204.たらしの血筋
ポクポクと荷馬車が進む。
「あー喉かわいたー。なんか果物食べたいなー」
ハリソンは荷馬車から外を眺める。
「おっ、いいの見つけた」
ハリソンはひらりと荷馬車から飛び降りると、あっという間にかけていく。ひょいひょいっと木に登ると、みずみずしいブドウをもぎとり、口にほうりこむ。
「うっまー」
ハリソンはあっという間にひと房食べ終わると、次のブドウに手を伸ばす。ふと、じとりとした視線を感じる。一匹のキツネがヨダレを垂らしながら、ハリソンを見ていた。
「なんだい、ブドウが欲しいのか? ほら、食べなよ」
ハリソンはポーンっとブドウを投げてやる。キツネはしばらくブドウとハリソンを交互に見ていたが、パクッとブドウに噛みついた。最初はゆっくり用心深く食べていたが、すぐにガツガツと食べ始める。
「よっぽどお腹が空いてたんだね」
ハリソンはニコニコする。キツネはコーンと鳴いた。ハリソンはもうひと房ブドウを投げてやる。キツネはブドウをくわえると、森の奥に少し歩き、振り返った。
「ラウルー、キツネがついて来てってー」
「うむ、では行くか。助けが必要なのであろう」
「荷馬車は置いて行こう。犬が見ててくれるよ」
ハリソンはカゴにブドウを詰め込んだ。犬一匹に荷馬車の見張りを頼み、皆でキツネについて行く。徐々に道が険しく、登り坂になった。一歩ずつ、草をかき分け登って行くと、大きな岩が見えてくる。キツネはピョーンと駆け上がる。
ハリソンは軽々と登っていくが、他の三人はそうもいかない。手をひっかけるところもないような大岩だ。犬にグイグイ押されながら、なんとかよじ登る。
キツネに案内されて奥に行くと、真っ白な小さな馬がグッタリと寝ている。キツネは馬の口元にそっとブドウを置いた。
「病気なのかな。亀姫にもらった海ブドウを食べるといいよ。すぐ治るから」
ハリソンは馬の口をこじあけ、海ブドウを押し込んだ。
ペカー 馬が光を放つ。
「まぶしいっ。ちょっとー急に光るのやめて」
ハリソンは目を腕で隠した。光はフッとかき消える。
ハリソンが目を開けると、小さな馬はしっかりと立ち上がり、キツネの置いたブドウを食べている。
「よかった、元気になったんだね」
「ハリソン、呑気なことを言っておる場合か。その馬、羽と角があるではないか。天馬だ」
「ほえー」
「ほえーどころではないぞ。天馬は王が乗る馬だ。ハリソンは王になるか?」
「ならないけど。王はラウルだよ。お前、大きくなったら、ラウルの馬になってくれる?」
ブルルル 天馬はハリソンの手をなめ、次にラウルの手をなめた。
「大丈夫みたいだよ。よかったねー」
「ハリソンは欲がないな」
「いや、僕が王になったら、国が滅ぶから。無理無理無理。僕、難しいの無理」
ハリソンは必死で手を振る。
「では、余が王になったら、余の側で話し相手になってくれると嬉しい。今まで通り」
「うーん、ジェイと父さんに聞かないと。今すぐは答えられないよ。だって僕、ローテンハウプトの子だもん」
「そうだな。ゆっくり考えてくれ」
「うん」
元気になった天馬は、ハリソンとラウルの上をグルリと回ると、背中に狐を乗せて飛んで行った。
「こんなことになる気はしていた」
ガイが半笑いで空を見上げている。
「どうしたのだ?」
「いえね、スーヘのところの殿様が、殿下に天馬を捧げるって張り切っておりましてね。ハリソンの方が早かったなあと」
「ハリソンは動物に縁があるようだ」
「なんかそんな感じだね。海ブドウがそろそろ無くなりそうだから、また亀姫に会いに行かなきゃ」
数々の不思議動物をたらし込むハリソン。ラウルはハリソンを口説けるだろうか。
***
ルーカスは笑うようになった。仰向けに寝ているルーカスの頭側に立つと、ルーカスが見上げて満面の笑みになる。
「か、かわいいーーー」
ミュリエルは身もだえ、アルフレッドは幸せに震える。
「他のところから見ると笑わないのに、不思議だね」
領民たちも、その恩恵に預かる。ルーカスが起きているときは、数人ずつルーカスの頭側に立つ。
「かわいすぎる」
「笑顔の破壊力がアル様以上。やばい」
「あーこれ、将来女泣かせになるわ」
「間違いない」
だって、領民は既に泣いている。尊すぎる笑顔に号泣だ。
ルーカスが笑いかけるのは、人だけではない。ヨハンとアルフレッドがせっせと作った動物のぬいぐるみ。頭側に吊るすと、ウットリ見つめてずっと笑顔。
「一番のお気に入りは、てんとう虫だね。これかけてると、すっごいご機嫌」
フワフワのてんとう虫のぬいぐるみ。手に持たせるよりも、かけておく方が嬉しいようだ。
「虫好きの子になるのかな」
「女泣かせよりは虫好きの方がいいよねえ」
アルフレッドとミュリエルは息子の将来を想像して、笑い合う。
「あー、ルーカスがいつか、結婚して出て行くことを考えると、泣ける」
気の早いミュリエル。うっすら涙ぐんでいる。
「お嫁さんに石投げちゃったらどうしよう」
「僕が止めてあげる」
「うん、鬼姑になって、お嫁さんとルーカスに嫌われたくない」
気が早いし、考えすぎにもほどがある。実に親バカなふたりであった。




