229.気持ちの伝え方
ゼッペじいさんは、ピーノを探して歩いている。
「ピーノ、ピーノや」
ピーノは、街のどこにもいない。
「また学校をさぼってサーカスでも見に行ったのか。それともネコとキツネに騙されたのか。まさかロバに変身してしまったとか。ひょっとして海でサメに飲み込まれた?」
どれもこれも、ピーノがまだ木の人形だったときにしでかしたことだ。色んな大変なことを経験して、ピーノはいい子になると誓った。そうして、木の人形から、人間の男の子になったのだ。
「いい子にしようと、無理をしすぎたのだろうか。ワシが押しつけがましかったのかもしれん。ピーノ、もういい子でなくてもええ。戻って来ておくれ」
ゼッペじいさんは、毎日泣いて暮らした。やっとできたひとり息子。奇跡の子。サメの腹の中から、一緒に脱出した家族。さあ、これからは、ふたりで幸せに暮らそうと思っていたのに。
ゼッペじいさんは、ガランとした質素な部屋をうつろな目で見つめる。丸太からピーノを作る前はこうだったのだ。ピーノを作ってからは、毎日が波瀾万丈だった。ピーノが人の子になってからは、穏やかで心安らぐ日々だったのに。
「ピーノに会う前だったら、孤独にも耐えられた。ピーノに出会ってしまったから、もうひとりではいられない」
ゼッペじいさんは、安酒で全てを忘れようと、酒瓶に手を伸ばす。
トントントン 扉を叩く音がする。ゼッペじいさんは「ピーノ」と叫びながら扉を開けた。
ピーノではなかった。ピーノを人の子にしてくれた、半透明の女性に負けず劣らずの美貌の男性。
「ゼッペさんですか? ピーノのお父さん?」
「そうです」
ゼッペじいさんは、美形の男性の腕を思わずつかむ。
「ピーノをクジラのお腹の中から保護しました。ピーノは私の父と一緒にヴェルニュスにいます」
デイヴィッドという美神像のようなその人が、泣き崩れるゼッペじいさんに色々と説明してくれる。
「海辺の街のゼッペさん、という情報だけでしたので、探すのが大変でした。各国の商会に問い合わせて、やっと分かったのですよ」
ゼッペじいさんは何度もデイヴィッドにお礼を言う。
「ヴェルニュスに行きますか? 木彫り職人のゼッペさんなら、ヴェルニュスで職に困ることはありません。よければそのまま、ピーノと共にヴェルニュスに住まれてもいいですよ」
ゼッペじいさんはその話に飛びついた。この辺りの住民は、ピーノが木の人形だったことを知っている。今でも白い目で遠巻きに見てくるのだ。ピーノと新天地で出直したい。
「そろそろ僕も領地に戻らないといけないから。僕がゼッペさんを守ってあげるね」
キラキラした目を持つジェイムズという少年が、そんなことを言う。
「ワシはきっと、君のお父さんより年上だよ」
「でもゼッペさん、魔物と戦えないでしょう? またサメかクジラに飲み込まれないように、見張っててあげるね」
ニコニコ顔で言われると、ゼッペじいさんも返す言葉がない。ピーノより少し年上ぐらいに見えるのに、ジェイムズは随分としっかりしている。
「俺とニーナもヴェルニュスに戻るから。デイヴィッドとイシパとはここでお別れだな。またヴェルニュスで会おう」
クルトという気持ちのいい顔をした男性が、デイヴィッドとイシパと抱き合う。
ゼッペじいさんは、数少ない荷物を詰め込んだ木箱と共に、船に乗り込んだ。
ゼッペじいさんは海が怖い。以前サメに飲み込まれてから、海には近づかないようにしてきた。震えているゼッペじいさんのそばに、いつもジェイムズがいてくれる。
「大丈夫。僕の父さんがタコ母ちゃんのお気に入りだから。僕が一緒なら、海は静かなはずだよ」
