20.オモテナシ
五台の馬車が領地の城壁内に入ると、静かな領民たちに出迎えられた。ミュリエルが旅立つときの大騒ぎとは大違いだ。皆、ミュリエルが連れてきた婿があまりに大物すぎて、どうしていいか分からないようだ。
それはミュリエルも一緒なので、どうしようもない。
城壁内の一番高い場所にある、質素な屋敷に着いた。カチンコチンの家族が出迎える。
うん、なんか、ごめんね。ミュリエルはそっと心の中で謝った。
家族総出でアルフレッドを一番いい客室に押し込み、家族会議をする。
「それで、ミリー、いったいどういうことだ」
「わっかんない。なんでか知らないけど、こうなった」
「最初から全部話しなさい」
ヨアヒム殿下を気絶させたら、なぜかアルフレッド王弟殿下の婿入りが決まったことをかいつまんで話す。話すうちに家族の顔が暗くなる。
「さっぱり分からん。アルフレッド殿下は、この領地を治めるのだろうか。しかし、こんな弱小領地を? あり得るのか?」
「分かんない」
家族誰もが見当もつかない。
「じゃあ、お父さん、あとで殿下に聞いてみて」
もう父に丸投げだ。父は青ざめた顔で頷いた。
食事の前に、ミュリエルは手短かに家族を紹介する。
「父のロバート、母のシャルロッテ、姉のマリーナ、姉の夫トニー、弟のジェイムズ、ハリソン、ダニエル、ウィリアムです。他にも祖父母とか叔父とか色々いるけど、それはおいおい」
改めてアルフレッドを間近に見た家族は、あまりの美麗な容姿に直視ができない。さすが代々、国中の美男と美女を掛け合わせて練り上げられた血筋だ。まさに美の結晶である。
「アルフレッドです。アルって呼んでください。突然お邪魔してすみません。さぞかし驚かれたことでしょう。一刻も早くミリーと結婚したいので、来てしまいました」
「結婚……」
「婚約はすっ飛ばしてもいいんじゃないかなーって」
皆の思考が停止した。
「詳しい話は食後に詰めましょう、お義父さん」
「お義父さん」
ロバートは忙しく瞬きを繰り返す。
アルフレッドの勢いに煙に巻かれつつ、ひとまず食事を始めることにした。なんせ皆お腹が減っている。難しいことはあとあと、そんな気持ちである。
ゴンザーラ男爵家にある最も質の良い銀食器に、苦心の跡がうかがえる料理が盛りつけられている。銀食器は連絡が届いてすぐ、皆で手分けして磨いたらしい。
皆は両手指を合わせて目をつぶる。ロバートが大きな声で食前の祈りを捧げる。
「石を、肉を! いただきますっ」
「石を、肉を! いただきますっ」
皆は腹の底から祈ると、満面の笑顔でフォークとナイフを持った。さあ、食べよう、肉を口に放り込もうとしたとき、アルフレッドのとまどった顔が目に入る。
「あ」
ゴンザーラ家の面々は何事もなかったかのように、フォークとナイフを机に戻した。ロバートは大きく咳払いすると、改めて静かな声で祈る。
「父なる太陽、母なる大地、我ら大地の子。今日の恵みを感謝いたします」
ロバートに続いて祈ったあと、そそくさと肉をほおばる家族。
アルフレッドはロバートに問いかける。
「いや、さっきのはなんですか?」
(やっぱりゴマかされてくれなかった!)
