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232.婚約破棄に気をつけて


「なぜヨアヒムが狙われたのだ?」


 ミュリエルに落とされたカトレア。その後、お茶会という名の取調べを受けている。部屋にはアルフレッド、ミュリエル、ジャック、ダン。


 アルフレッドの問いに、カトレアは肩をすくめた。


「別にヨアヒム殿下だけではありませんよ。あらゆる王族は狙われています。ローテンハウプト王国はもちろん、主要国は全てですわ。舞踏会での婚約破棄が主流です。お手軽簡単に国家を揺るがせますから」


「ローテンハウプト王国では魔女狩りは禁止していた。恨まれる筋合いがないのだが」


「まあ、それはそれですよ。迫害された魔女の恨みつらみは理屈ではありません。それに、安定しているローテンハウプト王国が崩れれば、波及効果が大きいですから」


「迷惑な思考だな」


「そうですね。不幸だから、他のやつらも引きずり落としたい、そんな感じです」


 アルフレッドが難しい顔をして黙り込む。


「魔女の森に攻め込んでは?」


 ダンが物騒な提案をした。カトレアは口をすぼめる。


「場所、知らないんです。森から出るときは、目隠しされて馬車で運ばれるの。任務報告は色んな場所を経由して届けられるし。すごく用心してる。それに、色んな魔法で森を隠蔽してるはず」


「応援を依頼して、ひとりずつ捕えるのは?」


「私が誘い出すの? それはさすがにやりたくない」


 カトレアが暗い顔をする。


「よし、こうしよう」


 ミュリエルが机に両手をついて立ち上がった。


「魔女を幸せにしてあげればいいんだよ。そしたら恨まないでしょう? 色んな国の偉い人に連絡して、魔女を大切にしてねってお願いしよう」


「さすがにそれほど簡単ではないと思いますけど」


 カトレアが微妙な表情でミュリエルを見つめた。


「やってみてもいいかもしれない。注意喚起と迫害禁止を同時に周知しよう。魔女狩りのひどい歴史も広めればいい。強硬策よりは、からめ手、懐柔で崩していこう」


 アルフレッドはあっさりとミュリエルの意見に賛成した。カトレアはまだ懐疑的だ。嫁にベタ惚れの王弟、冷静な判断ができているのか、定かではない。


 静かに聞いていたジャックが、口を開く。


「婚約破棄に気をつけて、という恋愛小説を広めましょう。カトレア、ネタの提供をお願いしますよ」


 カトレアはなんのことだか分からないが、とりあえず頷いた。


 ほどなくして、各国の外交部に奇妙な密書が届いた。魔女の手口と対応策だ。『婚約破棄に気をつけて』という短編集もついている。


『貴国のお国柄、風習、言語に合わせて、微調整した上で広めてください』


 各国の女性文官が乗り気になり、短編集が世に出されていった。



***



 ローテンハウプト王国から遥か彼方。海に囲まれた島国で、ひとりの少女が窓際で短編集を読んでいる。侍女からこっそりと渡されたのだ。最初はドキドキハラハラ、キュンキュンしながら読んでいたが。短編の後半を読むうちに、吐き気がしてきた。


