19.幸せの連鎖
初めてできた親友が突然いなくなったことは、イローナの活力を奪った。学園に行く気もおきず、部屋に閉じこもっている。
***
イローナは美しいものや、かわいいものが大好きだ。幸い父が商才に長けているので、欲しいものはなんでも買ってもらえる。
イローナの部屋は、いつしか物であふれるようになった。
「美しくてかわいいものばかりなのに、どうしてアタシの部屋はこんなにゴチャついているのかしら?」
イローナにはよく分からなかった。
イローナにはほとんど友だちがいない。平民の子たちは、イローナに嫉妬したり、おこぼれに与ろうと媚びを売ってくる。
イローナが十歳になったとき、父が男爵位を買った。十歳から通える学園に、イローナを通わせるためだ。平民のままでも通えるが、平民は入学試験で優秀な成績を収めないと入れない。
学園でイローナはひとりぼっちだ。平民からは、無能だから金で爵位を買って入学したと蔑まれる。貴族からは成金の成り上がりと見下された。
イローナはどちら側にも属せない。
イローナを溺愛する父は、それなら更に上に行けばいいと考えた。借金を肩代わりする条件で、モーテンセン子爵の四男、ヒューゴとの婚約をまとめてきた。
両家の顔合わせはモーテンセン子爵家で行われた。古めかしい子爵家の屋敷には、流行りの新作は何もない。
(そこまでお金に困っているのかしら)
注意深く室内を観察して分かった。新作も少しはある。何代にもわたって受け継がれた、時代に左右されない伝統の品を、邪魔しないモノだけが厳選されているのだ。
(この人たちにとってアタシたちってどう見えているのかしら)
礼儀正しい子爵家の視線の裏は、恐ろしくて見たくなかった。
ヒューゴは優しい紳士だ。いつも上品な笑顔でイローナと話してくれる。
(この人にふさわしい淑女にならなければ)
イローナは部屋の中の新しいモノたちを、一部を除いて下取りに出した。趣味の良いモノだけを少しずつ増やしていった。
取り繕った貴族の仮面を正しくまとえるようになったとき、少しずつ貴族の女生徒と話せるようになった。
そんなとき、イローナが美しく整えた小さな箱庭に、ミリーという暴風が吹き荒れた。
誰にもおもねらず、常識にとらわれない、野生の貴族だ。
イローナを好きになってくれ、イローナを夢中にさせたミリーは、もういない。イローナはまた空っぽになってしまった。
***
「まだショボくれているの?」
イローナはビクッとして顔を上げる。微妙な笑顔のブラッドがイローナを見下ろしていた。
「もう学園には来ないつもり? 心配だから来てみた」
「だって、ミリーがいない学園なんて、行っても仕方がないもの」
イローナはうつむいてウジウジする。
「私は王宮の官吏になるつもりだったんだけど。実は別の道も考え始めている」
「そう……」
「アルフレッド殿下の側近から内々で打診された。いずれアルフレッド殿下とミリーがどこか田舎の王家直轄地を治めるんだって。いつになるかも、どこになるかも分からないけど、そこに来ないかって」
弾かれたようにイローナがブラッドを見上げる。
「やりがいがありそうだろう? 普通に生きていたら経験できない、何かができそうだと思って」
「ズルイ! ミリーはアタシが先に友だちになったのに。アタシだって行きたい」
「友だちにあとも先もないだろう。それに、ヒューゴはどうするんだ」
「婚約解消する。もう借金はなくなったんだし、違約金払えばいいもん。どうせ金で買った婚約だもん」
ブラッドがなんだかおかしな笑い方をしている。
「イローナは田舎で暮らす覚悟はあるの? もしかしたら、そこも裸足かもしれないよ」
「平民でも買える安い靴を開発するわよ。それを領地の産業にすればいいわ」
「そうか。貴族との結婚はもういいのか?」
「いいわよ、アタシだって平民出身だよ。こんな都会的魅力にあふれたカワイイ女の子が、そんな田舎に行ってごらんなさい。毎日求婚者に囲まれて歩けないんだから」
ブラッドは真顔になった。
「そうか……。意外と立ち直りがはやくて驚くよ……。私の出番がない……」
「なにブツブツ言ってんのよ。そうと決まったら父に言って、婚約解消してもらわないと」
バーン
扉が開いておじさんが立っている。余計な肉がたくさん、頭部は無駄を削ぎ落としたツルピカだ。
「話は聞かせてもらった! パッパに任せなさい」
「パッパ……」
「ちょっとー立ち聞きしないでよねー」
イローナが甲高い声で叫ぶ。
「カワイイ娘に初めて男が訪ねて来たのだ。それは聞くだろう」
「開きなおらないでよね。まあいいわ、そういうことで、大至急婚約解消してよ」
「任せなさい。安価な靴もすぐに開発させよう。商品名は……イローナだ」
「まんまかい」
ブラッドは思わず突っ込んだ。
イローナは少しの間だけ目をつむった。
「それはイヤ……。イリーにして」
「イローナとミリーか。さすが我が娘、冴えてる! 共に領地に行ける、そこそこの貴族子息もみつけてやろう」
「えー、もういいよー。貴族はめんどくさいもん」
突然ブラッドがパッパの手を握った。
「あのっ。ブラッド・アクレス、子爵家の三男です。私にイローナさんをくださいっ」
「ええええええ」
ブラッドは照れくさそうにイローナと目を合わせる。
「すまない。もう少し雰囲気のあるところで申し込むつもりだったのだけど……。話の展開が早すぎて、今を逃すとダメな気がして。いずれ、私と結婚してくれないだろうか、イローナ」
「あわわわわわ」
ブラッドはイローナの動揺をよいことに、ここぞとばかりに畳み掛ける。
「イローナと一緒にミリーの面倒を見るのが楽しかった。手のかかる子どもをふたりで育ててるみたいだった。イローナとなら、ずっと笑って暮らせるなと思ったんだ」
「採用!」
パッパがブラッドの手に自分の手を重ねた。
「ありがとうございます、お義父さん」
「ちょっと、アタシの返事を待たんかい」
金で全てを解決し、イローナとブラッドはすみやかに婚約した。