206.そこつな姫
ラウルたちは、森の中ですすり泣く声を耳にした。行ってみると、さめざめと泣いているのは、小人だった。ラウルの膝ぐらいまでしかなさそうな、小さな人たち。
「おや、ドワーフが我が国にいるとは思わなんだ。皆、何を泣いておる」
長いヒゲをはやしたドワーフのおじいさんたちは、ラウルたちを見て、口々に言い募る。
「おお、旅の人。聞いてくだされ。我らのかわいい姫が死んでしまった」
「気立てのよく、優しい働き者だった」
「ちょっと抜けてるところもあったが」
「それがまたよかったのに」
そう言い合いながら、ラウルたちを庭の奥に案内する。
「これが白雪姫です」
ガラスの棺に入れられた、それは美しい黒髪の少女。ラウルはハッと息を呑んで、棺に駆け寄る。
「姉上、姉上なのですか?」
イヴァンがそっとラウルに声をかける。
「殿下、違います。どの王女殿下でもありません」
「お、おお、そうか。姫というから、てっきり姉上のどれかかと思った」
「おそらく、領主の娘を、姫様と呼んでいるようなものかと」
ハリソンも近寄って、しげしげと見つめる。
「本当に死んでるの? なんか、生きてるみたいに見えるけど。寝てるだけじゃないの?」
「白雪姫は、継母にずっと命を狙われていたのです。我らが留守の間に、毒リンゴを食べさせられたようで。毒リンゴを持って倒れていたのです」
「息はしておりませんでした」
「ちょっと確かめてもいい?」
ハリソンはドワーフたちの許可を取ると、棺の蓋を持ち上げた。慎重に白雪姫の口の中に、海ブドウを押し込む。
ゴフッ 白雪姫が咳き込んだ。
「生きてた」
「生き返ったー」
「奇跡」
ドワーフたちは、歓声を上げながら、ハリソンと白雪姫の周りをグルグル踊る。
「ありがとう、王子様」
白雪姫がハリソンの手を取る。ハリソンはドギマギしながら、首をプルプル振る。
「僕、王子様じゃない。しがない男爵家の次男」
「あら」
白雪姫は目をパチパチさせると、ニッコリと微笑み、ラウルの手を握る。
「ありがとう、王子様」
「うむ、王子ではあるが。そなたを助けたのは、ハリソンだ」
「あら」
白雪姫はふたりの少年の間で視線を動かす。
「せっかくだから、皆で茶でも飲もうではないか」
「僕、何か狩ってくるねー」
ハリソンはさっさと犬にまたがって走り去った。
ドワーフたちがお茶を用意し、ガイが焚き火を起こす。ハリソンがウサギをいくつか持って帰ってきた。
「ちょっとさばいてくるね」
「ありがとう。あそこに井戸があるでな」
「はーい」
お茶を飲みながら、串肉を食べる。話題は、なぜ白雪姫が、ほぼ死んだのかだ。
「老婆がリンゴをくれたのです」
「知らない人とは話しちゃダメだって言ってただろうが」
「だって、退屈だったのだもの」
白雪姫はプーっと膨れる。
「知らない人から食べ物をもらってはダメだろ」
「だって、おいしそうだったのだもの」
白雪姫は口をとがらせる。ラウルは口をはさんだ。
「白雪姫、そなた、いくつだ?」
「十四歳です」
「十四にしては、幼すぎぬか? 言動が、モノを知らぬ幼子のようだぞ。余は十二、ハリソンは十三だ。もう少し、世の中の道理をわきまえる方がよいぞ」
白雪姫はワッと泣き出した。
「お城に帰りたい」
「そなた、先ほど言っておったではないか。継母がそなたを殺そうとしていると。のこのこ帰ったら瞬殺だぞ」
白雪姫はシクシクしながら、イヤイヤと体を揺する。
「それに、そなたの父は、後妻をいさめられず、みすみす娘を危ない目に合わせておる。端的に言って無能の極みだ。城に戻ったところで、よいことはないであろう」
イヴァンは、そろそろラウルを止めるべきか逡巡する。もう少し、歯にきぬを着せてもいいんじゃないかなあ。
「だったら、私はどうすれば」
「簡単なこと。今まで通りここで暮らせばよい。ただし、もっと働くのだぞ」
「働く」
白雪姫はポカーンと口を開けた。
「そうだ。家事だけではなく、何か手に職をつければよい。ドワーフたちは、鉱山で宝石を掘っておるのだろう? その宝石を加工して、装身具を作ればいいではないか」
「手に職」
白雪姫は真っ白で柔らかな手をじっと見る。
「いつまでも居候だけではよくない。そなたの食い扶持ぐらいは稼げるようになればよい。そうすれば、どこでも生きていけるぞ」
白雪姫は少しうつむき、ラウルを見上げる。
「あの、私と結婚していただいたりなんて」
「うむ、それはない。余の妻は国母となり、余と共に国を治める器量が必要だ。知らない人から毒リンゴをもらって、食べてしまうようでは務まらぬ」
うわーん 白雪姫は泣き出した。
「なぜ泣く。王妃など、ならぬ方が幸せだぞ。魑魅魍魎の貴族が跋扈する王宮で住みたいか? ここの方がのどかで居心地がよいと思うが」
ドワーフたちは顔を見合わせて、頷く。
「白雪姫、俺たちと今まで通り暮らそうや」
「大切にする」
「装身具の作り方も教えてあげる」
「また王子が通りかかったら、口説けばいいじゃないか」
「この国の王子は、余だけだが」
ラウルの言葉に、白雪姫はまたワーンと泣く。
「そなた、泣いても問題は解決せぬぞ。強うなれ。石投げを覚えればいい。ハリソン、教えてやってくれ」
「いいけどー」
白雪姫は、白馬の王子を諦めた。石投げを覚え、装身具作りに精を出し、毎日たくましく生きている。
「また継母が来たら、石投げて仕留めてやるんだから」
白雪姫はすっかりやさぐれた。
「その意気だ。自立している女性は、モテると思うぞ。いずれよき男が現れるであろう」
年下の王子にそう言われ、白雪姫は泣きたいような笑いたいような。結局、笑うことにした。
「王国一の装身具職人になって、街にお店を作るわ」
「よいな。楽しみにしておるぞ」
たいへん質の良い宝石を使った、繊細で可憐な装身具。白雪姫と七人のドワーフの名前が、いずれ国中に広まるであろう。




