214.試さないことには
「何それ、怪しいにもほどがある。やめときな、ニーナ」
イシパは大反対。でも、ニーナはどうしても、どうしても行きたいのだ。
「お願い、イシパ。そこに行ったら、ありがたいお告げが聞けるんだって。それを聞いたら、両想いになれるんだって」
「ニーナ、そういうの、他力本願って言うんだぞ」
「分かってるけど。でも色々やっても、ちっともクルトは振り向いてくれない。私のこと、子どもだと思ってる。何度も、十七歳って言ったのに」
「薬でも飲ませて、押し倒すか?」
「私、そんなことできない」
「だよなあ。押し倒すまで私がやって、そのあと交代するか?」
「私、そんなことできない」
「だよなあ」
イシパは困った。ニーナを助けてあげたい。でも、力技しか思い浮かばない。
「もう一回、イバラの城を作ってやろうか? そこでニーナが眠りについて、それをクルトが口づけで起こすんだ」
「それ、全部イシパの力だよね。それこそ他力本願じゃない」
小さなニーナが、大きなイシパを追い詰める。イシパはたじろいだ。
「私も行って、ありがたいお告げとやらを一緒に聞いてやる」
「ひとりで行かなきゃ、出てこないんだって。恋愛の神様」
「なんじゃそりゃ。そんな話、聞いたことないぞ」
「井戸のそばに住んでるおばあさん、それで大昔におじいさんと両想いになったんだって」
「だー、分かったよ。行っておいで。ただし、呪符を持っていきなさい」
イシパは紙にサラサラと何かの呪文を書いた。フウーッとイシパが息を吹きかけると、文字はシュルッと消えていく。
「いいか、怖い、危ない、イシパ助けてって思ったら、迷わずこの呪符を投げるんだ。必ず助けにいく」
「イシパ、ありがとう。私、がんばってくるね」
ニーナは三枚の呪符をしっかりと服の内ポケットにしまう。
ニーナは男性たちに、特にクルトに見つからないように、こそこそと宿を出た。
「まずは井戸まで行って、おばあさんの家の裏に回って、森に通じる小道を歩く。教えて教えて、恋愛の神様。そう唱えれば出てくるはず」
ニーナはドキドキしながら、おばあさんに言われた通り、薄暗い小道をサクサクと歩く。
「来たね。若い娘は久しぶりだ」
「娘ってか、子どもじゃないか」
「どこ見てんだ、ちゃんと娘だ」
「むむむむ、娘です。十七歳です。教えて教えて、恋愛の神様」
ウエッヘッヘ お世辞にもお上品とは言えない笑い声があたりに響く。
「聞いたか、恋愛の神様だって」
「あたいら合わせて、離婚回数」
「十回以上だってのに、ねえー」
「ということは、まさに達人と言ってもいいのでは?」
グアッハッハ 高笑いが木々の葉っぱを揺らす。
「おいで、娘っ子。教えてやる」
「恋愛の秘訣ってやらをさあー」
「そんなものありゃしないけど」
「えっ」
すっとんきょうな声を上げたニーナを、三人のばあさんがかっさらった。風のように早く、ニーナは運ばれる。ニーナは目をつぶって無心で耐えた。ニーナが目を開けたとき、ニーナは小さな部屋の中で、椅子に座らされていた。テーブルの上には湯気を立てたお茶。
「さあ、まずはお茶をお飲みよ」
「さあ言ってみな、思いの丈を」
「もうやめたい、このしゃべり」
「あ、あの、普通にしゃべってください」
ニーナはお茶のカップを両手で持って、強目に言った。
三人のばあさんはニッコリ笑う。
「この方が感じが出るかと思ってさ。ちょっと無理しちまった」
「若い娘っ子が来るのは久しぶりだからねえ。今どき、奇特な子がいたもんだ」
「それで、どうなの。押しても引いてもうまく行かないってか?」
三人のばあさんは、ニーナの顔を色んな角度からジロジロ見る。
「はい、そうなんです。すっかり保護者扱いで、ちっとも女として見てもらえません」
三ばあはニーナの胸元で視線を止め、さっとそらした。
