210.心境の変化
王家なんてクソくらえ。それが正直な気持ちだ。剣聖だなんて呼ばれてチヤホヤされているが、聖人なんてものじゃない。殺して殺して殺しまくって、ただ生き残っただけ。
しがない男爵家の生まれだが、剣の才能があった。そして、貪欲に生き抜く根性があった。正々堂々なんて犬のエサにもなりゃしない。忠誠心、騎士道精神、バカらしくて反吐がでる。
死んだら終わり。歴史が物語ってる。美しく真っ当に主人を守って、儚く消えても、そんな事実は一瞬で消される。勝者が語ることが全て。
勝ち馬をかぎ分け、柔軟に乗りかえる。ついたあだ名はコウモリだ。コウモリ上等、勝ち続けた今、俺をコウモリと呼ぶ奴は誰も残っていない。
今では剣聖と呼ばれ、陞爵し続け、伯爵にまでなった。弟子にも恵まれた。どいつもこいつも、頭は悪い。でも生き残る腕はピカイチだ。
バカな弟子の中でも、群を抜いて頭の悪かったエドワード。俺の言うことには愚直に従う。
「考えるのは師匠に任せますよ。俺は言われたことをただやるだけです」
「ラウル殿下を守る。次の王はラウル殿下だ」
「見えましたか?」
「見えた。ラウル殿下が勝つ」
俺の才能。どっちが勝つか、なんとなく分かる。ラウル殿下が生まれたとき、ゾワゾワした。伝手を使いまくって、会わせてもらった。そのとき見えた。この赤子が次の王だと。
当時はまだ王太子だったダビド殿下に直訴し、それ以来、ラウル殿下の護衛をしている。俺の弟子も総動員して、ラウル殿下を守って来た。汚い言葉使いは封印し、貴族としての立ち振る舞いをし、侍従の仕事も覚えた。
エドワードは、貴族としての立ち振る舞いができない。素直すぎるし、不器用だ。
「領地に戻り、時を待て。王都にいると、お前は生き残れないだろう」
「師匠、師匠と離れたら、俺はどうやって生きていけばいいか分かりません」
捨てられた犬みたいに、エドワードがすがりつく。
「誰か頭のいいヤツはいないのか。家族とか、部下とか」
「領地にいたときは、妹になんでもやってもらってました」
「なら、妹に考えてもらえ。とにかく、ラウル殿下が王太子になるまで、領地に引っ込んでろ」
そう言って、領地に追いやったのだ。やっと、ラウル殿下をお連れすることができた。エドワードは相変わらずバカだったが。同じぐらいバカな子どもを、きっちり育てていた。親子でラウル殿下につき従うつもりのようだ。
それもいいだろう。ラウル殿下の勝ちは、まだ揺るぎが見えない。俺もそろそろ、いつ死んでもおかしくない年だ。ラウル殿下と心中してもいい気持ちにもなってきた。十二年、同じ主人に十二年だ。信じられない。コウモリの俺でも情ぐらいある。
願わくば、ラウル殿下の勝ちが永遠でありますように。
***
「ラウル殿下は、ハリーのどこを気に入ったの? 石投げがうまいから?」
「えー知らないよ。そんなのラウルに聞いてよ。ていうか、君たちはなんで、ラウルの側近になりたいの? 今まで会ったことないんだよね?」
「ラウル殿下につけば生き残れるって、剣聖が言ったんだって。だから、ラウル殿下の側近になりたいの」
長女は大真面目に告げる。
「だって、死にたくないもん」
「そっかー、そりゃそうだ。がんばってね」
ハリソンは、とても納得できた。死にたくないって、すごくよく分かる。死んだらおいしいごはんが食べられない。せっかくお菓子も食べられるようになったのに。もったいない。
五人の子どもは、ラウルをワッと取り囲んだ。ハリソンとガイの目から見ても、とても無礼だけど、ラウルは諦めているようだ。
「ラウル殿下は、ハリーのどこが気に入ったのですか? 私たちに足りないものはなんですか?」
「うむ、ハリーはな、余の敬愛するミリーお姉さまの弟だ。その上、余に狩りを教えてくれた。そして、一緒に遊んでくれた。余は遊んだことがなかったから。まあ、ハリーは情け容赦なく、余を負かすのだがな」
「どんな遊びですか?」
「オオカミと羊、目隠しオオカミごっこ、輪投げ、石蹴り、色々だ。ハリーとウィリーはひどいぞ。初めての余にも、手加減しない。余が無様に負けたら、ゲラゲラ笑う」
ラウルは少しじっとりした目でハリソンを見つめた。ハリソンはエヘヘと笑ってごまかしている。
「セファというアッテルマン帝国の王族が来てからは、余は最下位を免れた。それまでは、負けっぱなしだ。挫折を味わうのはいいことらしいが。なかなか情けなかったぞ」
「では、一緒に遊びましょう」
五人は意気揚々とラウルを誘う。つまり、遊びでラウルをコテンパンに負かせばいいのだろう。五人はそう理解した。
結果、五人はハリソンにめったうちにされた。ハリソンはラウルにじっとり見られたことを気にして、ラウルをかばいつつ、五人を叩きのめすことにしたのだ。
「いやー、昔の師匠を思い出しますね。実に汚い」
「無慈悲だな」
エドワードとガイは、感心しながら見学している。イヴァンは、なんとしてでもハリソンに側近になってもらいたいと強く思った。殿下専用の動物係、医者、獣医、道化師、ハリソンが望むならどんな役職でも作ろう。色々策を巡らすが、
「いや、ただ、友人としてそばにいてもらえることが一番だな」
イヴァンのつぶやきに、ガイが小さく頷いた。
「そうですね。最も難しいことでしょうが」
「旅を続けよう。共に過ごす時間が多ければ多いほどいい」
忠誠心なんてカケラもなかったイヴァンが、命をかけて守りたいと思うようになったラウル。ハリソンもいずれそうなるかもしれない。イヴァンとガイは希望を胸に、少年たちの遊びを見守った。




