21.魔牛襲来
とりあえず顔合わせに来ただけで、アルフレッドはすぐ王都に戻るであろうと思っていた。ところが、アルフレッドはそのままここに住むつもりらしい。家族は大慌てだ。
「新しい屋敷を作った方がいいよね」
「そうだな、いつまでも客室にいていただくわけには」
「でも、時間かかるよ」
家族の心配をよそに、アルフレッドは客室で十分という。
えええー気を遣ってくつろげない。皆の心の声が漏れている。
「もしくは適当な空き家があればそこでいいですよ。野営に比べればなんてことはない」
実に話の分かる王族である。すみやかに、それなりの空き家を突貫工事で整えた。
「でも、食事はここで一緒にさせてください」
アルフレッドの言葉は当然のこととして受け止められる。
「ある程度の食糧も持ってきました。なにせ人数が多いですからね。必要なものは侍従のジャックとマシューにお伝えください。王都から取り寄せます」
ジャックがずっしりとした袋をロバートに渡す。
「持参金はまだお渡しできませんが、ひとまずの滞在費です。足りなければ遠慮なく言ってください」
ロバートは袋の重さにおののいた。これだけの銀貨があれば、冬支度もなんとかなる。急に増えた人数の冬支度のやりくりに、頭を悩ませていたロバートは密かに安堵の息を吐く。
のちに金庫に入れる際、中身を検めたロバートは、金貨であることを知り意識が遠くなった。王家、税金をこんなに我が領地へ注ぎ込んでいいのか。
まあ、いいか。冬になる前に城壁を強化し、アルフレッドや同行者の住居も整えなくてはならない。金はいくらあっても助かる。
弟のギルバートに隣の領地に買い出しに行かせるか。もう少しいい食事にしないと、殿下が痩せてしまうしな。
ドタバタしながらも、アルフレッドのいる風景が普通になってきた頃、事件が起こった。
***
カーンカーンカーン
ブオーーーーーン
見張り台からの鐘と角笛による合図が領内に響いた。
「魔牛の群れの合図! アルは屋敷で待ってて」
「ミリー、僕も一緒に行く」
ミリーはためらった。
「城壁から絶対に外に出ないって約束してくれる?」
「約束する」
ふたりは城壁に向かってひた走る。城壁前には戦える者が男女問わず集まっている。弓と剣を装備したロバートが、アルフレッドを見て目をむいた。怒鳴るように叫ぶ。
「アルは護衛と共に見張り台へ。あそこなら安全です」
アルフレッドはミュリエルをギュッと抱きしめると、大人しく城壁から少し内側にある見張り台に登っていく。
ロバートはミュリエルに石投げスリングを渡す。
城壁の見張り台からじいさんが叫ぶ。
「南から魔牛、二十!」
「おうっ」
「投石機の準備! 投石隊は城壁の上へ!」
ロバートが叫ぶ。
城壁近くの小屋から大きな投石機が三台、ゴロゴロと引っ張り出される。子どもたちが、巨石を乗せた荷車を何台も押してくる。女たちが投石機の近くに待機した。
城壁に駆け登ったミュリエルたちは、土ぼこりを見据える。
ロバートが拳を上げて叫ぶ。
「石を、肉をーーーーー!!」
領民全員が拳を突き上げて叫ぶ。
「石を、肉をーーーーー!!!!」
ミュリエルの鼓膜はビリビリ震えた。
「投石機、用意───放て!」
ロバートの合図で巨石が放たれる。土ぼこりが割れた。
「左右、十度開け、用意────放て!」
土ぼこりが徐々に近づいてくる。地響きで城壁から小石がパラパラ落ちた。
「残り、八!」
見張り台から叫び声。
「投石隊、用意─────放て!」
ミュリエルは先頭の魔牛に石を放った。ミュリエルの石は魔牛の右目を潰す。
「投石隊、用意─────放て!」
ミュリエルは左目を潰した。それでもまだ魔牛は走り続ける。
ダーーン
残った魔牛、三頭が城門に体当たりする。
ロバートが上から次々と矢を放つ。二頭は倒れたが、ミュリエルが両目を潰した一頭は唸りながら体当たりを繰り返す。
ミシリ 城門が音を立てる。
ロバートは剣を構えた。
「私が行く」
ロバートはミュリエルを見すえる。
「アルに魔牛を食べさせると約束した」
ロバートは一瞬ためらったのち剣を渡す。
「森の娘ミュリエル。お前の力を示せ」
「はいっ」
ミュリエルは城壁の上を走ると一気に飛び、落ちる勢いで剣を魔獣の首に突き刺した。剣に体重を乗せて、暴れる魔獣にしがみつく。ミュリエルは剣を握ったまま逆立ちする。反動をつけて体を落とし、魔獣の首を切りとった。
城壁から歓声が上がるが、ミュリエルは止まらない。ひたすら駆けて、次々と魔牛にとどめを刺す。最後の一頭を殺すと、ミュリエルは高々と剣を空に掲げた。
「肉ーーーー!!!」
「うおぉぉぉぉ、肉ー、肉ー、肉ーーーー!!!」
領内から肉の雄叫びが上がる。ミュリエルはゆっくりと城壁まで戻ると、両目を潰した魔牛の角を一本切り取った。魔牛の毛で丁寧に剣をぬぐうと、開かれた城門から中へ入る。
ミュリエルは領民に肩や背中を叩かれながら進んでいく。人混みの向こう側に、青ざめたアルフレッドの姿が見えた。
ミュリエルはアルフレッドの前まで行くと、跪いて魔牛の角を掲げる。
「石の民、森の娘ミュリエル。魔剣での初の獲物を、アルフレッドに捧げます」
アルフレッドはこわばった顔で血まみれの角を受け取る。
領内がもう一度歓声で沸いた。アルフレッドが何か言う。周りがうるさすぎて聞こえない。
アルフレッドが膝をついてミュリエルを抱きしめる。
「無事でよかった。もうしないでほしい」
「それは……無理だよ、アル。私は石投げの民で、森の娘だ。最前線で戦うのが使命だもの」
震えるアルフレッドの背中をミュリエルは優しく撫でる。アルフレッドはミュリエルを抱きしめる腕に力を込めた。