200.期間限定の歌声
クルトとニーナはたまに街角で人形劇をしている。ヨハンとユーラが、持ち運びできる小さな、人形劇用の箱を作ってくれたのだ。やる演目によって背景は変えるが、上演中は背景は変えない。ニーナは劇が始まる前に背景を設置して、その後はずっと人形操作に集中だ。
人形は太陽の神を模した男の子と、大地の神の女の子の二体だけ。これならニーナひとりでもなんとかなる。
人形はそこはかとなく、アルフレッドとミュリエルに似ている。クルトが歌い、ニーナが人形を操る。初日は遠巻きに見ている通行人も、二日目からはわれ先に集まり、かぶりついて見るようになった。終わったあと、地面に置いたカゴに、思い思いのお金を投げ入れてくれる。
ふたりとも、お金には困っていない。クルトはヴェルニュスでたっぷり給金をもらった。ニーナはあまりお金は持っていないが、クルトが保護者として払ってくれる。それに、宿泊費などはいつもデイヴィッド持ちだ。
「自分の分は自分で払う」
クルトとジェイムズは何度もデイヴィッドに言ったが、デイヴィッドは聞き入れなかった。
「歌う聖人と森の息子と森の娘に、サイフリッド商会が同行しているんだ。この上もない宣伝だ。気にしなくていい」
そうは言っても気になるので、ジェイムズは狩りをして食糧を調達し、クルトとニーナは人形劇で小銭稼ぎをするのだ。
無事、劇が終わり、拍手喝采を受けた後、クルトとニーナは片づけをする。
「おじさん」
急に声をかけられて、クルトは片づけの手を止めた。振り返ると、十歳ぐらいの少年が緊張した様子で立っている。
「なんだい?」
クルトは大人なので、おじさんと呼ばれても、ムッとしたりはしない。この年齢の子どもから見たら、おじさん以外の何者でもないよなあとも思う。少年はモジモジしていたが、ためらったあと、口を開いた。
「僕、僕もね、教会で歌ってるの。でもね、大きくなったらもう歌えなくなるって言われたの。僕、おじさんみたいに、大人になっても歌いたい」
クルトは少年の様子を見ながら首をひねる。
「大人になっても歌えばいいじゃないか。誰が歌えないなんて言ったんだい?」
「牧師さん。歌の先生もしてるんだ。僕の声は、あと何年かしたら出なくなるんだって」
「ああ。分かった。変声期が来ると、高い声が出なくなるからかな。なるほどなあ。教会の聖歌隊は、変声期前の少年少女で構成されることが多いよなあ」
「僕、男じゃなくなれば、ずっと歌い続けられるって言われてたの。でも、おじさんは男なのに歌えるでしょう。どうやったら僕もおじさんみたいになれる?」
クルトの顔色が変わった。素早く辺りを見回すと、何気ない口調で話しかける。
「どうだい、これから宿に戻るから。そこで話を聞かせてくれないかい?」
少年はコクリと頷いた。クルトとニーナは手早く荷物を箱の中に詰める。クルトはさっと箱を肩にかつぐと、少年を促して歩き出した。
宿に戻ると、街の代表者と会っていたデイヴィッドたちもちょうど帰ってきた。
人数が増えて、気後れしている様子の少年を椅子に座らせる。ニーナがお茶を入れ、ジェイムズがお菓子を少年にすすめた。
「えーっと、それで、男じゃなくなればって誰が言ったのかな?」
クルトはお菓子をつまみながら、何気ない調子で聞く。
「牧師さんだよ。僕の声は短い間だけの奇跡なんだって。それをもっと長引かせられるんだって」
少年は嬉しそうに告げる。
「どれぐらい?」
「大人になっても大丈夫だって。でも男じゃなくなるんだって。よく分からないけど」
パリン イシパの持っていた茶器が粉々に砕ける。
「うあっちい。やってしまった」
デイヴィッドが慌ててイシパの手をハンカチで拭き、ジェイムズが茶器のカケラを気をつけて拾う。イシパのこめかみがピクピクしているのを見て、デイヴィッドが両肩に手を置く。
「こらえて」
「うん」
イシパは深呼吸をして、椅子に座り直した。クルトはお茶をゴクリと飲むと、少し微笑みながら問いかける。
「君のご両親はなんて?」
「僕、親はいないの。牧師さんが親代わりだよ。教会に住ませてもらってるんだ。歌えなくなったら、教会から出て行かなきゃいけないんだ」
クルトは真顔になって、目をギュッとつぶってまた開いた。
「男じゃなくなって、大人になっても歌っている人っている?」
「いない。難しいんだって。神様に選ばれた人しか許されないんだって。選ばれなかった人は、神様のおそばに行くの」
バキッ イシパの椅子のひじかけが折れた。イシパは慌てて、ひじかけを後ろに隠す。
「もう一度、代表者と話し合うか」
デイヴィッドがポツリとつぶやく。クルトはゆっくりと少年に言い聞かせる。
「その話、誰にも言わないで。それから、男じゃなくなるってやつ、まだやっちゃダメだよ。ちょっとおじさんたちが、他に方法がないか調べるからね。いいね、約束だ」
「約束守ったら、歌い方を教えてくれる? 僕、低い声があまり上手に出せないの」
「いいよ、約束する」
少年は嬉しそうに笑った。クルトは立ち上がり、少年を教会まで送り届けるために宿を出た。
「カストラートだな」
少年とクルトが出ていった後、デイヴィッドは深いため息を吐く。ジェイムズはよく分からないようで、デイヴィッドとイシパを見る。
「そのーあれだ。玉取りだ」
イシパがニーナを気にしながら、コソコソっと言う。ジェイムズは息を呑み、内股になった。
「えー、そんな、無茶苦茶じゃない」
「成功すると、不思議な魅力のある声になるらしい。体は成長するが、声変わりはしない。力強く、そのくせ甘く官能的な歌声だそうだ。ウワサには聞いたことがあるが、まさかこんなところで」
デイヴィッドはふうーっと息を吐く。
「証拠を得られるだろうか。闇に葬られている気がする。どうしたものか」
「牧師を吊し上げればいい」
イシパが指の骨をポキポキいわせる。
「うーん。ちょっと考えさせて。最終的に吊し上げるとしても、そこまでの過程がね」
デイヴィッドは熟考し始める。一難去ってまた一難。虐げられる子どもが多すぎる。さて、どう救えばいいものか。
200話まで来ました。七転八倒しながらも、なんとか更新しております。ありがとうございます。
記念すべき200話目を、ちょっとエゲツない話にしてしまいました……。
少年少女を搾取する大人がいなくなりますように。




