表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
222/308

221.心身ともに

 

 ラウルとハリソンは街の仕立て屋に来ている。ふたりともメキメキ成長し、礼服が合わなくなってきているのだ。


 ハリソンは遠慮したが、イヴァンとラウルに押し切られた。


「ミリー様からお金をお預かりしておりますから」

「そうだぞ、ハリー。海ブドウで民をたくさん救ってもらったのだ。そのお礼で、余が払ってもいいぐらいなのだぞ」 


 ラウルとハリソンが寸法を測られている間に、イヴァンは店主とともに布を選ぶ。ラウルは最上級、ハリソンは少し質を落とした布。でないと、ハリソンがいらぬそしりを受ける。


 シャツ用の布を選んでいたイヴァンは、一枚の布に目を止めた。シャツ向きの布ではない。光沢のある、やや毛羽だった白い布。棚に入っているが、ひと目で上質と分かる品だ。


「あれは、珍しい布ですね。もしや鶴の羽毛を織り込んだ布、カクショウでは?」

「その通りです。さすがお目が高い」

「話に聞いたことはあったが、まさか実在するとは」


 イヴァンは店主の許可を得て、手に持たせてもらった。フワリと柔らかい。


「お風呂上がりのガウンによいかもしれない」


 店主は目をむいた。


「カクショウを風呂上がりのガウンに。それはまた、なんともはや」

「いや、さすがにそれはカクショウの無駄遣いだな。白い礼服を仕立てるのもよいな」


 イヴァンはしばし考える。イヴァンは大事なことを思い出した。ラウルの立太子の儀礼服にピッタリではないか。イヴァンはそのときを思い浮かべ、晴れがましい気持ちになった。


「買います」

「えっ。あ、こちらは既に売約済みでして」


 イヴァンは露骨にガッカリした表情をしてしまう。


「もし、また持ち込まれたらお取り置きいたします」

「持ち込みなのか。さぞかし名のある織り手なのだろう」


 店主は微妙な顔になる。イヴァンはすかさず金貨を握らせた。


「実は、今までまったく取り引きのなかった、さえない老人だったのです。どう見ても、貧乏な猟師といった風体でした」


 イヴァンはもう一枚金貨を追加し、老人の情報を聞き出す。イヴァンは、ラウルとハリソンの護衛をガイに任せ、老人を探しに仕立て屋を出た。


 街の何人かに聞き取りをしながら探すと、割とすぐに老人の家が見つかる。イヴァンは穏やかな紳士の笑みを浮かべて、粗末な家の扉を叩いた。


「はーい」


 扉を開けたのは、美女を見慣れたイヴァンが息を呑むほどの女性だった。まっすぐな黒髪をひとつにまとめ、楚々とした儚い雰囲気。


「どちらさまですか?」


 イヴァンは我に返った。


「失礼しました。実はカクショウの布を買わせていただけないかと、不躾ながらやって参りました」


 女性は眉をひそめる。


「あれは、もう作っていないのです。私が体を壊してしまって」


 コフッ 女性の白い手に赤い血がついた。


「なんと、ご病気とは存じ上げず。無礼なことを申しました」


 イヴァンは丁寧に挨拶をすると、街に戻る。ラウルとハリソンたちは、既に宿に入っていた。イヴァンはためらいがちに、ハリソンに海ブドウをひと粒分けてもらえないか聞いてみる。


「もちろんだよ。この前、亀姫にたくさんもらったからね。イヴァン、どこか怪我したの?」


「いえ、実は、その……。素晴らしい布の作り手を見つけまして。殿下の礼服用に買いたいのです。ところが病気でもう作れないと言いまして」


「じゃあ、今から会いに行こうよ。それで、治ったら頼んでみたら?」


 

 ラウルもぜひ会いたいと言うので、四人は女性のところに向かった。イヴァンが扉を叩くと、先ほどの女性がまた顔を出す。ガイは女性を見てソワソワする。


 いつも通りのハリソンは、おもむろに海ブドウを差し出した。


「お姉さん、これあげる。食べるとすぐ、よくなるよ。亀姫の海ブドウだよ」

「亀姫様の海ブドウ。そのような貴重なものを、ありがとうございます」


 女性はひと粒だけ受け取ると、ゆっくりと咀嚼する。


 クッシュン かわいいくしゃみと共に、大量の白い羽が地面に落ちた。


「え、もしかしてお姉さん、鳥? また動物系? お願い、僕のこと、好きにならないでよ。亀姫にせまられて困ってるから、これ以上は無理」


「ハリー、お前な」


 イヴァンが思わず素で突っ込んだ。


 女性は足元の白い羽を見下ろして、頬を赤らめる。


「換羽期でもないのに、羽が生え変わったわ。これが恋、きっと恋」


 女性は優雅に求愛の踊りを舞い始めた。両腕を翼のように持ち上げ、首を曲げたり伸ばしたり。


「勘弁してー」


 ハリソンは悲鳴を上げ、イヴァンとガイは肩を落とし、ラウルはため息を吐く。


 女性はすっかり元気になり、ラウルとハリソン用の布を織ってくれた。


「海ブドウは置いていくけど、もう羽で布を作るのはやめなよ。体によくないから。おじいさんとおばあさんと、仲良く暮らすんだよ」


「はい。もう羽を使った布は織りません。普通の糸で機織りをします」


 ハリソンの言うことを素直に聞く女性であった。


「私の心と体を捧げた布は、ハリー様とラウル様で最後にいたします。亀姫様とハリー様の寵を争うつもりはありません。ただ、いつか、ハリー様が私の布を身にまとわれる日を夢見ております」


「あ、愛が重い……」


 ハリソンは、愛の詰まりまくった白い布を受け取り、ゲッソリする。


 その晩、ラウルとハリソンが寝たあと、イヴァンとガイは強い酒を飲んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] あ、安定のハリー?? もっともててしまえ!!(笑)
[一言] ううっ…!! イヴァンとガイの飲んだお酒、苦かっただろうなぁ…!
[一言] 僕のこと好きにならないでよなんて言ってもハリーなら許されるー
2023/03/30 07:18 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