表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
234/308

233.魔人もいた


 各国からこっそりとお礼状が届いている。アルフレッドはジャックとカトレアを褒めて、褒賞を与えた。


「もちろん内容までには触れられていないが、大物のやらかしを止められたそうだ。これからも引き続き情報をと請われている。素晴らしい外交成果だ。ふたりとも、よくやった」


 ジャックはもちろん、カトレアは大感激である。ヨアヒム殿下に婚約破棄をしかけなくてよかった、心からそう思う。


「意外と女性が騙されていることも多かったようだ。魔女はほとんどが女性だと思っていたが、男性の魔人もいるのだな。念のため、魔人版の確認書も入れておいてよかった」


 カトレアとジャックがうなりながらまとめた確認書、好評だったようだ。


=====

女性のあなた、いくつ該当するか数えてね。

□ あなたは王族または高位貴族

□ 婚約者とは疎遠

□ 仲のいい従者、馬丁、護衛、商家の息子がいる

□ 彼から、お嬢と呼ばれている

□ 彼とお忍びデートに行った

□ 彼から平民の食べるごはんをご馳走された

□ 彼から野に咲く花、もしくは手作りの贈り物をもらった

□ 危ない目にあったとき、彼に助けてもらった

□ 身分ではなく、そのままの自分を見てほしいと思っている

□ 学園で他国の男子学生と知り合った

□ 彼は身分を隠しているが育ちがよさそうだ

□ 彼とは図書館でよく会う

□ 僕ならあなたに寂しい思いをさせたりしない、などと言われた

□ 舞踏会で、バルコニーまたは裏庭で彼とこっそり踊った

□ 彼から古くて由緒正しそうな装身具をもらった


3以下: 大丈夫。このままがんばりましょう。『婚約破棄に気をつけて』を婚約者と一緒に読みましょう。

4〜6: ちょっと注意。火遊びですめばいいけれど、本気にならないように気をつけて。

7〜8: 危険。新しい彼は詐欺師という可能性もありますよ。平民になっても生きていけますか? 働けますか? 覚悟がないならご両親か外交部に相談を。

9以上: 手遅れかも。国を捨てる覚悟はありますか? ないなら外交部に駆け込んで。

=====


 ジャックとカトレアは達成感と誇らしさで、胸がいっぱいになる。


「各国から、せめてものお礼にと、役に立った対策が送られてきた。これらも他国に共有しようと思う。ジャック、よろしく頼む」


 ジャックはうやうやしく紙の束を受け取った。



***



 強国に囲まれた小さな国。最近王宮は大忙しだ。遠くの大国、ローテンハウプト王国から届いた密書が、大変な騒ぎを巻き起こしている。


 柔軟な国王は、密書を読んですぐさま動いた。信頼できる人員に、王族と高位貴族の若き男女の婚約状況を調べさせた。


「まさかこんな小国にとは思ったが。いたか」


「いました。遠くの国の王子になりすました、見目麗しい魔人が。よりにもよってベルタ第二王女殿下を誘惑し、王女殿下はよろめき寸前でございました」


 国王は安堵半分、呆れ半分、長い息を吐く。


「対応はどのように?」


「魔人と取引きしました。王女殿下から手を引き、有用な情報を渡すなら、適した仕事を紹介すると。すぐに応じてくれ、容姿を変え、王都から離れました」


「それはよかった。ベルタには私から話そう」


 国王は部下を労うと、王女を呼ぶ。すぐに、憔悴し切ったベルタが現れた。


 国王は立ち上がると、ベルタの手を取り部屋を歩く。


「王族とは誘惑にさらされるものだ。私も経験がある。辛いだろうが、乗り越えなくてはならぬ」


「わたくしが浅はかでございました。彼の国に行き、共に国を治める。とても魅力的な提案に思えたのです」


「そなたの兄が王位を継いだとき、支えるというのでは物足りないか? 王族直轄地の領主となって、治めてみるか?」


「よろしいのですか? はい、支えるより、自分で上に立って民のために動きたいのです」


 ベルタの目に、少し光が戻った。


「では、そうしよう。婚約を白紙に戻してもよいが」


「それは、考えさせてください。アントンを嫌いになったわけでありませんから。ただ」


「珍しい料理が出てきたから、味見したい。そんな感覚ではないか? 身も蓋もない言い方だが、そんなものだ。王族は不自由だから、自由な空気に惹かれてしまう」


 ベルタは下を向いたまま、返事に困っているようだ。


「そなたはまだ若い。ゆっくり考えなさい」


 ベルタは部屋を出ると、侍女や護衛と共に外に出た。ゆっくりと騎士団の訓練所に行き、柱の影から訓練を眺める。


 少し先で、アントンが剣を打ち合わせている。派手さはなく、地味で型通りの剣筋。嘘だったあの人の、流麗な剣とは違う。


 ベルタは辺りが暗くなるまでアントンを見つめた。訓練が終わり、ベルタはそっと踵を返す。


「ベルタ王女殿下」


 後ろから声がかかる。ベルタは表情を整えて、ゆっくりと振り返る。


「アントン。久しぶりね」

「俺、待ちますから。ベルタ王女殿下」


 アントンはそれだけ言うと、一礼して駆けて行った。


 アントンなら待つだろう。ベルタが気持ちを固めるまで。ベルタがアントンを選ぶまで。仮に婚約を解消しても、アントンは何も言わないだろう。黙ってまっすぐベルタを見て、一礼して消えるだろう。そして、誰かかわいい素直な女性と家庭を築くだろう。


