202.願いごと
むかしむかし、あるところに、それは歌が上手な男の子がおったそうな。少年が歌うと、野菜が大きくなり、鳥たちが木の実を空から落としてくれた。少年には親がおらなんだが、歌ってなんとか生きておった。
ある日、急に声がガラガラと枯れ始めた。風邪をひいたかと、寝床の木のうろの中に横たわった。近くに住む村人が教えてくれた祈りを必死で唱えた。
「父なる太陽、母なる大地、我ら大地の子。どうか今まで通り歌えますように」
夢うつつの中、何か温かな光に包まれたことは分かった。翌朝起きたときには、声は元通り。少年は大人になっても、昔のように歌えたんだとさ。
「という昔話が伝わっているらしい。その木を取り囲むように、この街が発展。その木は教会の中庭に大切に祀られているそうだ」
デイヴィッドが皆に伝える。クルトもつけ加えた。
「あの少年にそれとなく聞いたところ、神に捧げるにふさわしい歌声を持つ子は、木のうろに入れられるんだって。それで、十五になっても声変わりしなければ、次の牧師として育てられるらしい」
「そんな感じなら、あの教会がああなるのもあれか」
イシパが分かったような分からないようなことを言っている。
「ちょっくら行って、木のうろに入って調べて来る」
イシパがこともなげに言い、デイヴィッドやクルトは止めた。
「え、なんで? 巨大化すれば塀をまたげる。なんなら空に上がって、空から中庭に降りてもいい。私が人間に倒されるわけないし。心配しなさんな」
そう言われてしまえば、そうなので。みんなモゴモゴと口ごもった。
「無茶せずに、無事に帰ってくるんだよ」
デイヴィッドがイシパをギュッと抱きしめた。イシパは幸せそうに笑う。
「人に、夫に心配されるって、いいなあ。父さんも母さんも、そんなに心配しないもん」
イシパは朗らかに走って行く。
デイヴィッドがやきもき、ソワソワしていると、朝日が登る頃にイシパが帰ってきた。
「どうだった?」
クルトもジェイムズもニーナも起きだして、デイヴィッドの部屋に集まる。
「うん、なんかちょっと変なのいたわ。木の精みたいなの。男の子の歌声が好きなんだって。女じゃダメらしい」
「はあ」
「気に入った男の子には、永遠に少年の声を与えるらしい。寿命も伸ばす。ただし、人の女は愛せないように、男性機能はとっちまうんだって」
「ひえー、ひどー。それ、魔物じゃないの」
ジェイムズが内股になって悲鳴を上げる。
「木の精は、悪いことをしているつもりはないみたいだったぞ。願いを叶えてやるって言ってくるんだ。それで、このままの声でいたいって願う子の望み通りにしただけだって」
イシパはポケットをゴソゴソする。
「私の願いも叶えてくれるって言うから、朝ごはん用にソーセージをたくさんもらってきた」
机の上に、ソーセージが山と積まれた。
「な、なんでソーセージ?」
「木の精がさ、今まで色んな願いを叶えたって自慢してきてさ。老夫婦に三つの願いを叶えるって言ったら、ひとつ目にソーセージ願ったんだって。ふたつ目でソーセージが奥さんの鼻について、みっつ目でソーセージを鼻からとったらしい」
「なにそれー」
「人はおもしろいことを願うなあ。せっかくだから、ソーセージもらってきたってわけよ。さあ、食べよう食べよう」
イヤというほど、ソーセージを食べて、みんな胸焼けで少しげっそりする。心配していたデイヴィッドは、気が抜けてボーッとしたままだ。
「ええっと、それでどうしよう」
クルトが困って皆を見る。
「牧師とあの子にそのまま話すしかないんじゃない。牧師の気持ちも聞いてみたいし」
一行は教会まで向かう。イシパは牧師と少年の前で神っぽさを披露した。
「空の上の巨人だ。雨を降らせるのが得意だ。神ではないけど、神に近い」
イシパは少し体を大きくし、雨を降らせた。牧師は跪いてイシパに祈り、少年は目を輝かせている。
イシパは勢いよく説明し、デイヴィッドが要所で補足する。牧師は静かに泣いた。
「私の声をこのようにしてくれたのは、神の御心ではなかったのですか」
小さく、影が薄くなる牧師。
「神、ではないな。イタズラ好きで少年好きの、変な木の精だ。悪いヤツではないけど、ちょっと考えなしなところがあるな。孤児院以外の場所にも行ってみたいと願った少年を、どこか遠くに飛ばしたらしい」
「それは……。神の御心により、神のおそばに召されたのだと思っていました。生きているのですね」
「う、生きているかは、分からないけど……」
イシパは困って目を泳がす。
「生きてれば連れ戻すように言おうか」
「もし、本人が戻りたがっているなら、ぜひ」
ゾロゾロと中庭まで出て行く。イシパは木のうろに頭を突っ込んだ。
「そうそう。それよ。あんたが昔どっかに飛ばした子。無事に生きてんの? え、どうなの? ああ、生きてる? 幸せ? ふーん、じゃあいっか」
イシパは頭を抜いて晴れやかに笑った。
「飛ばされた先で、みんななんとか幸せにやってるって」
牧師は地面にへたり込み、木のうろとイシパと、空と大地に祈りを捧げる。
「よかった。ずっと気にかかっていたのです。ずっと」
「うん、よかったな。これからはさ、もうちょっと肩の力を抜いて生きていきなよ。もっと適当に祈っても、神様は怒らないから、な。歌も適当でいいんだ、楽しく歌うのが一番」
「は、はい。少し、時間をください」
「うん、急に生き方変えれないよな。ゆっくり考えな。でさあ、あんたの、その、アレをさあ。戻そうか? 声は男になるけど、好きな女がいるなら結婚してもいいじゃない」
牧師は少し赤くなった。
「じ、実は、掃除と子どもの世話をしてもらっている幼馴染がいまして」
「ほーん」
「も、もし神がお怒りにならないなら、彼女と結婚したいなと」
牧師は後ろの方で様子を見ている中年女性をチラリと見る。
「いいじゃんいいじゃん。結婚しなよ。神はそんなことで怒ったりしないよ。おい、木の精、聞いてたよな。ちゃんと戻してやれ」
ヒュッ 牧師は内股になった。
「も、戻った」
「男の声での歌い方、教えてやるから。一緒に練習しよう」
クルトが牧師の腰を叩く。
「はい」
牧師は泣き笑いをしている。
「じゃあ、僕も男の声で歌えるようになりたい」
少年は飛び上がった。
それ以来、教会の聖歌隊は老若男女、色んな声質が入り乱れる歌声を響かせるようになる。最初はとまどった住民たちも、楽しげな聖歌隊を見て、自分も参加したいと言うようになった。
いつも明るい歌声が響く教会。その中庭には、願えばソーセージを出してくれる木のうろがあるという。
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