222.贈り物は
キララ姫は不思議でならない。会ったことも話したこともない男たちから、求婚されるのだ。しかも、随分遠くの街からも、キララ姫をひと目見たいとやってきている。
「会ったこともないのに、どうして結婚したいなんて言えるのかしら。頭がおかしいんじゃないの」
確かに見た目はいい。でも性格は別にすごく良いというわけでもない。普通だ。悪くはないけど、聖女ではない。どっちかというと、ちゃっかりしていて気が強い方だと思う。
これといって特技もなく、見た目だけの小娘。それがなぜだか、ウワサがウワサを呼び、絶世の美女だなんてことになっている。
おかげで気軽に外に出ることもできない。ウッカリ外に出て、それほどでもないな、なーんて思われたら……。
「せっかく寄付金がガッポガッポ入って、おじいさんとおばあさんの暮らし向きがよくなったのだもの」
キララ姫にとって謎なこと。会ったこともない男たちが、キララ姫に手紙を渡すために、お金を払うのだ。最初は普通におじいさんとおばあさんが受けとっていた。でも、あまりに数が多い。
「手紙を受け取るときに寄付金をもらいましょう」
キララ姫は割とがめつかった。
「チラッと見えるぐらいが、欲望をそそるわよね」
全貌を見せないよう、外出するときはことさら気をつけている。ヴェールをかぶり、ほんのわずか、目元を出すのみ。渇望を覚えた男たちは、ますます手紙を出す。そして、寄付金が貯まる。
「値段をつけないのが、大事だと思うわ。売り物になったら価値が下がるわ」
値段をつけないということは、寄付金はお気持ち次第ということだ。本気の者はせっせと貢ぐ。金を積めば、もしかしたら会えるかもしれない。そんな希望が金の呼び水になるのだ。
せっかくの美貌なのだ、それを活かして儲けようではないか。得体の知れない捨て子の自分を、大事に育ててもらった、せめてものお礼。
キララ姫のおじいさんは優しい。その辺で捨てられていたであろうのに、「輝くブナの木のウロの中にいたのじゃよ」などと、お花畑な逸話をひねり出すのだ。
「おじいさんったら、ホントにもう。優しすぎるわ」
おばあさんも、キララ姫を溺愛しすぎて、夢物語を言う。「たった数日で、美しい女性に育ったのですよ」だって。
「そんなわけあるかい。確かに、小さいときの記憶はないのだけれど。きっと私がおバカさんだからね」
そんなわけで、キララ姫はおじいさんとおばあさんが大好きだ。ずっと三人で、いつまでも仲良く暮らしましたとさ、ってなりたいと思っている。
「だからねえ、誰とも結婚する気はないのよねー。困ったわ」
いつまで寄付金をぼったくれるであろうか。誰とも結婚しなければ、いつまでもチャリンチャリンするのだろうか。でも、
「引き際が大事よね。やりすぎると敵が増えちゃう」
ただでさえ、キララ姫は街の女たちから目の敵にされている。それはそうだろう。街中の男たちが、見たこともないキララ姫に入れ上げているのだ。
「独り占めはよくないわね。富も愛も、分け合わないとね」
でもでも、どうすればいいのだろう。キララ姫は三日三晩考えた。しっかり寝て、きっちり食べながら、ない知恵を絞りまくった。
キララ姫はよいことを思いついた。金持ちの求婚者にお題を出すのだ。
***
ブナの木が生い茂る森に囲まれた、そこそこ大きな街。デイヴィッドたちは次々と金持ちに招待される。
「ついてる、サイフリッド商会の方がいらっしゃるなんて。これぞ天の助け」
若い男が天を仰ぎながら祈っている。
「なにごとですか?」
デイヴィッドはたじろぎながら、問いかけた。
「実はですね、絶世の美女、キララ姫の婿候補に選ばれましてね。お題を達成すると、結婚できるかもしれないのです」
そんなことを、五人の金持ちから言われた。
デイヴィッドは、金持ちたちからの、ぜひうちにお泊まりください、という嘆願を断った。宿で、静かによく考えなければならない。デイヴィッドはイシパ相手に、考えをツラツラ述べる。そうすると、考えがよくまとまるのだ。
「神の茶碗。宝の木の枝。火ネズミの皮衣。龍の首の玉。ツバメの産んだ子安貝」
五人の男が、きらら姫から出されたお題だ。
「そんなもの、うちの商会で扱っていない。断るか、それとも作るか。作れるのか?」
デイヴィッドは目をつぶって、作れるかどうか考える。
「大体のものは、父さんが持ってるけどな」
イシパがあっさり言う。デイヴィッドはパッチリ目を開けた。
「えっ? お義父さんが持ってる?」
「さすがに龍の首の玉はないけど。ウロコならあるな。他のものは、まあ似たようなものがある」
デイヴィッドは呆然としながらイシパを見つめる。デイヴィッドはふと思い当たって目を細めた。
「値段がつけられない」
「その通り」
大領地の年間予算に匹敵する価値があるかもしれない。少なくとも、ミュリエルの故郷、ゴンザーラ領の予算よりは上だろう。そこそこの金持ちが、払える金額ではない。
「キララ姫は、なぜそのようなお題を出したのだろうか。諦めさせるためか、それとも」
デイヴィッドはまたも思考の海に沈む。
「キララ姫は確かこう言ったのだな。神の茶碗に匹敵する何かを贈ってくださるなら、結婚します、と」
デイヴィッドは、神の茶碗のお題を出された男と話し合うことにした。
翌日、早速訪れたデイヴィッドを見て、男は相好を崩す。
「まさか、もう手に入ったのですか?」
「いえ、違います。キララ姫のひととなりを知りたいと思いまして。美女であるという以外に、何か情報はありますか?」
「もちろんですとも」
男は、キララ姫にまつわる情報を滔々と語る。
「光るブナの木から産まれた聖女です」
「そんな馬鹿な」
「三日で成人しました」
「化け物のたぐいでは」
「おじいさんとおばあさんと、ずっと一緒にくらしたいと。だから婿入りのみ」
「なるほど」
「商才があります」
「それはすごく感じる。目のつけどころがいい」
詐欺師ギリギリの線を攻めている。そうデイヴィッドは思ったが、口には出さなかった。
「寄付金をこっそり、貧しい者に分け与えています」
「やはりか」
デイヴィッドは思った通りだと、膝を打つ。デイヴィッドは仮説を述べ、男は納得した。




