2.魅力ってなんですかね?
ミュリエルの前にばあさんが五人座っている。
「ようきなさった、姫さま。さあ、こちらにお座りなされ」
ミュリエルは真ん中の椅子に座った。全方位から見られて、落ち着かないことこの上ない。
「姫さまはこれから大任を果たされる。それを我らの知恵と術でお助けしたいと思っております」
「はあ」
「姫さまは心根の優しいお方だ」
「少々お転婆が過ぎますがの」
「姫さまはかわいらしいお顔だちをされておる」
「よく見ればの」
「姫さまは肌がぴちぴちじゃ」
「日焼けしすぎじゃがの」
「姫さまは脚がまっすぐで美しい」
「背が高すぎるがの」
「姫さまはよく引き締まったいい体をしておる」
「胸は物足りないがの」
「ちょっとー、ちょっとちょっとー。さっきから、上げて落とすのやめてよね」
ミュリエルはたまりかねて叫んだ。
「現状を把握してこそ、正しい対策が取れるのですよ」
「むー」
「母君が厳しくシツケられたので、姫さまの所作は問題ないでしょう」
「よかった」
「ただし、もちっと色気をなんとかせねば、男は釣れません」
「はあ」
「秘技そのいち。腕を前で交差させて胸に峡谷を作る」
ばあさんの動きに合わせて、ミュリエルもやってみる。ばあさんたちがため息を吐いた。
「あかんな」
「あかんわ」
「失礼だな」
確かに、ささやか過ぎて平原だが。ばあさんに文句言われる筋合いはない。
「孫娘がなんちゅーか、寄せて上げるなんたらを持っております。それで見事、行商人の息子をたぶらかしました。もう結婚したから不要でしょう。姫さまに譲るよう、言っておきます」
「はあ」
「秘技そのに。物を取るときは、遠い方の手で取る」
「どういうこと? ああ、さっきみたいな感じか。腕を交差させて取ればいいのね。なんで?」
「その方が色っぽいのですよ」
「へー、めんどくせ」
「これっ」
いちいち遠い方の手で取ったら、時間かかるじゃないか。
「秘技そのさん。殿方をとにかく触る」
「ええーヤダー」
「さりげなく、肩に手を置くぐらいでよろしい」
「むー」
ミュリエルは飽きた。
「もういいよー。どうせ取りつくろったところで、すぐ化けの皮はがれるもん。このままの私を好きになってもらえばいいもーん」
「真理じゃ。そのままの姫さまを愛してくれる殿方をつかまえてくだされ。ですがの」
ばあさんにヒタと見つめられる。
「肉をそのまま焼いてもうまくない。塩がいる」
「確かに」
「塩ぐらいはつけなされ」
「はあ」
ミュリエルは歯を食いしばって、ばあさんの特訓を受けた。ようやく合格ができた頃には、すっかり日が暮れていた。
ミュリエルはよろよろと家に帰ると、もう夕食の時間だった。
「わーい、いただきまー」
「待てーい」
「え?」
「『王都で気をつけるべき十か条』を覚えてからだ」
「ええええーーーー」
泣きながら覚えるミュリエルからそっと目をそらして、家族は食事を始める。
「父さん、あんまりだよ」
「お前は食事がかかってるときが、一番能力が高まる」
「う」
家族全員が頷いた。ミュリエルはヤケクソになって覚えた。やればできるミュリエルである。
***
そんな、役に立つのかはなはだ疑わしい特訓を終えたのち、いよいよミュリエルは王都に旅立つ。馬車なんて物はないので、王都行きの行商人に同行させてもらうのだ。
父と行商人が激しい攻防を繰り広げている。
「銀貨十枚、これ以上はビタ一文まけられませんな」
「いやいや、このミュリエル、大変腕が立つ。護衛代わりになる。なんなら、護衛代として銀貨十枚払ってもらいたいぐらいだ」
「そんなまさか、あんな細いお嬢さんが」
父に目配せされ、ミュリエルは力こぶを作る。
「どうです、あの筋肉。切れてる!」
「いや、服で見えません」
ミュリエルが服を脱ごうとすると、弟たちに羽交いじめにされた。
「では、そちらの護衛の方と手合わせしましょう」
「いいんですかねぇ。では、やってみてください」
大男がとまどいながらミュリエルに近づく。ためらいがちに伸ばされた男の腕をつかむと、ミュリエルは腕をねじりながら後ろ側に周り、男の首に短剣を当てる。
「これでいい?」
行商人は口をパクパクする。
「しかし、馬がないのでしょう? それに食糧も」
「確かに馬はないが、食糧は調達できます」
父が上を見る。ミュリエルは石を拾うと渾身の力を込めて投げた。
ドサッ
「カモですね。焼けばうまい。ミュリエルはなんでもさばけます」
「クッ……では、銀貨五枚お支払いしましょう」
父と行商人はガッチリと握手する。
行商人が取り出した銀貨を、ミュリエルは父の手に渡る前に取った。
「毎度あり」
「ぐぬぬ」
「私の報酬だよねー」
「しかし、お前の王都行きにどれだけつぎ込んだと……」
「あなた、ミュリエルにあげなさい」
「はい……」
父は母には勝てない。
ミュリエルは旅行カバンを荷馬車に積み込むと、家族全員と抱き合った。
「元気でね」
「手紙書いてね」
「辛くなったら帰ってきなよ」
「手ぶらで帰るのは許さん」
「あなた」
ミュリエルは涙を拭きながら荷馬車に乗る。
「姫さまー、金持ちをお願いしまーす」
「医者、医者がいいでーす」
「寄せて上げるアレ、必ず使ってねー」
「できれば複数人連れてきてくださーい。わたしの分もー」
領民が城壁に立って盛大に見送ってくれる。
ミュリエルは黙って拳を空高く突き上げた。