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220.幸せの王子


 ミュリエルがルーカスを抱っこして散歩していると、一羽のツバメがヨタヨタと飛んできた。力尽きたような様子に、ミュリエルは思わず手を伸ばす。ツバメはミュリエルの手の中にクタリと崩れ落ちる。ツバメは口からコロリと小さな石を吐き出した。


「虹みたいな石。これを運んできたの?」


 ツバメの足には鳥便の筒もついている。ミュリエルは小さなカギで、筒を開けた。


『ニーナとクルトが両想い』


 イシパの力強い字が、紙いっぱいに書かれている。


「おおっ、やった」


 ミュリエルが喜びの声を上げると、ツバメはスイっと飛び立った。飛びながらせっせと虫を食べているようだ。


「これ、どうしようかな。ハリーがいればツバメに聞いてもらえるんだけどな」


 ミュリエルは手の上の虹色の石を見つめる。ミュリエルは職人街に足を向けた。宝石を使った装飾品を作っている職人なら、何か知っているかもしれない。


 職人はミュリエルの手から虹色石を取ると、拡大鏡を使って慎重に調べる。


「これは、おそらく、アレです」


 職人は虹色石を机に置くと、目をつぶって考えだした。


「モルタナ島の幸せの王子の目です。じいちゃんから聞いたことがあります。そこには、世界で一番美しい、王子の像があると。金ででき、貴重な宝石がたんまり使われた像だとか。瞳に、世にも珍しい虹色石が使われているそうです」


「え、そんな貴重な虹色石を、うちのツバメが取っちゃったの? まずくない? 返しに行かなきゃ」


 ミュリエルはうろたえる。鳥の不始末は、領主である自分の責任だ。


「パッパに相談してみましょう。きっと何か知っています」


 ミュリエルと職人は、連れ立ってパッパの事務所に行った。パッパは職人の説明を聞き、虹色石を手に取る。


「決して外れることのない石と聞いていましたが。今まで盗賊が金や宝石を像から取ろうとしたけれど、一度も取れなかったそうですよ」


 ミュリエルはさーっと青ざめた。


「マズい、マズいよ。どうしよう」


 パッパはしばらく考えると、ニッコリ笑った。


「パッパにお任せください。商売ついでに調べて来ますよ」

「ホントに?」

「大丈夫です。モルタナ島には何度か行ったことがあります。素敵なものを仕入れてきます。ハッ、ミランダに行っていいか聞かないと」


 急にパッパは慌て始めた。


「では、ミリー様。あとはお任せください。パッパはミランダに聞いてきますから」

「う、うん。ありがとう」


 はわはわしながらミランダを探しに行くパッパを、ミュリエルと職人は黙って見送った。


「大丈夫です、ミリー様。ミランダさんは話の分かる奥方ですから」

「そうだね」


 職人の言う通り、ミランダは大丈夫だった。お茶会に美容教室、体操教室、美容冊子の執筆。ミランダはとても忙しい。パッパがしばらく不在でも、寂しさを感じることはなさそうだ。


 パッパは盛大に見送られて旅立った。虹色石を持って来たツバメも一緒だ。



***



 部下と護衛とツバメと共に、パッパは颯爽とモルタナ島に降り立つ。できる部下が散らばり、情報を集める。商品を売り買いしながら、パッパも話を聞く。


「おお、レオさん。お久しぶりですな。事前にご連絡いただければ、もっとよい品をご用意いたしましたのに」

「突如思い立って来たのですよ。何やら胸が騒ぎまして」


 パッパの言葉に、旧知の商人は両手で胸を押さえる。


「レオさんの例の勘ですね。何か起こると困りますなあ。治安は少々悪くなりましたが、大きな問題はないはずですがね」


 モルタナ島は昔から各国の侵略を受けてきた島だ。ローテンハウプト王国、ラグザル王国、アッテルマン帝国からほどよい距離にある島。他国を侵略する際の足がかりに絶好の位置にある。海が荒れた際の避難所としても最適だ。


 ラグザル王国の支配下に置かれ、そのあとアッテルマン帝国に乗っ取られた。今はどの国の支配も受けていない、はざまの期間。


 島民は侵略されることに慣れている。へえへえと言いなりになりつつ、時期を見て反乱を繰り返してきた。


 幸せの王子は、モルタナ島がモルタナ王国であったときの遺物なのだ。いつからあって、誰が作ったか不明な、幸せの王子像。決して取れない宝石は、不屈の魂を表すとして、島民の密かな誇りだ。


「今の代表者はどなたでしたか?」

「まあ、小物ですよ。気概がない」


 パッパの問いに、商人は小声で答えた。


「ふむ。では、金でかたがつきますかな」

「でしょうな」


 パッパは商談を終えると外に出た。ゆっくりと坂道を上がりながら、集まって来た部下の話を聞く。


「鳥が神から遣わされたとウワサになっているようです」

「貧しい家族に、鳥が宝石や金を届けているとか」

「ここ最近の話だそうです」

 

 パッパたちは島を一望できる高台に登り着いた。パッパはハンカチで顔の汗をぬぐう。


 パッパたちの前に、見事な像が立っている。宝石や金が大分はがれているとはいえ、なんとも言えない気品がある。



 パッパは朗らかに挨拶した。


「こんにちは。レオナルド・サイフリッドと言います。ローテンハウプト王国の商人です。最近、ツバメがあなたの瞳を運んで来ました。どうしたものかと、やってきたのですよ」


