194.商人の心得
「デイヴィッドは頭がいいねえ。よくあんなに話せるね」
領主の屋敷を出てから、ジェイムズは感嘆の声を漏らす。横でイシパがうんうんと頷いている。
「そういう風に育ったから。お客様が困っていることを、解決すれば商売になるからね。今あるものを組み合わせるのか、新しい何かを作るのか。課題があれば、それが商売の芽なんだ」
目と口を大きく開けているジェイムズを見て、デイヴィッドは少し苦笑する。
「今日は私がたくさん話したけど、次回は私は聞き役に回るよ。相手にたくさん話してもらって、悩みを聞かせてもらえれば、商談はうまくいくんだ。こっちばかり話しているのは、向こうに興味を持ってもらえてない証拠」
「じゃあ、今日の会談は失敗ってこと?」
「商売人なら失敗だね。でも今日はヒルダ様の遣いとして行ったから、いいんだ。情報を伝えて、領主をやる気にさせるのが目的だから」
「はあー、それにしても、金のたまごをこんな風に使うとは思わなかった。本当にご利益あるかな」
「たまごを触る前に、神に祈ってるから大丈夫じゃない」
イシパが軽い感じで言っている。
「それに、いいことをすると気持ちがいいだろう。税金は何に使われているのか見えにくいけど。孤児や貧しい者に、どのように使われたか分かれば、寄付する人も増えるよ」
「大きなかぶの村長も欲がないよね。本当ならあの村のものなのに、金のたまご」
大きなかぶを抜いて、もらったガチョウ。村にいたときは、金のたまごは生まなかったらしいが。デイヴィッドたちが譲り受けてから、生むようになった。金のたまごを売れば儲かるが、律儀なデイヴィッドはもちろんそんなことはしない。きっちり全ての金のたまごを、村まで返しに行った。
「とんでもありません。ひとつで結構です。こんなにたくさん持っていたら、盗賊に狙われます。村の宝として、教会に飾ります」
実直な村長は、教会に台を置き、誰でも触れるように飾った。神に祈ったあと、嬉しそうに金のたまごを触る村人たち。
イシパは無欲な村長と村人たちに感心し、金のたまごに祝福をかけた。
「神に祈ったあと、金のたまごを触ってお願いごとをするといい。もしかしたら叶うかもしれない。日頃の行い次第だけどな」
村長と村人たちは感激した。
「では、せっかくだから、この金のたまごを使わせてもらおう。これをうまく使えば、不幸な子どもや貧しい者を助けられるかもしれない」
そうして、デイヴィッドはヒルダに連絡をし、委任状をもらったのだ。
主要な町を巡り、代表者と話をし、確信が持てたら金のたまごを渡してきた。税金だけで、弱者を助けるのは難しい。それをデイヴィッドはよく分かっている。
ヒルダの委任状、サイフリッド商会の評判、自身の美貌、イシパの威圧感。使えるものを総動員して、代表者の善意とやる気に火をつけてきた。
さて、ここの領主はどうであろうか。
きっちり一週間後に会った領主は、少し小さくなっていた。恰幅の良い、食えないオヤジといった感じだったが。今はなんだか必死な様子がある。
「サイフリッド商会のお知恵を貸していただきたい」
開口一番、領主はガバアッと頭を下げた。デイヴィッドは一瞬目を見開き、少しだけ口角を上げる。
「なんなりと」
領主はホッとしたように話しだす。
「人が増えたのは喜ばしいことなのですが、住居が追いついておらず。今までより狭く高い建物が多くなりました。その弊害で煙突も細く曲がりくねって。子どもが煙突掃除をしていたのです」
「煙突掃除ですか。大人でも息苦しくなりますよね。ヤケドの恐れもある。子どもがやるべきではないですね」
「その通りです。子どもの労働は禁じていたのですが、いつのまにか抜け道を使う者が出てきておりました」
「抜け道?」
デイヴィッドは不思議そうに聞き返す。
「家業を手伝うのは禁じてないのですよ。ごく当たり前のことですから。そしたら、孤児を自分の家族として、働かせていたのです。孤児を売る業者もおりました。もちろん捕まえました」
「なるほど、立場の弱い孤児を利用したのですね」
「家に住ませて、曲がりなりにも食事を与えていました。家族としたのだ、人助けだと言われると、罰することも難しく」
領主は額の汗をハンカチでぬぐった。デイヴィッドは勇気づけるように、少しだけ笑顔を見せ続きを促す。
「ですので、煙突掃除は子どもは禁止と通達しました。ところが、煙突掃除をしないと火事になると言われまして」
「分かりました。曲がりくねった細い煙突でも掃除できる何かを開発しましょう」
デイヴィッドは、両手を合わせて、いとも簡単に請け負う。
「本当ですか?」
「商会の者と、煙突を調べます。そして、掃除人にも聞き取りしながら、使いやすい掃除道具を作りましょう」
「ありがとうございます」
「金のたまごはどうしましょう? 他の都市でやってきた方法でよければ、お伝えできますが。慣れるまで、商会の者がお手伝いすることもできますよ」
「お願いします」
領主は二度目のガバアッを披露した。
サイフリッド商会の有能な従業員がささっと集合し、煙突の調査から、金のたまご寄付の仕組みまで、段取りよく進めていく。
「曲がっていない煙突なら、雑巾の束にヒモをつけて、上から動かせばいいと。ブラシだと長さが足りないんですね」
ブラシの柄を長くしてみたところ、曲がっていない煙突なら掃除はできた。
「うーん、柄の分重くなって、扱いにくいっすわ。これならヒモ雑巾の方がいい」
試行錯誤を繰り返して、何度も作り直す。柄を筒状にし、伸縮できるようにした。その中にヒモを通し、先端にブラシをつける。
「重くない。それに持ち運びしやすい」
「しなりがあるから、つっかかりにくいな。掃除がしやすい」
ある程度の曲がりなら、なんとか掃除できるようになった。
ここまできて、領主は大鉈を振るう。
「子どもはもちろん、大人も煙突内部に入って掃除することを禁じる」
一部反発する声も起きたが、領主は断行する。
「煙突掃除人は早死にする。晩年はずっと咳が止まらないそうだ。毎日ススを吸っていたら、そうなるのも不思議ではない。そんなことは、もう起こってほしくない」
領主にそう言われれば、面と向かって反論する者はいなくなった。
「今後は曲がった煙突を作るのは極力やめるように。どうしても作る場合は、曲がっている場所の外側のレンガを取り外せるようにすること。そこから掃除すればいい」
その地は、黒くない煙突掃除人がいる場所として知られるようになった。領主は煙突領主と呼ばれ、領民からの尊敬を一身に受けることになる。
そして、もちろんサイフリッド商会も。
「これが買い手よし、売り手よし、世間よし。三方よしだよ」
デイヴィッドは晴れ晴れと笑い、イシパとジェイムズたちから拍手喝采された。