212.KYな女
クロが森の中で行き倒れている男を見つけた。
「おじさん、どうしたの?」
「ううー、バラー、バラー」
「お腹空いてるのかな? 腹ー腹ーって言ってるみたい」
ジェイムズは男の口元に耳を寄せる。モゴモゴ言っていて、よく聞き取れない。
そのとき、急に空がくもり、ゴロゴロゴロゴロと鳴り始めた。デイヴィッドは空を見上げる。
「雨が降りそうだ。どこかで雨宿りしよう」
「あそこにお城があるよ」
「見るからに怪しいな」
イシパは顔をしかめる。
「いざとなったら、私が潰すけど、油断するなよ」
「はーい」
行き倒れの男を、気をつけて荷馬車に乗せる。雨を気にしつつ、男をあまり揺らさないよう、ゆっくりと城に向かった。
そびえたつ陰気な城。ジェイムズは門についている獅子の門環を、ガイーンと鳴らした。
「すみませーん。旅の者でーす。雨宿りさせてくださーい」
ジェイムズは大声を張り上げた。門環のガイーンとジェイムズの声が、城の中で反響しているのが聞こえる。
しばらく待ったが、誰も答えない。
「留守かなー」
「罠かも。何か、どんよりとした雰囲気を感じる」
イシパは言った。
「とりあえず、雨宿りだけさせてもらおうよ」
「そうだな。滞在費を置いていけばいいだろう」
ジェイムズとデイヴィッドの言葉に、イシパは渋々頷いた。行き倒れの男を中に運びこむと、急に部屋のロウソクが次々と灯る。
「うわー、どなたか知らないけど、ありがとう」
「滞在費はきちんと払います」
ジェイムズとデイヴィッドは、見えない誰かにきっちりお礼を言う。
そうこうしているうちに、行き倒れの男が目を覚ました。
「バラー、はっ、ここはどこだ」
「おじさん、大丈夫? 森で倒れてたんだよ。雨が降りそうだから、お城に入れてもらったところ」
バターン 突然奥の扉が開き、肉の焼けるいい匂いが漂ってきた。
グウゥゥゥゥ 男の腹が鳴る。
行ってみると、大きな机にたくさんのご馳走が。
「うわー、ご馳走だね。食べていいのかなあ? 食べてもいいですかー?」
ジェイムズは叫ぶが、誰からも返事はない。
「食費はきちんと払います」
デイヴィッドもキリッと言った。
「返事はないけど、毒の気配はないから、いただこうか」
イシパが言ったので、みんなイソイソと食べ始める。
「おいしいね」
「不法侵入、無銭飲食なのが、気がかりだが。とりあえず、金貨を置いておこう」
デイヴィッドは金貨の袋を暖炉の上に置く。
「おじさん、もう元気になった? 腹ー腹ーって言ってたけど。お腹減ってたんだよね?」
行き倒れの男は、しばらくジェイムズを見つめていたが、ああ、という表情になった。
「バラです。花のバラを探し求めて、さまよっていたのです」
ウォルターというその男は、話を始めた。話を聞いて、イシパは不思議そうにしている。
「つまりあれか。ウォルターは商人で、難破したと思っていた商会の船が見つかったから、荷物を引き取りに行ったと」
「はい、おかげさまで破産を免れました。荷物は街で金に換えました」
「それで子どもたちにお土産を買ったと。ドレスや帽子はすぐ買えたけど、末娘の望んだバラの花だけ見つからないと」
「はい、微妙にバラの季節ではなかったようで」
困り顔のウォルターに、イシパが少し呆れたように言う。
「そうだろうな。というか、バラを土産に頼むって難易度が高すぎないか? 街で買ったら、帰るまでにしおれるだろう? かといって、家の近所で買ったら、お土産にならない。その末娘、少し頭が悪いのでは?」
「うっ。ベラは気立のいい優しい子なのです。確かに、少し、空気を読めないところはありますが。花が好きな、純粋な子なのです」
「まあなあ。バカな子ほどカワイイとも言うしなあ。でも、バラは難しいと思うぞ」
そのとき、机の上の花瓶にバラが咲いた。
「こ、これは。バラをいただいても、よろしいでしょうか?」
ウォルターは大きな声で問いかける。やはり何の反応もない。
「代金を払えばいいのではないか?」
デイヴィッドの言葉に、ウォルターは銀貨を一枚、花瓶の隣に置く。
「では、バラが枯れる前に急いで家に向かいます。よければ皆さんもぜひ」
「では、そうしますか。お城のご主人、お世話になりました。暖炉の上に食費と滞在費を置いています。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
一同全員、大きな声で言い、現れない主人に頭を下げる。
スッキリした気分で、一行が出口に向かうと、一陣の風と共に、ロウソクの火が消えた。
「ちょっと待てーい。勝手に入って、ご馳走を食べた上に、バラを持っていくと言うのか」
小山のような巨大な何かが現れ、地の底から響くような声を出す。
「ええー、何回も聞いたじゃーん」
「お金も払ったが」
ジェイムズとデイヴィッドは驚きながらも、言い返す。ウォルターは真っ青になって、ジェイムズの後ろに隠れた。
「ええーい、やかましい。娘を差し出せば、許してやる」
「まさかとは思うが、私のことか?」
イシパがすごむと、小山は少したじろいだ。
「おま、あなたではありません。ウォルターのベラ。美人で純粋と評判なベラ」
「お断りだ」
イシパが小山の首をガッとつかみ、持ち上げる。
「ううううう、嫁が嫁が欲しい。俺を愛してくれる嫁がー」
小山はブラブラされながら、泣き出した。
「だったら、最初から正々堂々とそう言えばいいだろう。騙し討ちみたいな真似はやめろ、卑怯だぞ」
「だって、俺は醜い野獣。誰も俺なんかを好きになってくれっこない」
パサリ 小山の頭からマントが落ち、獅子の顔が現れる。
「あ、大丈夫かもしれません。ベラは大の動物好きなので」
ウォルターがポンっと手を打つ。
「マージー」
ジェイムズと野獣が叫んだ。
割と、マジだった。可憐で清らかで、ちょっと空気の読めないベラは、そのままの野獣を愛した。
「呪いがとければ、結構いい顔なのだが」
「いいの、そのままがいいの」
「ホントー」
野獣とジェイムズがのけぞる。
「本気の本当です。獅子と結婚できるなんて、夢みたい」
ベラはウットリと、野獣のたてがみをなでる。ベラと野獣はいつまでも幸せに暮らしましたとさ。
「できすぎー」
目をむくジェイムズの頭を、イシパとデイヴィッドがポンポンと叩いた。
「人の好みは様々だ。そのうちジェイにも、そういう相手が現れるよ」
「うーん」
にわかには信じられないジェイムズであった。
気分を害された方がいらっしゃったら、ごめんなさい。
最近フランス版、レア・セドゥ主演のを見ました。
強くて、割とずっと仏頂面のヒロインが素敵でした。
エマ・ワトソン版は未見なのですが、アマプラで無料になったら見ます。




