219.手紙
ルイーゼは、王宮の鳥便係から小包みを受け取った。いつもは小さな小さな手紙なのに、今日は小包みで驚いた。大きな鳥が運んできたのだろうか。ルイーゼは、はやる気持ちをおさえて、注意深く封を開ける。
=====
愛しいルイーゼ
元気にしているだろうか。ヴェルニュスは驚くほど自由だ。私が何をしようが、驚く者も、止める者もいない。この間、チーズを歩きながら食べてみた。おいしかったよ。王都でそんなことをしたら、侍従たちが卒倒してしまうだろうね。ここでは、『あら殿下、お腹がすいていらっしゃるのですね。焼き立てのパンもありますよ』と渡される。
狩りの腕も随分上達した。次回王都に戻ったとき狩りをして、獲物をルイーゼに捧げよう。早く会いたい。側近たちの妻が妊娠中だから、まだ当分帰れない。ルイーゼが遊びに来てくれるといいのだが。
ルーカスが実に愛らしいよ。どうだい、気が惹かれないかい?
狩りをするのに邪魔だから、髪を切った。ルイーゼに持っていてもらいたい。ルイーゼの髪も、ひと房もらえないだろうか。
ヨアヒム
=====
ルイーゼは手紙を大切にたたむ。小包みの中から、艶やかな三つ編みを出して、口づける。
「ヨアヒム様」
ルイーゼは窓を開けて空を眺めた。彼もこの空を見ているかしら。ルイーゼはしばらくボウっとひたっていたが、ハッと気づいて頭を振った。
返事を書いて、髪を送らなければ。送るよりも、持って行こうかしら。だったら、向こうで髪を切ればいいわよね。
「お父様とお母様に相談してみましょう」
ルイーゼは、王宮の私室から出て、足早に出口に向かう。
「次は誰と一緒に、ヴェルニュスに行こうかしら」
ルイーゼはウキウキしながら軽やかに足を進める。
***
ルティアンナは至福の時を過ごしている。仲の良いご令嬢と共に、見目麗しい殿方と庭園でお茶会なのだ。とにかく、色んな男性と知り合い、恋の駆け引きを楽しみたい。
ルティアンナは自身の美貌と地位を最大限に活用している。
フフフ 可憐に微笑んだとき、ルティアンナの頬に影が落ちた。
「まあ、ワシが来たわ。ラウルかしら」
疲れているであろうワシを、ずっと待たせるわけにはいかない。
「わたくし、少し失礼しますわ」
ルティアンナは庭の隅に向かった。お茶会の人たちから見えないことを確認した上で、さっと腕を掲げる。
ワシがシュッと、ルティアンナの腕に降りる。
ルティアンナは慣れた手つきで、ワシの足についた筒を開けると、小さな手紙を取り出した。
「さあ、お食べなさい。ご苦労だったわね。今日はゆっくり休むのよ」
侍女がつかまえてきたヘビをワシに与えると、ルティアンナは手紙を広げる。
『ハリーにずっと側にいてほしい。亀姫とハリーの奪い合いになるかもしれない。どうしよう』
「知らんがな」
思わず心の声が出てしまった。ルティアンナはため息を吐く。
「ハリーってミリー様の弟ね。ジェイムズには会ったけれど、ハリーには会っていないわ。きっとジェイムズとそっくりね」
それなら、強く朗らかな少年なのだろう。
「まったくあの子ったら。恋より友情なのね」
イヴァンしか頼る者のいなかったラウルに、今はたくさんの友人がいる。そのことが、ルティアンナには嬉しい。
「亀姫にも王都に来てもらえばいいだけだと思うけれど。亀姫ねえ。すごい名前だわ。まさか、本物の亀ってことはないと思うけれど」
その、まさかである。
***
アルフレッドは鳥便の手紙を受け取り、ため息を吐いた。ミュリエルは心配そうにアルフレッドを見る。
「悪いしらせ?」
「いや、父上と母上と兄上から、ルーカスの新しい姿絵を催促された」
「また? ついこの前送ったばっかりだよね」
ミュリエルは目を丸くする。
「赤子の成長は早いから、毎日でも送ってほしいそうだ」
「ええー、さすがにユーラに悪いよ」
「そうだな。週に一回で勘弁してもらおう」
ユーラは酷使されまくって、やつれ気味だ。これ以上は、無理だろう。
「これ以上を望むなら、王都からルーカス専属の絵師でも寄越してもらおうか」
「それいいかもー。ユーラもそろそろ、ルーカス以外を描きたいと思う」
「では、兄上に頼んでみる」
そのことをユーラに伝えると、ユーラはホッとした表情を見せた。
「ありがとうございます。実は、彫刻に取り掛かりたいと思っていたのです。ミリー様とアル様の像が好評です。デイヴィッドの像は人気がとんでもないことになっていますし」
「ああ」
ミュリエルは遠い目をした。あられもない格好をしたデイヴィッド像。顔はなく、体だけ。ひっそりと隠されたその像を見るには、特別な手続きがいる。
ヴェルニュスにはない技術や知識を、領主夫妻に伝えること。
これまでに、様々な知恵が伝授された。まずはミュリエルとアルフレッドが概要を聞き、誰に伝えるか決める。高度すぎること、情報価値が高いものは、領主夫妻だけにとどめられた。
ガラスの新しい製法は職人へ。図解いり解剖図はナディアと軍医が狂喜した。斬新な井戸の作り方は、王宮の役員と、どのようにどこに広めていくか話し合いがなされている。
「とんでもなく貴重な情報と引き換えにしてまで、見たいんだねえ」
ミュリエルはビックリだ。
「デイヴィッドが帰ってきたら、たっぷりお礼をしないと」
「デイヴィッド像のおかげで、私の評判がさらに高まりまして。彫刻の注文がきているのです。そろそろ手をつけたいと思っていました」
ユーラは、落ちくぼんだ目をして言っている。
「その前に、少し温泉でも入ってのんびりしてね」
ヴェルニュスの職人たちは、働きすぎだ。ミュリエルは心配なのだ。
***
ヴェルニュスでユーラが彫刻の構想を練り始めたとき、鳥便の鳥たちは困っていた。
小さな港町に、優しすぎる彫刻が置かれているのだ。その名も、幸せの王子。