ロバートは内心の冷や汗をひた隠すと、平静を装って答える。
「我が領地に伝わる食前の祈りなのです。失礼しました。うっかり殿下の前でもやってしまいました」
「なるほど、初めて聞いたので驚きました。さすが、石投げの民と呼ばれるだけありますね。他にも色々と興味深い伝統がありそうで、楽しみです」
アルフレッドはニコニコしている。
不信心と怒られなくてよかった、家族は胸を撫で下ろした。
アルフレッドは皆の心配をよそに、美味しそうに料理を食べる。朗らかに笑いながら、次々とグラスを空ける。緊張していた家族は、次第に自然に話せるようになった。
アルフレッドはひととおり料理を食べ終えると、真面目な顔で切り出した。
「皆さんご心配でしょうから、先に言っておきますね。僕はこの領地を継ぐつもりはありません。持参金はきちんとお持ちします。ミリーと結婚してしばらくしたら、適当な王家直轄地に移って、そこを治めるつもりです」
アルフレッドはミュリエルを見て笑いかける。
「後ほど詳細についてはロバート卿とお話しましょう。もちろんミリーの意見を尊重するよ。ミリーがずっとここにいたいなら、ここでもいいし」
ミュリエルはポカンとした。突然増えた人生の選択肢に頭が追いつかない。
「いずれにしても、数年はこちらでお世話になります。領政を学び、領民とのつき合いを実地で身につけたい。王都は民との距離が遠いですからね」
そんなうまい話があるだろうか、家族は思ったが、誰も口には出さなかった。
食後、ロバートとアルフレッドは執務室で向かい合って座った。
「アルフレッド殿下、改めてお聞かせください。本気でミュリエルと結婚されるおつもりですか?」
「ええ、ミリーが許してくれるなら」
「それでは、ミュリエルを殿下に嫁がせます」
ロバートの提案をアルフレッドはあっさり流す。
「いや、婿入りという約束だからね。婿入りするよ」
「ですが、王弟が男爵家の娘に婿入りした前例はありません。無茶です」
ロバートは必死で食い下がる。
「僕が前例になるよ。ただ、外野を黙らせるためにも、いくつか手順は踏んでおきたいとは思っている」
「と言いますと?」
「ミリーに叙爵する。それが一番簡単だ」
「理由がありません」
「理由ならある。ひとつ目、ヨアヒムを魔女の洗脳から解いた。ふたつ目、僕の命を救った。みっつ目、王家の危機を立て続けに救った」
「殿下の命を救ったとは?」
初耳だったロバートは驚いて聞き返す。
「森で猪に襲われかけたところを救われた。これで三段階の叙爵ができる。ゴンザーラ男爵位は当主であるロバート卿のものだ。まずはミリーに男爵位を与える。次に男爵から子爵へ。そして、子爵から伯爵へ」
「…………」
「伯爵への婿入りでもなんとかするが、辺境伯への婿入りの方が面倒ごとは減る。ミリーがもうひとつ功績を立ててくれれば話は早い」
「ミュリエルが伯爵……」
あまりのことに頭がついていかない。
「領地はどこでもいい。王家の直轄地から、ミリーが好きなところを与える。まあ、いずれ辺境伯にと考えているゆえ、辺境領地になるであろうが」
「王家の威信が揺らぎますぞ」
「手は打ってある。あなたの義父セレンティア子爵と話をつけた。常に中立派であったセレンティア子爵が、エンダーレ公爵の派閥に入る。これでエンダーレ公爵は最大派閥の長だ。そして、彼はヨアヒムの義父となる」
「それは……」
「これで誰も王家には逆らえない。王家は盤石だ」
アルフレッドが冷徹な表情で言い切った。ロバートには王都の力関係は分からないが、義父の能力は知っている。あの人が動くなら大丈夫かもしれない。一度だけ会った義父の顔を思い浮かべた。
「僕はミリーを手に入れるためならなんでもする。どうか信じてくれないか」
アルフレッドは静かにロバートを見る。ロバートも静かにアルフレッドを見返す。しばしの間を置いて、ロバートが体の力を抜いた。
「信じます。ミリーを幸せにしてやってください」
アルフレッドは天使のような笑みを浮かべた。
「ありがとう。ミリーは自分の力で幸せになれる人だけどね。でも、更に幸せになれるよう、僕にできることは全てするよ」
アルフレッドは手を伸ばした。
「お義父さん」
「アル、よろしく頼む」
ロバートはガッチリとアルフレッドの手を握った。
ご指摘いただき、叙爵のところを修正しました。
ミリーは男爵令嬢だけど、男爵位は持ってないのですね。
爵位は当主であるロバートだけが持っていて、後継ぎに引き継ぐという感じなのかと。
誤字脱字報告にてご指摘いただいて、ありがとうございました。