、レタスは自分の髪をカーテンに結びつけると、ゆっくりと髪を伝って降りてくる。
「初めて外に出た」
レタスは嬉しそうに、でも少し怖そうに言う。
「魔女殿、こんな年若い少女を塔に閉じ込めるのは、やはりかわいそうではないか? まさにカゴの鳥ではないか」
ラウルは眉をひそめて魔女を見る。
「しかし、魔力が暴走したら。小さな街ぐらいなら吹っ飛ぶ」
魔女は険しい顔でラウルを見返した。女心に頓着しないハリソンは、思ったことをすぐ口に出す。
「魔力が髪に溜まってるんだったら、髪切っちゃえばいいじゃない」
「そんなあっさり。髪は乙女の命でしょうに」
イヴァンが慌ててレタスと魔女をチラリと見る。レタスはすぐに頭を横に振る。
「外に出られるなら、髪切る。お父さんとお母さんに会ってみたいし」
レタスは魔女の顔色を気にしながら、それでもハッキリ言った。
「レタスがそこまで言うなら、切るか」
魔女は寂しそうにレタスを見て、ため息を吐く。
***
農家の夫婦は、今朝届けられた手紙を何度も読んでいる。
『近いうちにレタスを連れて行く。留守にしないように。ラウル』
夫婦は字は書けないが、かろうじて読むことはできる。
「レタスって、あの子のことだよね?」
「まさか野菜のレタスを連れて行くとは書かないんじゃないか」
「ああ、夢みたい。魔力が多すぎて、二度と会えないかもって魔女に言われたのに」
ふたりはそのことをずっと後悔している。ツワリで何も食べられないとき、魔女の庭で見たレタスがツヤツヤしてとてもおいしそうだったのだ。魔女の許可も取らず、勝手に取って食べた。何度も何度もだ。
魔女が怒鳴り込んできたとき、謝ればすむと軽く考えていた夫婦。
「魔女の庭に生えているものは、魔力が詰まっておる。人が食べていいものではないぞ。赤子にどんな影響が出るか分からん」
そう言われて、やっとことの重大さに気づいた。泣いて謝ったものの、謝ったところで魔女にできることは何もなかった。
魔女はブツクサ言いながらも毎日やって来て、お腹の様子を見る。産気づいたときは、ずっとそばにいて、お産の介助までしてくれた。
産まれた女の子を見て、魔女はサッと青ざめた。
「いかん、魔力が多すぎるし、不安定じゃ。ここには置いておけない。この子はワシが預かる。魔力が安定したら、連れて来る」
それ以来、魔女も娘も二度と現れなかった。夫婦は泣いて暮らしたが、あるとき扉の前に手紙が置いてあった。
文字はなく、不気味な絵だけ。
「イヤがらせかな?」
「これ、赤ちゃんじゃない? すごい髪が多いけど」
不気味な絵は、よく見ると、髪がフサフサの赤ん坊だった。夫婦はその絵を飾って、眺めて過ごした。
季節ごとに、不思議な絵が届く。決して上手とは言えないが、味のある、愛情のこもった絵だった。夫婦は壁一面に絵を飾った。その子が立ち上がったこと、歩いたこと、髪にくるまって眠ること、鳥と仲良しなこと。新しい絵が届くたびに、夫婦は笑って泣いた。
「ついに会えるのか」
「信じられない。緊張して吐きそう」
ふたりはソワソワウロウロしながら、まだかまだかと待ちわびる。
ガラガラガラ 荷馬車の音がして、ふたりは家から飛び出る。
なにやらこんもりと膨れ上がった荷馬車。強そうな男性ふたりに、生き生きとした少年ふたり。そして、やつれきった魔女と、モサモサの髪の毛の少女。
「お父さん、お母さん。はじめまして。レタスです」
「レタス」
夫婦はギクシャクとレタスに近づくと、遠慮がちに肩に触れ、思い切って抱きしめた。
「レタス」
