225.育て方
最近、ルーカスは他の赤ちゃんたちと過ごすようになってきた。月齢の近い赤ちゃんと同じ部屋で、ただゴロゴロしているだけだが。
「このぐらいの赤ちゃんたちですと、一緒に遊んだりはしませんけれど」
「まとめて面倒見れるので、お母さんたちが順番に昼寝したり、のんびりできますね」
数時間おきの授乳で、お母さんたちは慢性的に寝不足だ。ルーカスと一緒にいれば、他の赤ちゃんたちも手厚く保護されるので、安心だ。
「もし私の子が、ルーカス様に傷でもつけたらと最初はビクビクしましたけれど」
「恐れ多いですし」
「私も領民の子たちと一緒くたに育てられたよ。その方がいいよ。犬の子たちも、一緒に育って、どこまでの甘噛みなら許されるかを学ぶからね」
ミュリエルがそういうので、身分の差を乗り越えて、ごたまぜに保育されている。
あー、うーと喃語をつぶやきながら、ごろんごろんと転がっていく赤ちゃんたち。
アルフレッドは執務の合間に、ミュリエルと並んで、ほのぼのとした情景を楽しむ。
「王都ではあり得ない光景だ」
もちろんアルフレッドは、他の赤子と共に育てられたりなどしていない。王族は乳母や侍従たち、大人の手で育てられる。国王と王妃は育児などしないのだ。
アルフレッドは王族の伝統は尊重しつつも、ミュリエルの望むやり方でルーカスを育てるつもりだ。ミュリエルのように、強く健やかに育ってほしい。それがアルフレッドの何よりの願いだ。
***
ラウルたちは、とある領地にやってきた。イヴァンの調べでは、三兄弟が後継者争いを繰り広げ、ギスギスしている領地だそうだ。
ラウルは順番に話を聞く。まずは長男だ。長男は、ラウルにうやうやしく金のネズミの置き物を捧げた。
「実はこの間、ネズミの国に招待されまして。森で木の成長を見回っていたところ、昼ごはんの芋だんごを落としてしまいまして」
コロコロコロリン 穴に落ちた芋だんごを追いかけると、ネズミの国に着いたそうだ。
「巣をみつけたんだね。ネズミは皆殺しにしたの? ネズミはどんどん増えるから、気をつけないと」
ハリソンが心配そうに問いただす。長男は、うっと言葉を詰まらせた。
「いえ、それが、その。歓待されて、財宝がぎっしり詰まったカゴをもらいましたので」
「ええ、それでノコノコ帰ってきたの? ダメじゃん。ネズミは病気を運ぶんだから。見つけたら、やらないと」
ハリソンはクワッと目をつり上げる。動物はなんでも好きなハリソンだが、ネズミに慈悲は見せないように育てられている。どこにでも入ってきて、病気を持ち込むと教えられた。
長男はタジタジとしながら、話を続ける。
「あ、ええ、上の弟がですね。私の話を聞いてうらやましがって、芋だんごを転がして、同じように歓待を受けまして。しかし、あやつは欲深いので、全ての財宝を横取りしようと画策したのです」
長男が口を歪めて言い募る。
「あやつは、宴の最中に、ネコだーと叫んだのですよ。ネズミはどこかに行ってしまい、弟はしばらく地中でさまよっていました。財宝も得られず、息も絶え絶えで戻ってきました」
「ネズミがいなくなったなら、よかったね」
ハリソンは、財宝よりネズミが気になるようだ。
次に、次男の話を聞きに行く。
「地中から、無事に戻れてよかったな」
「ネズミを追い払ったのは、お手柄だよ」
次男は長男に散々バカにされていたので、ラウルとハリソンに労われて顔をほころばせた。
「地中をさまよっていたときに、白い犬に助けられたのです。残っていた芋だんごを分けてやったら、地上まで連れて行ってくれたのです。その上、ここを掘れと言わんばかりに吠えまして」
次男は身を乗り出して説明する。
「そこを掘ってみたら、なんと金貨がザクザク出てきました」
次男は美しい金貨をラウルに渡した。
「よかったではないか」
「はい、領地のために使います。ところが、強欲な末の弟が、犬を奪っていきまして。まだ返してくれないのです」
次男は心配そうに両手をもむ。
「それはよくないな。では、犬を返すように言っておこう」
三男に話を聞きに行ったところ、三男はラウルに美しい笛を献上した。
「兄上からお借りした犬が、ここを堀れと鳴きまして。土の中からこの笛が出てきたのです。そして、ネズミの大群も。あわや食い尽くされるかと思ったとき、なぜか笛を吹いてみたくなりました」
三男はラウルの手にある笛を見た。
「笛を吹いたところ、ネズミが急におとなしくなり、私の後をゾロゾロとついて来たのです。それで、川を越え、森の向こうまでネズミを連れて行きました」
「そのような貴重な笛なら、そなたに返そう。領地のために役立てるのだぞ」
ラウルはあっさりと笛を返した。三男はしばらくためらったが、深々と頭を下げ、笛を受け取る。
「それで犬は無事か? そなたの兄が心配しておったぞ」
「はい、犬は無事です。今日にでも兄に返します」
「うむ、それならよいのだ。ところでそなたら、なぜいがみ合っておる? 話を聞くと、それぞれ理知的ではないか。仲良く領地を治めればよいのではないか?」
ラウルの言葉に、三男は困ったように眉をひそめる。
「それは、そのように育てられたからです。王家にならっております。争い合い、最も強い者が後を継ぐのです」
「なるほど、そう言われては、ぐうの音も出ない。確かに、余も姉上たちと熾烈な争いをしておるわ」
ラウルは苦い顔をする。
「しかし、もったいないことのようにも思えるな。兄弟が協力し合えるなら、より強い領地になるであろうに」
ラウルは、領主夫妻とじっくり話し合うことにした。




