223.色々な解釈
キララ姫は、ズラリと並んだ贈り物と、男たちからの圧にたじたじとしている。
「キララ姫が望むのは、モノではないんだろう。それが我々の結論です。いえ、我々というよりは、サイフリッド商会のデイヴィッドさんの仮説ですが」
神の茶碗の男が、後ろの方に控えめに座っている男性を見た。遠目から見ても、とんでもない美形と分かる。こんな美形がいるのに、顔を隠したキララ姫に夢中な男たち。不思議だ。
「神の茶碗に匹敵するもの、こちらです」
男は木箱から茶碗を取り出した。なんの変哲もない、そっけない木のお椀。
「これを、貧しい者たちに配ります。街の食事処に、このお椀を持っていけば、お椀いっぱい分の食事を提供してもらえます。残り物が中心にはなるでしょうが。炊き出しなどの、スープだけでは飽きるでしょう」
そう、そうなのだ。教会がよく炊き出しをしてくれている。それはとてもありがたい。でも、スープ以外だって食べたいと思うはずなのだ。たまにはお菓子だって。
貧しい者が贅沢な。施しを受ける側がワガママを言うな。そんな意見もあると思う。
でも、いいじゃないか、お菓子で腹は膨れないかもしれないけど、甘いものは人を幸せにするのだから。
キララ姫は知っている。下働きの女性が、キララ姫が渡したお菓子を、大事に包んで持って帰っていることを。子どもにお菓子を食べさせたい、そう思って何が悪い。キララ姫に貢いでもらったお金で、幸せを少しお裾分けだ。ひとりでお菓子を食べても、つまらない。
「賛同してくれた食事処には店の入り口付近に、このお椀を吊り下げてもらいます。提供したお椀の食事分、税金を減らしてもらえないか、ご領主様にかけあっているところです」
「まあ、素晴らしいわ」
思わずキララ姫は声に出して笑った。男は昏倒した。なぜだ。
少しバタバタしたが、次の男が木箱から宝の木の枝を取り出した。いや、ただのブナの枝だった。
「森林組合を作ります。ブナの木を守りましょう」
男が熱っぽく説明する。
「近年、家や船を作るために、大量のブナの木が切られています。そしてその跡地に、成長の早いトウヒが植えられています」
キララ姫はそれは知らなかった。成長が早い木っていいことではないかしら?
「この度、木について色々調べまして。頑固な木こりと知り合ったのです。彼が言うには、トウヒは根が浅いので、嵐に弱いそうです。そして、トウヒばかりになると、森が死ぬと」
「まあ」
「ブナやモミ、多様な木が、ゆっくりと育つから、森の土壌は豊かになる。森の恵みで動物が増える。人が木の実や動物を食べられると。目先の利益で、森を殺すなと怒られました」
知らなかったわ。キララ姫は深く息を吸って、吐いた。
「森を適切に管理する人材を増やします。頑固な木こりが知識を伝授してくれます。なにぶん、頑固じじいなので、私が調整役として間に入りますが」
なんて頼もしいのでしょう。キララ姫には、男が輝いて見えた。
「素敵ですわ」
思わずため息をもらすと、男が鼻血をふいて倒れた。引くわ。
大急ぎで男が運び出される。そのあとも、ためになる話が次々と飛び出した。
火ネズミの皮衣は、出てこなかった。その代わり、火ネズミの刺繍がなされた帽子とマントが披露された。
「火事への対策を考えろというお題だと思ったのです」
いや、そこまで深く考えてない。キララ姫は思わず口元まで出かかったが、グッとこらえた。
「今、低賃金で細々とやっている夜警団を、拡大します。夜警団はかっこいい、市民を守る英雄だ。そう思ってもらおうと、衣装から整えることにしました」
う、うん。そうか。キララ姫には、火ネズミの刺繍がかっこいいとはあまり思えなかったが、まあいいのだ。
「自分たちの街は自分たちで守ろう。そういうことで、志願夜警団を大幅に増やしました。今までの夜警団にはそのまま専業の夜警団として。志願者は空き日程に入ってもらいます」
夜警団の存在を初めて知ったキララ姫。まだいまいち話が飲み込めない。
「元々の夜警団が新たな志願者に、どのような危険があるか。いざ火事となったらどうするか、教えます。そうすることで、今まで野ネズミと蔑まれていた夜警団が、実はすごく頼もしい存在だと気づいてもらえました」
なるほど、いい話だったわ。専業夜警団の賃金は、金持ちの男が払い、志願者の分は寄付でまかなうそうだ。すっかり寄付が根付いたのね。私もいつか、街の女性たちから受け入れられるかしら。キララ姫が考えている間に、次の男が前に出る。
「龍の首の玉、それは人々の願いを叶えると言われております。そこで、私は人々から困っていることを聞けばいいのではないかと」
木箱の中から、箱が出てきた。箱の上部分に少しだけ隙間が空いている。
「ここに、街の人たちに、要望を書いた紙を入れてもらいます。ご領主様に優先順位をつけていただき、対応していければいいと思うのです」
龍の首の玉がお願い箱になった。キララ姫は呆然とする。
「ツバメの産んだ子安貝。つまりは安産をもたらせということですね」
キララ姫は、とりあえず頷く。もう、何が何だか分からない。
「ヴェルニュスで作られた、妊婦用の冊子を活用します。定期的な妊婦健診。栄養が足りない妊婦への補助。助産師の育成。ヴェルニュスで成功したことを、真似します」
「皆さん、ありがとうございます」
キララ姫は精一杯の気持ちをこめて、お礼を言う。誇らしげな笑顔を浮かべて、三人は倒れた。
残されたのは、ただ美形のデイヴィッドひとり。デイヴィッドはゆらりと立ち上がる。キララ姫は体をこわばらせた。
「キララ姫、あなたはどうも、魅了の魔力があるようです。もしあなたが望むなら、魅了封じの腕輪をお売りしましょう」
「お、お願いします」
キララ姫は、デイヴィッドから腕輪を受け取って、すぐさまはめる。キララ姫は、はあっと安堵のため息を吐く。
「ありがとうございます。あなたは、大丈夫だったのですね。その、私の魅了……」
「強い妻に守られていますから」
かすかに微笑んだデイヴィッドこそ、魅了の魔力をまき散らしているように思えるが。キララ姫は倒れはしなかった。
「どの男を選ぶのか、よく考えて決めてください」
デイヴィッドは静かにそう言って、出て行った。キララ姫は、五つの贈り物を前に途方に暮れる。
「どうしようー」
キララ姫が叫んだとき、空が光り、声が降ってきた。
「キララ、戻っておいで。月に戻っておいで」
「はあー?」
キララはもう一度、叫んだ。