「ジェイは、まだ若いのにしっかりしてるなあ。ご両親の教育がよかったんだろうなあ。それに比べて、ワシは本当に」
情けない、という言葉はかろうじて飲み込んだ。少年に向かって弱音をこぼしている自分が恥ずかしくなった。
「大丈夫、ピーノもヴェルニュスにいればしっかりするよ。色んなことやらなきゃいけないし。勉強だけじゃなくて、働かされるよ」
「そうなのか。ワシは、ピーノに幸せになってもらいたくてな。勉強すれば将来いい仕事につけると思って、勉強勉強と言い過ぎたかもしれない」
「僕の両親もガミガミ言うよ。聞き流してるけど」
あっけらかんと言うジェイムズが、ゼッペじいさんにはまぶしかった。
「ピーノと会えたらしっかり抱きしめて、押しつけがましかったことを謝ってみる」
「う、うん。気にしすぎだと思うけど。親なんてどこも口うるさいもんだよ」
「ワシは孤児だったんでな。親っちゅうもんが分からんのだよ。だからことさら、いい親ってのになりたかった。でもそれでピーノを追い詰めたんだったら悪かったなと思ってなあ」
「ヴェルニュスにいっぱい子どもいるから。他の親と一緒に育てればいいんじゃない。ひとりで子育てはできませんって、僕の母さんはよく言ってるよ」
「そうだな。その通りだ。肩ひじ張らずに、誰かに助けてって言えばよかった」
ゼッペじいさんは海の波しぶきを見ながら、黙って考えこんだ。ジェイムズは隣で静かに立っている。
***
「お父ちゃん」
「ピーノ。ごめんなごめんな」
「僕が悪いの。ごめんなさい。サメから助けてくれたマグロさんに会いたくなって。海に行ったら落ちちゃったの」
パッパとジェイムズは、感動の再会にホッとひと安心した。
クルトとニーナは親指さんたちに熱烈に迎えられた。パッパがクルトとニーナに、ラッパのような聴診器を渡す。クルトとニーナは目を丸くしながら、ラッパ型聴診器を片耳に当てる。親指さんたちは聴診器に向けて叫んだ。
「お帰りなさい。ずっと待ってました」
「おふたりがいない間、親指一同で人形劇をやっていたんです」
「それはもう、大変でした」
「劇というか、私たちの暮らしをのぞき見されるだけなんですけども」
「すっごく苦痛でした」
「もう、ごめんです」
「わああ、そんなにイヤだったのね。ごめんね」
ミュリエルが親指さんたちに謝った。まさかそこまで嫌がっていたなんて。クルトとニーナがいないので、人形劇は開店休業だったのだ。そこに親指さんたちが大量に移住してきた。
小さな親指さんたちが、小さな家で暮らしている様子。人形遊びをしたことのある女性なら、絶対見たいはず。軽い気持ちで始めたら、大盛況。
パッパが拡大鏡とラッパ型聴診器を仕入れてくれた。お客様たちは、親指さんたちの動きを拡大鏡でウットリ眺め、親指さんたちの会話を聴診器で聞く。ただそれだけなのに、予約が殺到した。
最初は快く引き受けてくれた親指さんたち。そういえば最近は、「あ、その日は鳥便が」とか、「人形の服の仕上げが」などと言って、親指劇への出演を押しつけ合っていた。
「ごめん、気づかなかった私が悪い。ごめんね」
「いえ、ミリー様、そんな。イヤって言えなかった私たちが悪いんです」
「たくさんお金もらえて、気軽に引き受けたのがウカツでした」
「これからは、月一回とか。できる回数に減らそうね」
「はい」
クルトとニーナは理解した。親指劇場を上回る人形劇をしなければいけないと。
「が、がんばります」
クルトとニーナが同時に言う。息がぴったりだ。
「仲良しそうでよかった」
ミュリエルが笑い、クルトとニーナも顔を見合わせてから照れ笑いを浮かべる。




