221.心身ともに
ラウルとハリソンは街の仕立て屋に来ている。ふたりともメキメキ成長し、礼服が合わなくなってきているのだ。
ハリソンは遠慮したが、イヴァンとラウルに押し切られた。
「ミリー様からお金をお預かりしておりますから」
「そうだぞ、ハリー。海ブドウで民をたくさん救ってもらったのだ。そのお礼で、余が払ってもいいぐらいなのだぞ」
ラウルとハリソンが寸法を測られている間に、イヴァンは店主とともに布を選ぶ。ラウルは最上級、ハリソンは少し質を落とした布。でないと、ハリソンがいらぬそしりを受ける。
シャツ用の布を選んでいたイヴァンは、一枚の布に目を止めた。シャツ向きの布ではない。光沢のある、やや毛羽だった白い布。棚に入っているが、ひと目で上質と分かる品だ。
「あれは、珍しい布ですね。もしや鶴の羽毛を織り込んだ布、カクショウでは?」
「その通りです。さすがお目が高い」
「話に聞いたことはあったが、まさか実在するとは」
イヴァンは店主の許可を得て、手に持たせてもらった。フワリと柔らかい。
「お風呂上がりのガウンによいかもしれない」
店主は目をむいた。
「カクショウを風呂上がりのガウンに。それはまた、なんともはや」
「いや、さすがにそれはカクショウの無駄遣いだな。白い礼服を仕立てるのもよいな」
イヴァンはしばし考える。イヴァンは大事なことを思い出した。ラウルの立太子の儀礼服にピッタリではないか。イヴァンはそのときを思い浮かべ、晴れがましい気持ちになった。
「買います」
「えっ。あ、こちらは既に売約済みでして」
イヴァンは露骨にガッカリした表情をしてしまう。
「もし、また持ち込まれたらお取り置きいたします」
「持ち込みなのか。さぞかし名のある織り手なのだろう」
店主は微妙な顔になる。イヴァンはすかさず金貨を握らせた。
「実は、今までまったく取り引きのなかった、さえない老人だったのです。どう見ても、貧乏な猟師といった風体でした」
イヴァンはもう一枚金貨を追加し、老人の情報を聞き出す。イヴァンは、ラウルとハリソンの護衛をガイに任せ、老人を探しに仕立て屋を出た。
街の何人かに聞き取りをしながら探すと、割とすぐに老人の家が見つかる。イヴァンは穏やかな紳士の笑みを浮かべて、粗末な家の扉を叩いた。
「はーい」
扉を開けたのは、美女を見慣れたイヴァンが息を呑むほどの女性だった。まっすぐな黒髪をひとつにまとめ、楚々とした儚い雰囲気。
「どちらさまですか?」
イヴァンは我に返った。
「失礼しました。実はカクショウの布を買わせていただけないかと、不躾ながらやって参りました」
女性は眉をひそめる。
「あれは、もう作っていないのです。私が体を壊してしまって」
コフッ 女性の白い手に赤い血がついた。
「なんと、ご病気とは存じ上げず。無礼なことを申しました」
イヴァンは丁寧に挨拶をすると、街に戻る。ラウルとハリソンたちは、既に宿に入っていた。イヴァンはためらいがちに、ハリソンに海ブドウをひと粒分けてもらえないか聞いてみる。
「もちろんだよ。この前、亀姫にたくさんもらったからね。イヴァン、どこか怪我したの?」
「いえ、実は、その……。素晴らしい布の作り手を見つけまして。殿下の礼服用に買いたいのです。ところが病気でもう作れないと言いまして」
「じゃあ、今から会いに行こうよ。それで、治ったら頼んでみたら?」
ラウルもぜひ会いたいと言うので、四人は女性のところに向かった。イヴァンが扉を叩くと、先ほどの女性がまた顔を出す。ガイは女性を見てソワソワする。
いつも通りのハリソンは、おもむろに海ブドウを差し出した。
「お姉さん、これあげる。食べるとすぐ、よくなるよ。亀姫の海ブドウだよ」
「亀姫様の海ブドウ。そのような貴重なものを、ありがとうございます」
女性はひと粒だけ受け取ると、ゆっくりと咀嚼する。
クッシュン かわいいくしゃみと共に、大量の白い羽が地面に落ちた。
「え、もしかしてお姉さん、鳥? また動物系? お願い、僕のこと、好きにならないでよ。亀姫にせまられて困ってるから、これ以上は無理」
「ハリー、お前な」
イヴァンが思わず素で突っ込んだ。
女性は足元の白い羽を見下ろして、頬を赤らめる。
「換羽期でもないのに、羽が生え変わったわ。これが恋、きっと恋」
女性は優雅に求愛の踊りを舞い始めた。両腕を翼のように持ち上げ、首を曲げたり伸ばしたり。
「勘弁してー」
ハリソンは悲鳴を上げ、イヴァンとガイは肩を落とし、ラウルはため息を吐く。
女性はすっかり元気になり、ラウルとハリソン用の布を織ってくれた。
「海ブドウは置いていくけど、もう羽で布を作るのはやめなよ。体によくないから。おじいさんとおばあさんと、仲良く暮らすんだよ」
「はい。もう羽を使った布は織りません。普通の糸で機織りをします」
ハリソンの言うことを素直に聞く女性であった。
「私の心と体を捧げた布は、ハリー様とラウル様で最後にいたします。亀姫様とハリー様の寵を争うつもりはありません。ただ、いつか、ハリー様が私の布を身にまとわれる日を夢見ております」
「あ、愛が重い……」
ハリソンは、愛の詰まりまくった白い布を受け取り、ゲッソリする。
その晩、ラウルとハリソンが寝たあと、イヴァンとガイは強い酒を飲んだ。




