199.とびっきりの馬をあなたに
悪ぶることで、統制を取ってきた。ラグザル王国の男は概ねそうだ。昔は手がつけられないワルだった。破天荒の武勇伝。悪いヤツらは大体友だち。そんな風に、誇張した昔話をかたり、今は丸くなったもんだと肩を叩き合う。
元々遊牧民だった者たちが、なんとなく寄り集まり、定住し始めたのがこの土地だ。遊牧民にとって馬は何より大事。生命線であり、遠くに連れて行ってくれる足であり、大切な仲間。
馬と信頼し合い、手綱で気持ちを伝える。それが昔はできた。今は太り過ぎているので、馬に乗るのは自粛している。スーへと白い馬は、特別なつながりで結びついているように見えた。
鞍もあぶみも手綱もなく、馬にヒラリとまたがるスーへ。わずかな足の動きで、馬に指示する。あっちに行こうか、今は抑えて、ゆっくり焦らない、さあ好きに走れ。それが自分にも聞こえた気がした。
勝者には娘を与えるなんて、酔っ払ったときの勢いのタワゴトだった。でも、スーへならいいかもしれないとも思った。
あいにく、娘はむくれていたので、スーへの走りは見ていない。
「あんな貧相な男。イヤよ。でも馬は欲しいわ」
ラグザル王国の行き過ぎた破天荒称賛主義が、娘を悪ぶらせる。おだてて持ち上げる家来が、拍車をかける。
娘は、白馬を乗りこなし、自分の黒馬を従えてスーへの元に乗り込みたかったのではないか。
「あんたの白馬、いいじゃない。気に入ったわ。仕方ないから嫁に来てあげた」
そう言いたかったのかもしれない。
ところが、誇り高い白馬は、決して娘を乗せようとはしなかった。スキを見て駆け出す白馬。娘はその走りに見惚れた。家来が気を回して矢を射ようとするのに、気づくのが遅れた。
全ては手遅れ。自分のまいた種。謝ることもできやしない。
スーへと雪が現れて、一番嬉しかったのは娘だろう。次が私。馬殺しなんて、そんな恐ろしい悪夢はもうたくさん。
願わくば、雪が許し、スーへの心が休まりますように。
「ラウル殿下はまっすぐだろう」
酒でグダグダになっている人々を眺めていると、声をかけられた。隣には大きな男。殿下の護衛の、ガイだ。
「殿下は、自分を大きく見せることはしない。もちろん卑下することもない。ありのままで、まっすぐ対峙し、なんとかしようとする。王になるには、もう少しハッタリも必要になるだろうが」
主人に向かって、随分とあけすけな物言いだ。
「俺は護衛だからな。ハッタリと武勇伝は使う。舐められるといらぬ争いを招くから。でも、だからこそか。殿下のまっすぐさを、もう少しそのまま見ていたいと思う。俺は子どもを持つ気はないが、子どもの純粋さってのはこんな俺でも、いいなと思う」
殿下を子ども呼ばわり。大丈夫か、この護衛。
「殿下をうまく使えばいい。殿下は今、じわじわと人気が高まっている。あんたも今更、良いことってやりにくいだろう。ラウル殿下に言われたんでな、そう枕ことばをつければいい」
「どういうことだ?」
「殿下に言われたんでな、孤児院を作ることにした。殿下たってのご希望で、教室を始める。あんたがやりたくても、やりにくかった善行。やってみればいい」
「ああ」
それはいいかもしれない。
「殿下の隣にいるハリソン。彼はローテンハウプト王国の小さな領地の出だ。彼はかなり強い、でもひけらかしたりしない。誰かを下げることで、自分をよく見せることもしない。ハリソン一家が、殿下にいい影響をもたらしている」
「聖女と言われる姉がいるとか? 誰かがウワサしてたが」
ハハハ ガイは上を向いて笑った。
「聖女。そんな感じじゃないけど、強い。まっすぐで、太陽と大地の子、そのものだ。まあ、俺は少ししか関わってないけどな。イヴァンはよく知ってて、心酔している」
「剣聖が」
「そう、あの、殿下第一主義の剣聖が」
「ほう。そうか」
ならやってみるか。まずは、あの魔物や獣の剥製を応接室に飾るのからやめてみるかな。あれ、どうかと思うけど、強い殿様感出すためにやってたんだよな。本当は、馬の絵を飾りたい。
そうだな、また痩せるか。金持ちなのを見せつけるために太っていたけど、馬に乗れないのは悲しい。男らしさ、殿様らしさは少し減らして、自分らしくしてもいいかもしれない。
雪を撫でている殿下は、王族らしい風格が漂っている。ラウル殿下流が広まれば、この国も、もう少し自然体で生きていけるよう変わるのだろうか。
「よし、応接室に馬の絵を飾るか」
「唐突だな。でもまあ、魔物の剥製がズラッと壁にかかっているよりは、いいんじゃないか。そういえば、殿下の専属絵師がいるぞ。殿下経由で頼んでやろうか?」
「お願いします。雪のような白馬と、夜空のような黒馬を」
剣聖が侍従を兼務してまで守っている王子。どんなもんかと思っていたけど。
「馬を育てますよ。とびっきりの名馬を。雪に負けない駿馬を。それをいつか殿下に捧げます」
なんとなく幻視する。草原にズラリと並ぶ、より抜きの名馬。そこにまたがる選ばれし騎手。列の先頭は、青年になったラウル殿下。さて、彼に似合うのはどのような馬であろうか。強く優しい馬がいいな。
あの巨大な犬。あれはなかなかの競争相手だ。強さでも速さでも敵わないかもしれない。犬の方がいいと言われたら立つ背がない。
ならば探すか、天馬を。空駆ける天馬なら、殿下にふさわしいに違いない。
遊牧民族の血が騒ぎ、ブルリと武者震いする。ガイがおもしろそうに見てくる。
「殿下は犬とコカトリスが好きだ。そこに入り込めるような、馬を頼むぞ」
「私の今後の人生を捧げましょう。必ずや、天馬を殿下に」
「ハハハ、それはいい。天馬があれば、殿下も安全だ。俺の分も探してくれよ。殿下が飛んで行ったら、俺また護衛できない」
「善処します」
その日から、定住していた遊牧民たちが、少しずつ移動するようになった。未開の地に踏み込み、静かに探す。決して森や山は荒らさない。天馬は森の調和を乱すものを嫌う。
天馬の場所は、馬が知っている。まずは馬たちとの信頼作りからだ。殿様は、見違えるように痩せ、愛馬にまたがりひた駆ける。天馬よ、現れたまえ。我らが王がお待ちなのだ。