 もちろん、幸せの王子は何も語らない。


 ツバメはツイーッと飛び上がり、幸せの王子の肩に止まった。


「私はヴェルニュスに住んでいましてね。ご領主のミリー様と知り合ってから、不思議なことがたくさん起こるのです。神のお力をこれほど感じたことは、今までありませんでした」


 爽やかな風が、海の香りを運んでくる。


「私にはツバメの言葉は分かりません。あなたの言葉も分かりません。ですが、この島で起こっていることを聞くと、あなたの気持ちは分かる気がします」


 幸せの王子の、残っている虹色石がキラリと光った。


「貧しい人を助けたい。そのお気持ち、私も理解できます。ツバメがヴェルニュスまで、あなたの瞳を運んで来た思いも、おそらく分かります」


 ツバメがフルリと体を震わせた。


「幸せの王子様。そのやり方では、島民を救うことはできません。あなたの金銀宝石が尽きたら、それでお終い。ツバメはそれが心配だったのでしょう」


 チュピチュピジー ツバメが鳴いた。


「私は商人ですが、ご領主様のお仕事も間近で見て来ました。だから分かるのです。持続可能な弱者保護の仕組みを作らないと、その場しのぎで終わります」


 幸せの王子の虹色石から、ひと雫の水が落ちた。


「大丈夫です、パッパにお任せください。仕組みを作りましょう」


 安心させるように、パッパは笑いながら何度も頷く。


 パッパは、幸せの王子の隣に座り、計画を話す。ツバメは嬉しそうに、大騒ぎでさえずった。


 

 しばらくのち、パッパは、幸せの王子の了承が得られたと感じた。


 パッパはまず、モルタナ島の代表者の前に、金貨を積み上げた。


「幸せの王子像が大好きなのですよ。最近、みすぼらしくなっていると聞きつけましてな。なんとかしたいと駆けつけました。」


 代表者は金貨の山から目が離せない。


「いかがでしょう。私にお任せくださいませんか? 幸せの王子をより美しくし、島の税収を上げましょう」


 代表者は半信半疑だったが、パッパの上等な服装、堂々たる態度、目の前の金貨の山に心が揺れた。


「まあ、この契約書なら、誰も文句はつけんでしょう」


 代表者は折れ、パッパは幸せの王子像と、その周辺の土地の貸与権を買った。


 パッパは次に、取られて売られた金銀宝石を買い戻す。苦境に陥っている職人を雇い、幸せの王子像に宝石と金銀をつけ直す。


「花を植えましょう。ここを、恋人たちの聖地にします」


 職のない貧しい者や、孤児を雇い、花壇を作り、花を植える。


「ベンチを適度な間隔で置くのです。海が見え、街並みが見えるようにね。季節毎に、朝日と夕陽がよく見えるベンチに印をつけます。そこのベンチは時間制で座席券を売りましょう」


 売り子は孤児や、体が不自由な人たちが順番に行うことになった。


「高台まで登ってくると、喉が渇きます。水や飲み物を売りましょう。食べ物もですよ」


 屋台が作られ、設置された。


「歩いて登ってくるのが大変な人むけに、荷馬車を往復させましょう」


 年老いて食肉行き寸前だったロバや馬が役目についた。馬車の操縦ぐらいならできる、老人たちがいそいそと荷馬車を操る。


「幸せの王子様を、いつもキレイにするのは子どもたちの仕事ですよ」


 神のご加護か、すぐに美しい花が咲き誇る。子どもたちが、花輪や花冠を作って、幸せの王子にかぶせた。もちろん時給が支払われる。


 売上げの管理、賃金や税金の支払いなどは、破産寸前の税理士に任される。不正ができないがため、うだつが上がらなかった男が、やっと報われた。


「人が増えると、ゴミが増えます」


 職のない者たちが、ゴミ拾いと、高台の下までゴミを運ぶ仕事を得た。



 高台にポツンと立ち、ひとり島を見下ろしていた幸せの王子。友達は鳥だけだった幸せの王子。今は、いつも人に囲まれている。


「どうでしょう。もう、あなたの瞳をお返ししてもよろしいですか?」


 パッパはポケットから、虹色石を取り出した。ツバメがくわえ、飛び上がり、幸せの王子の目に埋める。


 ポタポタポタポタ 幸せの王子の両目から、水があふれだす。


「あなたはモルタナ島の誇りです。いつも美しく、幸せでいてくださいよ。困ったら、パッパを呼んでください。ツバメが居場所を知っています」



 パッパは大量のお土産を購入し、モルタナ島を発った。早く、ミランダに会いたい。



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― 新着の感想 ―
[良い点] いつも楽しく読ませていただいています。 このところの童話のお話シリーズの解釈がオリジナリティ溢れていておもしろいし幸せなのはいいなあ、と思っていましたが、特に今日のお話はミリーとパッパ(ち…
[良い点] 泣いた(´;ω;`) パッパ結婚してーーーー!!アッ超美人でラブラブな嫁いた… パッパが通った後は、幸せな人しか残りませんね。 [一言] 当方、税理士事務所で勤務しておりますが、お客様か…
[良い点] やっぱりパッパ大好き!
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