224.生きる道
おじいさんとおばあさんは心配でならない。かわいいキララ姫が、空を見上げてブツブツブツブツ。
「求婚が多すぎて疲れてしまったのでしょう」
「今はそっとしておこう」
おじいさんとおばあさんは、見なかったことにした。しばらくすれば、元に戻る、そう思ったのだ。ところが、キララ姫はしょっちゅう空に向かって何やら言っている。しかもその顔が、なんだか険しい。あまりかわいくない。おかしいぞ。
「キララ姫や、一体どうしたのです。そうブツブツ言っていると、眉間のシワがとれなくなってしまいますよ」
「せっかくのかわいい顔が、台無しではないか。キララ姫は笑顔が一番愛らしいというのに」
「おじいさん、おばあさん。私ね、魅了の魔力を封じたの。だから、普通の女の子に戻ったの。あんまりかわいくない私でも、一緒に暮らしてくれる?」
「もちろんですとも。あなたは、ずっとかわいい私たちのキララ姫ですよ」
「ほらね、聞いた?」
得意満面の笑顔で、キララ姫が空を見上げる。
「私はここにいるんだから」
「キララ姫や。どうした? 頭が少しアレになったか? 寝た方がいいのではないか?」
おじいさんとおばあさんは、キララ姫をベッドに押し込んだ。
キララ姫はベッドの中で、しばらくつぶやき続ける。
「絶対行かないから。絶対に。いつまでも、ここで幸せに暮らしましたとさ、よ」
キララ姫は翌日、わずかな変装で街に出る。あの美形に会いに行かねば。きっとあの人なら、助けてくれる。街で一番の宿屋に行くと、ちょうどいいところにデイヴィッドが降りてきた。とても強そうな女性も一緒だ。
「こんにちは。助けてください。お金ならあります」
キララ姫は単刀直入に声をかけた。商人は、まだるっこしいのを嫌うと、下働きの女が話していた。
デイヴィッドの隣の女性がグイッと顔を近づけて、キララ姫の顔をしげしげと見る。
「これはこれは。なるほどね」
女性はキララ姫をうながすと、宿の食堂の片隅に陣取った。
「座りなさいキララ姫。私はイシパ。空の娘だ。あんたとは遠い遠い、薄ーい親戚だ」
「そうなの!?」
キララ姫は目を丸くする。デイヴィッドは、少しおもしろそうな顔をしている。
「それで、何を助けてほしいの? 結婚したくないなら、断ればいい」
「違うの、それも困ってるけど。最近、月から声が降ってくるの。そなたの罪は許された。月に戻って来なさいって」
おかげで、おじいさんとおばあさんに、頭がおかしくなったと心配されている。
「ああ、そういえば、昔々、月のお姫様が、真実の愛を見つけたとかで」
イシパがハタと口をつぐむ。
「それでそれで?」
キララ姫は、絶対続きを聞きますよ、意思を込めてイシパを見た。イシパは気まずそうに目をそらす。
「舞踏会で婚約破棄をかましたんだと。それで月の王に怒られて、島流しにされたらしい。それが、キララ姫だ」
「はあー、そんなの覚えてないけど」
「前世だろう」
「そんな覚えてないことで、許したって言われてもねえ。余計なお世話だわ。私はずっと、ここで暮らすんだから」
キララ姫は、ダンっと拳で机を叩いた。
「どうしたらいいかしら。月から迎えに来るって言ってるの」
イシパは腕組みをして、うーんと考える。
「結婚すればいい。ここの男と結婚してしまえば、月の人たちも諦めるさ」
キララ姫は頭を抱える。
「好きな人いないのに」
「まずは、あの五人と腹を割って話しなさい。魅了の魔力を封じた、前世が月の姫のキララ姫。それでも彼らは結婚したいと思うのか。キララ姫が好きになれそうな人がいるのか。それに、結婚して合わなければ、別れればいい」
イシパが、夕飯の内容を決めるみたいに気楽に言う。
「簡単に言いますね」
「真実の愛なんて、一緒に暮らしてみないと分からないよ」
「そっかあ」
仲良さそうなイシパとデイヴィッドを見て、キララ姫は決心した。全てを打ち明けて、それでも結婚したいと思ってくれるかどうか、聞いてみようと。
キララ姫は順番に、じっくりと話をした。魅了の魔力のない自分をまだ好きか。顔以外で何に惹かれているのか。趣味は、仕事は、おじいさんとおばあさんと同居できるのか。子どもはどうするのか。
