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【第六部】石投げ領主と子育て

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201.信仰の形


 澄んだ声。清らかで、聞いているだけで全身から悪いものが消え去るような。心も体も洗われる、少年少女たちの歌声。


 皆、健康そうで、肌も髪もつややかだ。クルトはその様子を見て、少しだけホッとする。孤児たちは、まともな食事にありつけず、痩せ細っていることが多い。少なくとも、あの牧師は、きちんと子どもたちを扱っているようだ。


 一生懸命に歌う子どもたちの前で、牧師が指揮をしている。年齢は見当もつかない。顔はツルっとして、若いようにも見えるし、老人の目をしている風にも思える。


 

 クルトたちは、まずは教会に歌を聞きに来た。想像以上に質の高い音楽性。神への確かな祈りの気持ちも感じられる。イシパは荒ぶっていたが、歌を聞き拍子抜けしたようだ。


 邪な思いは感じ取れない。むしろ、純粋で一心に神を信じている。そう聞こえる。


 教会に集まっている民たちは、静かに祈り、小さな声で共に歌う。涙を拭いている人も多い。子どもたちの歌が終わると、カゴが回され、人々はお金を入れて次に渡していく。


 カゴが一周すると、牧師が前を向いた。静かにピアノが始まる。牧師がささやくようにピアノに続く。豊かで深く叙情的。そして高い声。女性のようでいて、女性の声にはない力強さがある。少しずつ高く高く、息継ぎなしでどこまでも伸びていく。絶妙な揺らぎ。胸を抑えてうずくまる人々。なかには気を失う女性たちまでいる。


「牧師もカストラートか」


 男でもなく女でもなく、特別な歌声。


 変声期を迎え、声が変わり始めたときの絶望を、クルトは思い出した。あのとき、この可能性を知っていたら、選択したかもしれない。クルトの父親はパン職人をしながら、歌手をしていた。音楽を愛しながらも、音楽だけで生きていくのは困難と知っていた父。


 夢と現実の釣り合いをうまく調整していた父。息子にそのような道は選ばせなかったであろうが。


 

 牧師のたぐいまれな歌が終わり、教会は拍手で埋め尽くされた。クルトは、牧師をどう判断していいか分からない。確かな技術、たゆまぬ研鑽、音楽と神への想い。それらが牧師から感じられる。子どもたちも健康そうだ。



 クルトはデイヴィッドたちに合図し、教会を出ようとする。


「クルトさん。クルト・コレッリさんですね。皇帝のお抱えの」


 牧師がクルトの腕に手をかけた。


「あなたの歌は素晴らしい。街で聞きました」

 

「あなたの歌も素晴らしいですよ」


 クルトは戸惑いながら答える。


「ありがとうございます。あなたのような声になれるなら、私も変声期を恐れなかったのに」


 クルトは言葉につまった。


「お茶などいかがですか? お連れの方たちもぜひ」


 クルトはデイヴィッドと視線を交わし、頷く。教会の中の客間は、チリひとつなく清潔で、何もかもがキッチリと整頓されている。


「孤児はあの歌っていた子たちで全員ですか?」


 デイヴィッドがそろりと探りを入れる。


「いえ、歌う子は二十人ぐらい。歌わない子は十人ぐらいですね」

「全員が歌うわけではないんですね」


「才能がない子に無理して歌わせると、全体が台無しになりますから。歌えない子には、掃除や家事をしてもらっています」


 ちょうどそのとき、痩せぎすの少女が、お茶を運んでくる。お茶はとても色が薄く、お菓子は甘味がほとんどない。


「質素なものをお出しして申し訳ないです。切り詰めなければ全員を食べさせられませんので。きちんと食べないと、歌えませんから」


 牧師はすまなそうな顔をする。デイヴィッドはとんでもないと首を振る。


「もちろんです。三十人を育てるのはお金がかかります。ところで孤児院を出たら、どういう仕事につくんですか? 歌で生きていくのは難しいですよね」


「そうですね、十五歳になったら孤児院を出なければなりません。大半が日雇いの仕事や掃除夫ですね。歌が特にうまい子はレストランの給仕をしながらたまに歌ったり」


「なるほど。彼らは読み書き計算はできますか?」


「楽譜は読めますが、読み書き計算はできません」


「それはまた極端ですね」


「そうですか? この教会は、神に歌を捧げるための場所ですから。歌以外のことは極力排除しています。十五歳以上になっても、教会に残れる選ばれし者のみ、読み書き計算を学べます」


 牧師は誇らしげに胸を張る。


「私も、もと孤児です。前任の牧師に選ばれ、幸運にも声変わりを免れました」


「もしや、前任の牧師も声変わりしていない?」


「もちろんです。神への歌は、清らかな声で捧げないといけませんから」


「うーん」


 思わずイシパがうなり、デイヴィッドが横目でイシパを止める。


「今日はありがとうございました。また歌を聞きに来ます」


 デイヴィッドはにこやかに言うと、皆を促し教会を出る。


「うーん、なんだあれは」


 外に出てから、イシパが釈然としない様子で首をひねる。


「僕の領地だと、みんな酔っ払ってガラガラ声で歌ったり祈ったりするけど」


「信仰の形は自由だから、神は気にしてないと思うぞ。清らかでも、ダミ声でも。心がこもっていればそれでいい」


 イシパはポンっとジェイムズの肩を叩く。


「調べてから、改めて対応を考えよう。牧師は邪悪ではなさそうだけど。代々の牧師がカストラートか」


 デイヴィッドに指示され、サイフリッド商会の者たちが、街に散って情報を集める。



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[気になる点] ひさびさに、難しいお話かな? 善悪の立場によって変わる難しさ。
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