226.力を合わせて
ラウルは領主夫妻と向き合った。
「三人とも優秀だ。いがみ合わずに協力し合って領地を盛り立ててもらえればよいのだが。いずれ余が王になる暁には、余も姉上たちと仲良くやってきたいと思っている。姉上がどう思うかはわからぬが、少なくとも余はそう思っている」
領主夫妻は顔を見合わせた。
「ラウル殿下のお気持ちは分かりました。つい、焚きつけて競い合わせておりました。王家が今後そのようになさるなら、我らもそれにならうまででございます」
領主は簡単に方針を変更した。実に柔軟な領主である。
「しかし、私がいきなり手のひらをひっくり返したとして。わだかまりがすぐに消えるとは思えません。どうしたものでしょう」
領主夫妻は困った顔をして、宙をみつめる。
「外敵がいると結束が高まるという。父上がよく使われる手であるな。だからといって、父上のように戦争を始めるのは困る。なにか都合のよい外敵がいるとよいのだが」
ラウルの言葉を聞いて、領主はハタと手を打った。
「おります、都合のよい外敵。いつもこの時期、魔獣の群れに襲われるのです。ついてる」
「いや、ついてはおらぬだろう。なんとかせねば」
ラウルとハリソンは慌てだした。
「いつもは城壁をガッチリしめて、城壁の上から攻撃しております。今年は討って出ましょうか」
領主はノリノリだ。
「何で戦うのだ? 弓か、槍か? まさか石?」
「弓と槍と剣です。足の速い馬がたくさんおりますので」
領主はハリソンの意見も聞きながら、どう魔獣を討伐するか計画を練る。
「よし、行けそうな気がします。早速、息子たちを呼びましょう」
三人の息子たちは、神妙な顔で整列した。
「これからは仲良くな」
領主はニコニコ言う。
「いやいや、もちっと詳しく言わねば伝わらんであろう」
ラウルが突っ込む。
「はい。我らは王家の忠実な駒。王家が姉弟、仲良くやっていくなら、それに従うまで。三人で力を合わせて、魔獣の群れを討ち取ってみせよ」
「はっ」
無茶苦茶な父の言葉を、息子たちは素直に聞き入れる。
三人はハリソンに助けてもらいながら、三つの丸い砦を城壁の外に作った。砦といっても、外壁だけの簡素なもの。領民が一丸となって取り組んだ。
ひとつ目は長男が中心となって建てたワラの砦。ふたつ目は次男の木の砦。みっつ目は三男の石の砦だ。砦の中に、生肉が設置された。
領主の予想通り、三つの砦ができたあとに、魔獣の群れがやってきた。
「魔狼だー」
城壁の見張りが大声で叫ぶ。
一番遠くのワラの砦に、魔狼たちが襲いかかる。吹けば飛ぶようなワラの砦。魔狼たちが突っ込むと、砦の中は落とし穴になっていた。
「かかったぞー、火矢を放てー」
少し離れた木の砦の上から、男たちが次々と火矢を放つ。落とし穴の中には油がまかれており、魔狼たちはゴウゴウと燃えた。
グルルルルル 落とし穴を回避していた用心深い魔狼たちが、目をギラギラさせながら木の砦に向かう。
魔狼が、木の門を木っ端微塵にして、砦の中に入ってくる。
「落とせー」
長男が叫び、男たちが太い木の杭を落とす。一斉に落とされた木の杭にブッ刺され、魔狼たちは断末魔をあげた。
それでも生き残った魔狼は、木の外壁に体当たりを繰り返す。木の壁がグラグラ揺れる。
ピープー 間抜けな音が響き渡る。魔狼たちはピクリと耳を立て、聞き入った。
ピープー 生き残った魔狼たちはヨロヨロと木の砦から出て、音についていく。
馬に乗った三男が、ピープーと笛を吹きながら、魔狼たちを誘導する。
三男は石の砦を駆け抜けた。入口から入り、そのまま出口から走り抜ける。三男が駆け抜けたあと、入口と出口はすぐさま閉じられた。
「やれー」
次男が叫び、上から巨大な石を落とし、大鍋から油もまかれた。
「火矢を放て」
容赦なく火矢が放たれ、魔狼は黒焦げに。念入りに槍と弓でとどめを刺した。
領民の歓声を、三人の息子たちは手を振って答える。
その日は、領民全員に魔狼焼きが振る舞われ、盛大な宴が催された。
宴のさなか、長男が静かに領主に尋ねる。
「父上、兄弟仲良くやっていけると思います。しかし、料理人が多すぎるとスープが台無しになると言うではありませんか。いずれ、父上の後を継いで、領主となる者は必要です」
領主は黙って頷いた。
「もし、領主になれなくても、部下が路頭に迷わないのであれば」
「それはない。誰についていた者も、きちんと重用されるよう、残りのふたりが見張ればよい」
領主の言葉に、長男は深く息を吸った。
「であれば、次期領主は末の弟がいいと思います。末弟は勇敢で、先見の明もあり、公明正大です。私と私の部下で、末弟を支えます」
次男がスッと立ち上がった。
「賛成です。私も、領主は末弟が最適だと思います。兄上とともに、末弟を助けます」
三男は戸惑った表情でふたりの兄を見る。
「兄上、本当にいいのですか?」
「いいのだ。正直、私には荷が重いと思っていた。しかし、私が諦めると部下が働き口を失うかと思うと、辞退もできなかったのだ」
長男が渋い顔をして、答える。
「私も同じです。私は上に立って率いるよりは、支える方が向いています」
次男は少し気まずそうに言った。
「お前たちがそれでよいなら、末を次期領主としよう。お前たち、それでいいのだな」
「はいっ」
長男と次男が声を揃えて答えた。
「父上、謹んで承ります。兄上、ありがとうございます」
「どうぞどうぞ」
兄ふたりは満面の笑みで両腕を広げた。
後継者争いは、なごやかに決着した。
「めでたしめでたしだ」
ラウルとハリソンは晴れやかに笑った。