「まあ。わたくしとフィリップ殿下のことみたいだわ」


 先に読んだらしい侍女は、挙動不審で目が泳いでいた。それも納得の内容である。


「この婚約破棄危険度確認書、とやらをやってみましょう。なるほど、該当する項目の□を黒く塗りつぶせばいいのね」


 デボラは□を■に塗り替える。


=====

女性のあなた、いくつ該当するか数えてね。

■ 婚約者は王族または高位貴族

■ 婚約者と会う頻度が減った

■ 婚約者が上の空

□ 婚約者があなたの行動を批判する

■ 婚約者から舞踏会エスコートを断られた

■ 婚約者に近づく女性がいる

■ その女性の髪色はピンク

■ その女性は男爵家、元平民など、身分が低い

□ その女性は、突然現れた異母妹または従姉妹

■ その女性は、はわわ、キョトン、上目遣い、涙目、などあざとい仕草をする

■ その女性は男性との距離感が近い

□ その女性は手作りクッキーなどを男性に振る舞う

□ その女性は学園でイジメられている

□ あなたはその女性の無礼な振る舞いをたしなめたことがある

■ あなたの髪型は縦ロール


3以下: 大丈夫。このままがんばりましょう。『婚約破棄に気をつけて』を婚約者の目につくところに置き、予防に努めましょう。

4〜6: ちょっと注意。婚約者の身辺を調べましょう。

7〜10: 危険。両親または王家の外交部に相談しましょう。

11以上: 手遅れかも。いつでも夜逃げできる準備をした上で、外交部に駆け込みましょう。


=====


「10個該当したわ。え、危険? 両親または外交部に相談しましょう、ですって?」


 さあぁぁぁ、デボラは自分の顔から血の気が引く音が聞こえたような気がする。心なしか、いつも元気な縦ロールがしょんぼりしているような。


「まずいですわ。これはいけませんわ。お父様とお母様にお話しなくては」


 デボラは震える手を必死で握り合わせ、何度も深呼吸する。



***



 その頃、デボラの婚約者、フィリップ第二王子は侍従に詰め寄られていた。


「殿下、私の最後のお願いでございます」


 辞職願いと共に渡された紙を、フィリップは渋々開く。


「辞職など、許さんぞ」

「殿下、この紙の該当する箇所を共に塗りつぶしましょう」


=====

男性のあなた、いくつ該当するか数えてね。

■ 婚約者は王族または高位貴族

■ 婚約者と会う頻度が減った

■ 婚約者といても楽しくない

■ 婚約者があなたの行動を批判する

■ 婚約者とは別に、気になる女性がいる

■ その女性の髪色はピンク

■ その女性は男爵家、元平民など、身分が低い

□ その女性は、婚約者の異母妹または従姉妹

■ その女性は、はわわ、キョトン、上目遣い、涙目、などあざとい仕草をする

■ その女性は男性との距離感が近い

□ その女性は手作りクッキーなどを男性に振る舞う

□ その女性は学園でイジメられている

□ その女性といると本当の自分でいられると感じる。

□ 婚約者がその女性の無礼な振る舞いをたしなめたことがある

■ 婚約者の髪型は縦ロール


3以下: 大丈夫。このままがんばりましょう。『婚約破棄に気をつけて』を読んで予防しましょう。

4〜6: ちょっと注意。婚約者とよく話し合いましょう。

7〜10: 危険。両親または外交部に相談しましょう。

11以上: 手遅れかも。婚約破棄をする前に、周囲に相談しましょう。

=====


 フィリップが該当しないと思う項目も、侍従が冷たい目で塗りつぶしていく。


「殿下の目はふし穴になりつつあります。かの女性のあざとい仕草に気づけないとは。殿下、10項目ですよ。これはいけません。両陛下にお時間をいただいております。さあ、殿下、お供いたします」


 侍従は強引にフィリップを連れて行く。着いた部屋には国王と王妃が厳しい顔で待っていた。


「フィリップ、まずいことになっているそうだな」

「まずいことなど、何もありませんよ、父上。真実の愛をみつけただけです」

「出たな、真実の愛。密書の通りだ」


 国王はこめかみを指でおさえてグリグリする。


「いいか、そなたが最近うつつを抜かしている男爵令嬢は、魔女の疑いがある。調査中ではあるが、二度と会えぬと心得よ」


「なっ、父上。横暴です。彼女は魔女ではありません」


「あなた、そう頭ごなしでは、余計に意固地になりがちと書いてあったではありませんか。まずは寄り添ってあげないと」


 王妃が国王をたしなめ、フィリップをまっすぐ見つめる。


「フィリップ、もし彼女が本当に真実の愛の相手なのであれば、デボラ嬢との婚約は解消します。ただし」


 フィリップの喜ぶ顔を見ながら、王妃が少し声を高めた。


「その男爵令嬢は、どうも虚偽の血縁証明書で男爵家に認知させたようです。彼女はただの平民ということになります」


「そなたが偽男爵令嬢を選ぶなら、王室から除名。公爵の称号を与えるので、公爵として領地を治めよ」


 国王は寄り添わず、バッサリ切った。フィリップはさっと青ざめる。国王は息子の動揺を横目で見ながら、ため息を吐いた。


「まったく、魔女なら処刑してしまえばよいのに。魔女に優しくなど、理解ができぬ」


「我が国には苛烈な魔女狩りの歴史があります。こちらから歩み寄りの姿勢を見せる方がよろしいのでは? それに、その魔女は植物に詳しいそうではありませんか。塩害に強い植物を育ててもらい、土壌を改良してもらいましょう」


「まあ、そうしよう。処刑は簡単だが、魔女たちとの軋轢を産む。せっかくの知識だ、活かしてもらおう」


 国王と王妃はお互い納得したようで、表情が柔らかくなった。話についていけていないフィリップは、焦って問いかける。


「わ、私はどうすれば」


「デボラ嬢に謝って、魔女と別れて、王族にとどまるか。デボラ嬢に謝って、魔女と結婚して、公爵になる。どちらかだ。よく考えよ」


「どちらにしても、デボラ嬢には誠心誠意、謝罪するのですよ」


 フィリップは侍従に促され、自室に戻った。


「私はどうすれば」


 フィリップはすがるような目で侍従を見る。


「この本をお読みください。色んな幸せと不幸せが書いてあります。様々な事例を知った上で、殿下の未来を描かれてみてはいかがでしょう」


 フィリップは半信半疑で本を読んだ。読んだ上で、黒く塗りつぶされた十項目を見る。


「私は自分の行動が、王族位剥奪ににまで及ぶ行為だとは理解していなかった。舞踏会でデボラに婚約破棄を言い渡していれば、目も当てられない大事になっていたであろう」


 フィリップは朝日が昇るまで考え続けた。無邪気でかわいらしいと思っていた彼女の行動は、計算しつくされた演技だと分かった。タネが明かされると、急に魅力があせて見える。


 幼い頃から共に学んだデボラ。杓子定規で退屈だと思っていたが、それこそが尊いと理解した。


「デボラに心から謝ろう。そして、もしデボラが許してくれるなら、もう一度やり直させてもらおう」


 こうして、島国の婚約破棄騒動は、未然に防がれた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 確認書項目すごい 良い侍女侍従がいてよかったお二人 あのテンプレは一体どこから来たんでしょうね~
2023/04/10 14:19 退会済み
管理
[良い点] ジャック(とカトレア)の本が国を救った… 流石、ざまぁを回避した国はすごい でも、今回は王妃がまともだから良かったけど どちらもまともじゃないと… まぁざまあされて滅ぶ国か…
[一言] なんでピンクなんだろといつも思う
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