夫婦は涙でよく見えない目を魔女に向ける。
「長い間、育ててくださってありがとうございました」
「手紙もずっと。嬉しかったです」
「残念ながら、魔力はまだ安定していなくてね。ちょっと感情が荒れると、ホレ」
ボンッ レタスの髪の毛が一気に伸びた。
はあー ガイはため息を吐きながら、剣でばっさり髪を切る。
「悪いな。ちまちまハサミで切ってたら、永遠にここには辿り着けなさそうだったんで。途中から剣で切らせてもらった」
ガイは大量の髪を、荷馬車にギュウギュウ詰め込む。
「亀姫の海ブドウ飲めば、髪伸びないと思うんだけど」
「魔力のこもった髪で刺繍すれば、肌着の防御力が上がるって分かったんだもの。もったいないわ。私、髪で強い肌着を作って、売るわ。それで、おばあさんとお父さんとお母さんに、おいしいもの食べてもらいたい」
荷馬車がレタスの髪でいっぱいになり、ラウルたちは全員歩いてここまで来たのだ。魔女がレタスの切った髪の毛で、ラウルたちの破れた肌着を繕ってくれた。そこで仰天の効果が分かったのだ。
「レタスの髪に価値があるとウワサになったら、レタスがさらわれるかもしれない。目立たないようにしないと」
魔女は苦い顔をしている。
「塔なら安全なんじゃ。あの森は魔力が高いから、普通の人は滅多に入ってこない」
「では、塔で皆で住めばいいではないか」
「魔力が高すぎて、普通の人が住むと気持ちが悪くなるぞ。毎日、二日酔いとめまいが続く感じじゃ。イヤじゃろう」
「それはイヤだな」
二日酔いのなんたるかを知っている大人たちは、納得する。
「分かった」
ハリソンが手をパチンと叩く。
「レタスの髪をパッパに買ってもらおう。そのお金で、ご両親が塔に一番近い街に引っ越せばいいよ。レタスはこれまで通り塔に住めばいい。魔力がギリギリ大丈夫なあたりの森で、こっそりご両親と会えばいい」
「それなら確かに安心じゃ。ワシもレタスに会えるしの」
「じゃ、そういうことで」
まだパッパに聞いてもいないのに、話が決まってしまった。
ハリソンがサラサラと手紙を書いて、鳥便で送る。
***
ミュリエルは手紙を読んで、首をひねりながらパッパに会いに行く。
「パッパ。ハリーから変な手紙来たんだけど」
『魔力の詰まった髪がたくさん。肌着の防御力向上。パッパ、買ってください』
パッパは、ニコニコしながら頷いた。
「パッパにお任せください」
何度か手紙をやりとりし、ラグザル王国にいるサイフリッド商会の商人が、レタスの両親の家を訪れた。髪を全て買い、塔の近くの街の家を買い、引っ越しの手配までしてくれた。
「定期的に参りますので」
頼もしい商人は、爽やかな笑顔を残して去っていった。
こうして、レタスは元手無料でお金を稼げるようになった。魔女に魔力を抑える方法を教わりつつ、両親との時間も楽しんでいる。
何より、ずっと影のあった魔女が明るくなったのが、レタスには嬉しい。
「レタスを両親から引き離したのも辛かったし。いずれレタスを両親に返さなきゃならんのも苦しかった。みんなが幸せになれる道があるとはな」
「魔力が落ち着いたら、みんなで旅行したいな。遠くに行ってみたい。パッパの国にも行ってみたい」
「そうじゃな。まずは、そのボンッと髪が伸びるのを抑えられるようにならんと。旅行どころじゃないわい」
「そうだね。あはは」
レタスはボンッと伸びた髪を切り、紙でクルクル包むと、木箱に詰めた。
「儲かっていいんだけどね」
レタスたちがヴェルニュスを訪れる日も遠くはない、かもしれない。