「なくても気にしない男はいる。大丈夫」
ばあさんは怪しげな色のクッキーを差し出した。ニーナはクッキーを一枚取って、モソモソと食べる。
「あのね、わざわざ来てもらってあれなんだけどさあ。ないんだよ、恋愛の秘訣なんて」
「ええっ」
「いやさあ、適当なこと言ってもいいよ。例えば、さしすせそで相槌打てとかね」
「さすがですー、知らなかったー、すっごーい、背がたかーい、そうなんですねー、だ」
ばあさんが甲高い声でクネクネしながら言う。ニーナはクッキーを吹き出しそうになって、慌ててお茶を飲んだ。
「こんなの言わなくても、若い娘はじっと目を見れば大体いける」
「三十越えると、そうもいかんけどな」
「ともかくだ。好きかどうか、合うか合わないかなんて、始めてみないとわからんのよ」
「つ、つまり?」
「ドーンと告白しろ。ダメなら、次行け。以上だ」
「そんなあ」
ニーナは机の上にヘナヘナと頭を乗せる。
「せっかく来たのに」
「そう、ひとりでよく来たな」
「あんなうさんくさい与太話を信じて、たったひとりで」
「根性あるじゃないか。もう一度、根性出して、告白しろ。相手が誤解したり、聞き漏らしたりしないように。真ん前で、デカい声で、ハッキリ言え。好きです、つきあって。以上だ」
「ええー」
ニーナは頭を抱えた。
「お代は、そのご利益ありそうな三枚の呪符で十分だ」
「ありがとうな」
「ダメだったら、泣けばいい。聞いてやるよ」
三ばあは、ニーナの内ポケットから呪符をさっと抜き取った。ひとり一枚ずつ持ち、大事そうに腹巻きの中にしまう。
「さあ、送っていってやる。で、きっちり見守ってやる」
「フラれたら、酒場で飲もう」
「この素敵な呪符を作ったお方も一緒に」
ニーナはまた、三ばあに運ばれ、宿に戻ってきた。三ばあは、宿の前で腕組みをして立っているイシパの前に、そっとニーナを置く。
「ありがたやありがたや」
「空の娘に会えるなんて」
「もう一回、結婚するか」
三ばあはイシパを拝みながら、宿に入り、クルトを連れて降りてきた。三ばあは、イシパの隣に整列して、じっとニーナを見る。ニーナはやけっぱちになった。
「クルト、私は子どもじゃない。十七歳。好きです、つきあって」
ニーナはヤケクソで叫んだ。
「あっ」
クルトは目を見開いてニーナを凝視する。
三ばあとイシパは微動だにせず、気配を殺す。
「お、俺は。俺は」
クルトはニーナを見たまま、言葉を探す。
「まだニーナのこと、そんな目で見れないけど。でも、一緒にいたいと思うから。もう少しだけ時間くれないかな」
「分かった」
ニーナは涙目になってうなずく。
「待つってどれくらいですかー」
ばあさんが手を上げて質問する。
「えっ、い、いち」
「一日でお願いしまーす」
「一か月も女の気持ちもて遊ぶとか言わないよねえ」
「待ってる間にも女の売り時は消えていくんだからねえ」
「ていうか、とりあえずつき合ってから考えればいいと思いまーす」
「ダメなら別れればいいし」
ばあさんたちは、たたみかける。
「そ、そうなのかな。じゃあ、試しにつき合ってみようか」
「はい」
わあああああ 宿の周りで注目していた通行人から、歓声が上がる。
ニーナの片思いは、ドタバタのうちに実を結んだ。
「あとは若いふたりに任せて」
「さあ、飲みに行きましょう」
「空の娘と飲めるなんてねえ」
三ばあは強引にイシパを連れて、酒場に消えていった。クルトはしばらく手を開いたり閉じたりしていたが、オズオズとニーナの手を取った。
「散歩でも行こうか」
「うん」
もう、親娘には見えないふたりは、照れながらゆっくり歩いていく。
甘ずっぱい空気が辺りに漂う。街の人たちは、ホンワカとした気持ちで家路についた。
それからしばらく、三ばあの元をひっきりなしに女性が訪れたそうな。




