231.四天王
「アナレナが腑抜けになったらしいな」
「ククッ、所詮あいつは四天王の中で最弱」
「真の魔女の力を見せてくれる」
どこの国にも属さない、誰も知らない森の奥。若い魔女たちは高らかに笑い合った。
***
そんなわけで魔女カトレアは、四天王の中で最強の称号を得るために、はるばるヴェルニュスまでやってきた。美貌と魔力をいかんなく発揮し、値切りまくっての旅だった。
だってお金がないの。なぜって最近、魔女の評判がガタ落ちなの。
「クッ、ヨアヒム殿下を陥落させたまではよかったのよ。アナレナ、あっぱれだったのよ。なのに、森の娘なんかにやられちゃって。だからあれほど、森の子どもは抹殺しろと」
使えない、先の読めない、頭のサビついた上層部に、毒を吐く。
魔女は割と、どこにでもいる。大多数は魔力を失い、ちょっとした薬師などとして市井に暮らしている。それはとてもいいことだと、カトレアは思う。迫害され虐待された魔女もいるが、そうではない魔女もいるのだ。心に傷がないなら、普通に人の中で暮らせばいい。
魔女の森に住む魔女たちは、魔女狩りの生き残りが中心となって作った集落。人への怨嗟で満ち満ちている。人の世の秩序を乱し、混乱をもたらすことで溜飲をさげる。後ろ向きで暗い場所だ。
魔女の村で産まれ育ったカトレア。王族または高位貴族をたぶらかすのが使命。薄汚い手連手管を叩き込まれた。
「ヨアヒム殿下、もしくはそれに匹敵する高位貴族を落とすわ。そして、贅沢三昧のお気楽生活よ。あんな辛気臭い魔女の森はもうたくさん」
どよどよどんより、陰気な空気につかってたら、暗い女になってしまう。湿っぽい女はモテない。常識だ。軽やかで陽気で少し色気という名のスキがある。そんな女が男は大好きなのだ。
「フフフフ、見てなさい。私の魅力で男たちを骨抜きにしてみせるわ。待ってなさい、ミュリエル・ゴンザーラ。あんたの権勢もこれで終わりよ」
ホーホッホ 思う存分、高笑いしたカトレアは、グウゥゥ〜というお腹の音で我に返った。
「罠を見に行こう」
カトレアはヴェルニュスの近くの森で野宿をしている。まずは敵情視察、それが基本だ。イノシシの古い巣穴を根城にし、遠くから住民を観察だ。情報を集め終わったら、浮浪児のフリをして内部に潜り込むつもりだ。ヴェルニュスには孤児が続々と集まっている。紛れ込むのは簡単だろう。
「獲物がたくさんいて、ありがたい。いい森だ」
うまい具合に、罠にウサギがかかっていた。カトレアはウサギをさばいて、焼いて食べる。森の娘がいる森は豊かで、魔女のカトレアにとっては居心地がいい。
「いい領主なんだろうな」
こっそり観察した感じだと、領民は皆、いい顔をしている。きちんと食べられて、将来に夢がある感じ。魔女の森も、きちんと食べられるが、明るい未来が描けない場所だ。若い魔女たちは、何かを諦めた顔をしていたものだ。
「出て来れてよかった。アナレナが失敗してくれたおかげね」
遠くに人の気配を感じ、カトレアは痕跡を消して移動する。十分離れて、高い木の上に登る。カトレアは目がいい。普通の人には察知されない距離から、じっくり見ることができる。
「あれ、ヨアヒム殿下だ。髪切ってる。あららら、随分たくましくなってる。聞いてた感じと随分変わったんだわ」
以前聞いていたのは、線の細い、どこか影のある王子。限界まで努力して、ピンと張り詰めていたはずだ。そういうのは落としやすい。そっと寄り添い、不満を吐き出させ、肯定してやればいい。アナレナもそうやったはずだ。
「ああいう感じだと、そうねえ。自分の力を試したい頃だろうから」
魔物に襲われているカトレアを、あわやのところでヨアヒムが助ける。そういう風に持っていけば、懐に入れそうだ。自分が助けた浮浪児。気にかけて、たまに声をかける。ひょんなとこから、実は男に化けていた女だったと分かる。
「女とバレると襲われるかも。だから少年のフリして旅していた。誰にも言わないで。そう言えばいいのよね。秘密はふたりの距離をギュッと縮めるもの」
ヨアヒムの前でだけ、可憐な少女の姿を見せるカトレア。いつしかふたりは惹かれ合い。
「子どもを作ってしまえば、私の身は安泰ね。愛人として王宮の隅っこで暮らさせてもらいましょう。もちろん正妃の地位は望まないわ。過ぎる欲は身を滅ぼす」
魔女の森には任務遂行中と報告して、のらりくらりしておけばいい。王宮で優雅に暮らせたら最高だ。
「すごいね。計画がバッチリだね」
突然近くから声が聞こえて、カトレアは危うく木から落ちるところだった。すんでのところで、枝をつかみ、体勢を整える。
高い高い木の上で、カトレアは緑の瞳に相対し、息が止まった。
「森の、娘」
「そう。ミュリエル・ゴンザーラだよ」
詰んだ。カトレアは死を覚悟した。強い女とは聞いていたのに。油断したわけではない。力量が違いすぎただけ。
「ああ、殺すつもりはないから。今のところは。協力してくれるなら、ヴェルニュスに住んでいいよ」
「何が望み?」
「そうね、どこから送り込まれたのか。目的は何か。言える範囲で言ってほしい。それで、送り先には適当に報告してもらえばいい。あなたみたいな人、いっぱい来るんだよね。殺してもいいんだけど」
殺気はないが、スキはまったくない。カトレアは黙ってミュリエルの言葉を待った。
「色んな技術持ってるでしょう? だったらうちで役に立ててもらう方がいいかなって。あなた、何ができる?」
カトレアはゴクリと唾を飲み込んだ。役に立つと思わせなければ。
「狩り、潜伏、情報収集、暗殺、魅了、男を落とす。その辺りはなんなくできる。あとは、薬草の知識がある」
「いいね、しっかり働いてね。あ、鳥がずっと見張るから。逃げるのも毒を仕込むのもできないからね」
いつの間にか、カトレアの肩の上にコマドリがちょこんと止まっている。
クッ、かわいい。これは殺せない。
カトレアはあっさり陥落した。この恐ろしい領主の下僕となって生きていこう。
「ミュリエル様の四天王のひとりになれるよう、精進いたします」
「う、うん。なんかよく分からないけど。ほどほどにがんばってね」
カトレアは後ほど、犬やフクロウと覇権を争うと知り、白目になった。
前回のキリはそれほどよくなかったですが、ここから第七部です。