 少しだけ、ベルタの胸がピリリとした。


 アントンの誠実さに甘えて、彼の優しさを搾取してはいけない。ベルタは思った。


「明日、アントンと乗馬したいわ。予定を調整してくれる?」


 ベルタの言葉に、侍女が一瞬喜びの表情を浮かべ、すぐに冷静な顔に戻った。


「はい、ベルタ王女殿下」


 彼女にも、随分心配をかけていたみたいだわ。ベルタは心持ち頭をそらし気味にし、堂々と歩く。


「もう大丈夫よ」


 なんでもない風につぶやくと、侍女の足音が少し乱れた。明日、久しぶりに丘まで駆けてみようかしら。アントンとの乗馬は久しぶりだわ。彼と一緒に見る景色、ドキドキはしないかもしれないけど。きっと心地よい安らぎがあるのだわ。


「わたくしが領主になって、領地をお忍びで見て回るとき。アントンは真っ青になるわね。でも、片時も離れずに守ってくれるはず。そう、お忍び用の服がいるわね」


「町娘の服を調べて購入しておきます」


 侍女が静かに答えた。


「ありがとう。楽しみだわ」


 本当に楽しみなのだ。不思議だ。一時は捨てようとまで思い詰めていた国なのに。


「異国の料理もたまにはいいけれど。やっぱりわたくしにはこの国の料理が一番だわ」


 ベルタはようやく分かった。明日、アントンに求婚しよう。



***



 ベルタが明るい気持ちになっているとき、少し離れた別の王国はてんやわんやの大騒ぎ。


「舞踏会、まもなく開催するのに?」

「ええ、そんな。仕込みが間に合うかな」

「なんとかしろー」


 舞踏会や晩餐会を取り仕切る儀典官室の面々は、降ってわいた上からの指示に目を回している。最初は冗談かと思ったが、陛下直々の指示とささやかれ、気が遠くなった。


 なんとか、土壇場で間に合い、儀典官たちはひと息つく。


「まさか、本当にあると思うか?」

「ないことを祈る」

「王家の威信が粉々になりませんように」

「あのお方が思いとどまりますように」


 青い顔をしながら祈りを捧げる。ところがそのとき。


 あのお方、まもなく王太子になられるであろうお方が、高らかと。


「そなたとの婚約は破」


 ギャー 叫びながら儀典官は楽団に合図を送る。


 バイーンドンドコドコピーピロピー 楽団は大音量で華やかな曲を奏で始める。


 招待客は不思議な顔をしながらも、ウキウキと踊り始めた。


「ややややヤバかったー」

「あっぶねー」

「今の、間に合ったよな?」

「間に合った。大丈夫、もみ消した」


 口々に讃えあう。


「諦めるかな。どうだろう」

「いざとなれば陛下が会を強制終了されるらしい」

「ううう、それは最終手段」

「俺たちクビになっちゃうんじゃ」


 儀典官たちは、次の準備に取りかかった。曲が終わり、静かになる。


「そなたとの婚約は破棄する─」


 やっぱり諦めてなかったー。儀典官たちは半泣きで、王子の元に駆けつけて─


「喜劇、婚約破棄ー」

「はーい、どうもです。皆さん、最近ちまたでは婚約破棄が流行っておりまして」

「そうなんですのよ、奥様。許せませんわよねえ」

「婚約はー、貴族と貴族の約束ごとー」

「はい、皆さんご一緒に」


「婚約はー、貴族と貴族の約束ごとー」


 会場中が唱和した。よしっ、いけるっ。儀典官たちはノッた。


「公衆の面前での婚約破棄、ダメ絶対ー」

「ダメ絶対ー」


 今日の招待客はノリが最高だな。すかさず唱和してくれる招待客に、儀典官たちは嬉しくなる。


「婚約を、やめたいならば、家でこっそり、話し合おう」

「話し合おう」


「喜劇、婚約破棄でしたー」

「どうもありがとうございましたー」


 儀典官たちは、拍手喝采を受けながら会場を退出した。出て行くとき、さりげなく王子も連れてきた。


「そなたたち、なんのつもりだ」


 王子は怒りで口がモゴモゴしている。


「しっお静かに」

「舞踏会での婚約破棄は、廃嫡の危機です」


 儀典官たちは王子の口にハンカチを詰め込むと、王宮の奥の部屋まで連れて行った。そこには暗い目をした国王と宰相たち。


「間に合ったか?」

「はっ。喜劇、婚約破棄でごまかしました」

「よくやった。褒賞を与える。会場に戻って後始末をしてくれ」


 儀典官たちは王子を王に押しつけると、スキップしながら戻っていく。


「褒賞キターーー」

「ウエェェェーイ」


 儀典官たちは、ノリのいい招待客を存分にもてなしたのであった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 短編の時からずっとお気に入りです。 [一言] ミランダとデイヴィッド(とアルフレッド)を見慣れてる民は、とても耐性があるのでは‥!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