「この人と結婚します」
キララ姫は、ブナの木を保護すると言った男と結婚することに決めた。なんといっても、キララ姫はブナの木のウロから産まれたのだ。ブナの木の娘といっても過言ではないかもしれない。
それに、おじいさんもおばあさんも、森の恵みで生きてきた。家族全員で、ブナの森を守って生きていくのだ。素敵ではないか。
結婚式は、ひっそりと行われた。デイヴィッドたちも招かれた。しめやかに、なごやかに式が行われていると、急に外が光り輝く。皆、まぶしくて目を開けていられない。
「キララ姫、迎えに来ましたよ」
「さあ、月に戻りなさい」
ゴウゴウと大きな声が響き渡る。人々は、目をつぶり、耳をふさいだ。キララ姫はまっすぐと外を見て、叫んだ。
「いやです。月には行きません。私はここで生まれて、おじいさんとおばあさんに育てられました。なぜ、今まで会ったこともない人と、行ったこともない月なんかへ。おかしなこと言わないで」
「聞き分けのないことを言うではない。下賎な人間と、月のキララ姫が結婚など。許しませんよ」
光がますます強くなり、声はいっそう大きくなった。婿とおじいさんとおばあさんは、キララ姫をしっかり抱きしめる。
「羽衣を被せてしまいなさい。そうすれば、全て忘れる」
「やめないか。傲慢だぞ、月の人たち。神様に言いつけるぞ」
イシパがどなる。スーッと光が弱まった。
「お前、空の娘ではないか。まさか、人間の味方をするのか」
「当たり前だ。私の夫はデイヴィッドだからな」
イシパは胸を張って、デイヴィッドの肩を抱いた。
月の人たちは、デイヴィッドをしげしげと見ると、首を傾げる。
「それは、人間ではないだろう。人間がそのように美しいわけがない」
「デイヴィッドは人間だ。キララ姫のことは諦めてもらおう。会いたければ、たまに会いにくればいいだけだ」
一歩も引かないイシパと、三人にガッチリ守られたキララ姫を見て、月の人は静かになった。
「クッ、今日のところは帰りましょう」
「また来る」
月の人たちは、空高く舞い上がっていく。
わあああ、家族たちは歓声を上げ、その日は遅くまで宴が続いた。
キララ姫は、今日も頑固な木こりのおじいさんとブナの木を見回っている。
「これだ、この木。虫が食い始めてる。これは今のうちに切ってしまわんと。病気が他の木に広がっちまうぞ」
「ええーどれー? 違いが分からないわー」
「お前、目がついてんのか。ちゃんと見ろ」
「もうっ、口が悪いわね。そんな言い方するから、若い木こりがすぐ辞めちゃうんでしょうが」
木こりはムッツリと押し黙った。キララ姫は肩をすくめると、後ろを振り返って声をかける。
「この木、切ってくださーい」
「はーい」
若い木こりたちは、いそいそと木を切る準備をする。キララ姫は、木のことはまだ詳しくない。でも、頑固じじいに怯まないので、若い木こりとの間に入ってうまく調整している。
「この木、少しだけ育ててやってくれ。少しだけだぞ」
「はーい。みんな、目をつぶってね」
キララ姫は魅了の魔力封じの腕輪を外して、地面に置く。弱々しい若木に手をかざし、「大きくなあれ」と声をかけると、急いでまた腕輪をつけた。やりすぎると、大きくなりすぎるのだ。
ほんの少し成長した若木を見て、キララ姫は満足そうに微笑む。
キララ姫は、とても充実している。ブナの木を守る仕事をし、街の女性たちとも徐々にうちとけてきた。おじいさんとおばあさんとも一緒に暮らしている。夫との仲も良好だ。
「月のやつらは大丈夫なのか」
木こりのおじいさんが少し心配そうに尋ねる。
「大丈夫。もう絶対大丈夫。だってねえ」
「キララ」
夫がニコニコしながら駆けてきた。
「あなた」
キララ姫は夫に飛びついた。
「おおっと。こら、危ないぞ。今は大事な時期なんだから、安静にしてくれ」
「えへへ」
木こりのおじいさんは目を見開いた。
「もしかして」
「そうなの、できたの。だから絶対、月には行かないから」
「おめでとう」
木こりのみなが大喜びで若夫婦の周りを取り囲む。
「子どもに会いに来るかもしれないけどね。会いに来るぐらいは、許してあげるわ」
キララ姫が空を見上げて言うと、若木がプルプルッと震えた。




